第11話 後日譚
愛衣と美紅、二人が付き合いだしてから三年が過ぎていた。
二人の仲人役だった白猫の絹(きぬ)は十五歳となり、動作はゆっくりとして、飛び乗ったり、駆け上がったり、飛び降りたりという行動はせず、食べるご飯も老猫用になった。でもまだ悪いところはなく、毛ツヤもまだまだあると思っている。
美紅が豊島区管内で働き始めてからは四月で丸三年となり、初めての異動が予想されていた。
そんなある日の午後、上司から会議室に呼ばれた。
「忙しいところに悪いね、ところで最近の仕事はどう?」などと当たり障りのない話題から始まった話は、突然、本題に入った。
「君の次の異動先なんだけど、島しょ部で欲しいっていう話になっているんだ。まだ決定ではないけど特別な事情がない限りは三年間、活躍して来て欲しいというのが正直なところで、どうかな?」
東京都の島しょ部と言えば、大島、新島、三宅島と言った船や飛行機で行き来をするような島々の事だ。
もちろん愛衣と遠く離れてしまう所には転勤したくない。でもそんな理由は通用しない。
「特段の地縁はありませんが、発令がでれば拝命いたします」
「そうか、大丈夫か!、じゃあ、正式な発令は一週間前で、内示はその前日だからまだだいぶ先だが、そのつもりでいてくれよ」
「はい」
課長は席を立つと、明らかに喜びながら出ていった。
後に残った私は、いきなり失われる二人の生活の思い、大きくため息をついた。
その日の晩、夕飯を食べ終えて二人でソファーでくつろいでいる時に、私は愛衣に打ち明けた。
「えっ!、なんで美紅が!?」
「分からないよ、島しょ部の人に対して、目立つような事をした覚えは無いし、知り合いもいないんだけどね」
「まだ美紅としてないことたくさんあるよ!、何か悪いことしちゃったのかな……」
愛衣は大粒の涙をこぼしながらワンワンと泣いた。
私も愛衣の背中にすがりついて一緒に泣いた。
そしてお互いに泣き尽くした後、ソファーに横になり、固く抱きしめあった。
目が覚めると午前0時だった。愛衣を起こして二人でシャワーを浴びた。愛衣はシャワーを浴びながら、また泣いていた。
翌日の昼休み、私は一人でサンドイッチを食べながら残り三週間の過ごし方を計画していた。
土日祝日はずっと居られるし、愛衣の希望どおりに過ごすとして、内示が出るまでの平日は残業禁止して、夕飯を作ろう。
そして内示が出てしまったら、引き継ぎや年度末に集中する業務を優先にして、可能な日は愛衣に迎えに来てもらおう。
送別会は課の一回だけで極力終わらせよう。
着任の手はずは島が決まってから考えよう……
美紅はスマホの画面をアルバムに切り替えた。そこには愛する物が並んで写っていた。
きぬが真ん中で大きく写っているがその横に愛衣の笑顔もしっかり写っている。
島にいったらこの写真を会社の机の上に飾ってやる。いつでも見えるように……
さっそく今日からノー残業を実践した。定時に退社し、食材を買って料理を作る。
今日は愛衣も早かったので二人で料理をして、食卓へ並べた。
「いただきます!」
すでに食べ終えて眠そうなきぬを膝に置きながら、幸せを噛みしめるように食べる。
話題は土日を何して過ごすかだった。
「外せない予定はきぬのお風呂だよね」
「そうだね」
「ペット可のペンションとかに一泊旅行はどう?」
「きぬ、大丈夫かな」
「ちょっと心配か」
「車にたくさん乗るからね」
「普段どおりでいいよ、美紅」
「それはイチャイチャしたいから?」
「そうだよ♪、美紅の体無しにはもう生きられないの」
「ふふっ、私も♪」
「じゃあ、お風呂入ろっか」
「私、始まったんだけど」
「お風呂場だからいいでしょ」
「愛衣のえっち」
「うん、我慢なんてしないよ」
それから数日後。
美紅は上司に呼びかけられた。
「ああ!、ちょっと。いま時間いいかな?」
「はい、なんでしょうか?」
「会議室へ行こう」
課長は会議室へ入ると座るなり本題を話始めた。
「この間、話した島しょ部への異動の件だけど、無くなったから。」
「えっ!」
「内緒にしてほしいんだけど、島へどうしても帰りたいって奴がいてね。
期限付きで二十三区へ出てきただけだから、約束どおり島へ帰せって、ちょっと色々とモメたみたいで、君の話は無くなったよ」
「そうなんですね」
「まぁそれ以外の発令についてはまだ確定していないから、決まったら伝えるから」
課長が出て行くと、喜びをかみ殺しながら、簡潔に愛衣へLINEを送った。
結局、美紅の異動先は新宿の東京都庁だった。
愛衣の勤務先も新宿。
二人の距離はランチを一緒に食べられるほどに近付いた。
(了)
きぬと私たち tk(たけ) @tk_takeharu
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