燃えない子

 登校して早々には来た。


「あ……あの……今日からこの学校に通います、ほむらりんです! よろしくお願いします!」


 あー……転校生ですか。あの子おっぱい大きいですね、良い感じにSNS映えしそうなスタイルをしてます。


 私は基本的にPVを稼ぐことを主眼に置いています。多少の犠牲はやむを得ないことでしょう。


「席は……水野の隣でいいか」


 よりにもよって私の隣だった。私は特に興味も無く今日の転生アカウントで何を話題にしようかと考えます。


「あ……あの……水野さん? よろしくお願いします!」


 私の隣に来た転校生が挨拶をしてきた。私も最低限の人付き合いくらいはするので挨拶をする。


なぎでいいよ、よろしくね!」


「え!? ああ、はい! よろしくお願いします……凪ちゃん」


 名前で呼ばれるのは心地よい。少なくとも現実世界のみずなぎは私一人しかいない。無数に存在するネット上の私と違ってリアルには一人しかいない。だからこそ、それなりに大事にしようとは思っている関係だ。


「よろしくね、燐火ちゃん!」


 私は通り一遍の挨拶をして机の下で操作するスマホで今日の話題を選んでいる。百万回死んだワニなど話題になっているようですね。政治については面倒なのでやめておきましょう、一部界隈で揉めているようですがいつものことですしね。


「あの……凪ちゃん……そんな堂々とスマホを弄ってていいの?」


 隣から燐火ちゃんの声がかかる。


「いい? 私は窓際に座っているわけ、そして席はクラスの最後尾よ、つまりアナタが黙っておけばバレないの? 分かる?」


「え……う、うん」


 燐火ちゃんは随分とお行儀がいいらしい。どうせHRなど大した話なんていないんですし私が有意義にその時間を使うことには意義があります。


 おうおう、炎上してますねえ……なんか『もゆる』名義で燃やしてる人がいますね。私も有名になったものです。しかし偽物は偽物だとバレていますね、何故でしょう? 私はちゃんと毎日のようにアカウントを転生させているというのに……


 そうしてコソコソして授業を受けている振りをしながら近寄るべきではないネットの炎上案件を集めていく。私が関わるから炎上するのだという人もいるが私は好きで炎上しているわけではないのです。


 ソシャゲ界隈は炎上が日常と化しているので手を出すのは危険ですね……


 私はスマホにたっぷりと入っているソシャゲでまだ問題を起こしていないものをプレイしました、そんなとき隣から声がかかりました。


「あの……凪ちゃん?」


 そちらを振り向くと燐火ちゃんが私の方を向いていた。


「えっと……何かしら?」


「その……そのゲームやってるのかなって?」


 私のスマホの画面に表示されているのはモンスターバトルオンライン、いたって普通のゲームだ。


「まあね、スマホを覗くのは感心しないけどやってますよ」


 プライバシーというものを守って欲しい。


「だったら……私とフレンドになってくれないかなって?」


「ああ……このゲームの? ごめんなさい、私はネットとリアルは分けて考えてるから」


 炎上がリアルにまでおよぶのは勘弁して欲しい、リアルの人間関係はネットと違って転生が不可能なのです。


「そうですか……」


 露骨にしゅんとしないで欲しい、まるで私が悪いことをしているようじゃないですか。


「じゃあじゃあ! マイクロブログとかやってないんですか? つぶやいたりとか……」


「ごめんなさい、私はネットとリアルは切り分けてるの」


 しょぼんとする燐火ちゃん、罪の意識を感じないでもないけれど、わざわざリアル知人のためだけに何の話題もないログ無しのアカウントを作るのも違うんじゃないかと思うのです。


「ところで……分けて考えるほど凪ちゃんは有名なの?」


「う゛っ……」


 声にならない声が出ます。突然ビーンボールを投げてくるのはやめてくれませんかね……


「有名なの?」


 重ねて聞いてくる燐火ちゃん。マズい……私のネットアカウントを知られるわけには……


「私ってネット上でも友達がいないの……もし凪ちゃんと友達になれたら嬉しいなって……」


 罪の意識を植え付けるのはやめて欲しいのですが、とにかく知られるわけにはいかないので適当に話を切り上げてしまいましょう。


「ごめんなさい、実は私ネットには詳しくないの、きっと話についていけないと思うから無理なの」


「HRの真っ最中にスマホをいじっているのにですか?」


 細かいですね……知らないって言ってるんだからそうなんだで済ませるのが日本人の美徳でしょうが……


「その……あまり使い方が分からないから早くなれようと思って焦っていただけなの、誤解させてごめんなさいね」


 これ以上の追求は避けたい。というか私のアカウントにそんなにこだわる必要無いでしょうが。


 すると燐火ちゃんは机に戻ってサラサラとペンを走らせて手紙を渡してきました。はて? ラブレターでしょうか? そんなフラグは立っていないはずですが……


「これ、私のアカウントね、覗いてみて気が向いたら絡んできてね?」


 そんなお願いをして彼女は席に戻っていきました。私はそれに書かれているIDをどう扱ったものか考えながら午後を過ごしました。

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