第10話 卒業
何も無くても月日は進み、美紅が部屋へ来るようになってからおよそ二ヶ月が経った。
明日はいよいよ美紅の卒業式だ。
美紅は着物を着ると言っていた。さぞや美しいんだろうな。
美紅は毎週末、私の所へ泊まりにきて、きぬと遊び、私を気にかけてくれている。
私も何かお返しがしたいのだが、今のところ何も出来ていない。
ただ、就職祝いに名刺入れをプレゼントしようと最近探している。
美紅からのブレない好意についても、痛いほど感じているが、まだそれに応える覚悟は出来ていない。
でも彼氏探しは嫌になり、止めてしまった。
今日は美紅の卒業式だ。
朝早くから美容院へ行き、着付けと髪のセットをしてもらうと話していた。
午後から式へ出席し、その後は友達とお祝いをする。
きっと今日は朝から夜まで忙しい一日だろう。
そう思っていたら、お昼頃、着物姿の写真を送ってきてくれた。
これは想像以上に美しい。
さらに夕方には卒業証書を持った写真が一枚届き、夜には楽しそうに笑っている写真が届いた。
どれもスマホの壁紙にしたくなるような愛くるしさだ。
美紅のおかげで一日がハッピーに過ごせた。
家へ帰り、もう一度、美紅の写真を見ながら気付いた。
私、美紅のこと、すごく好きだよね。
嬉しかった。私も美紅のことを好きになったよ。
きっと美紅が相手なら怖くない。
早く美紅に会って、このことを伝えたい。
翌日、さっそく美紅に連絡を取りたかったが、しっかり伝えたほうが良いと思い、週末まで我慢することにした。
すると夜、忙しいと言っていた二番目の男から電話が入った。
時間も出来たし、また食事に行こうという誘いだった。
正直、声を聞くだけで虫唾が走ったが、「今は無理」とだけ何とか伝えて電話を切った。
無神経に今さら電話してきた相手、そんな相手に何も言えない自分、みんな腹立たしくて、悔しくて何かをどうにかしてやりたかったが、何も出来なかった。
いつの間にか、きぬが足元にすり寄ってきた。
翌日、夕べのことを整理できないまま出勤した。
頭が痛くて吐き気がして仕事に集中できない。
仕方なく早退させてもらった。
今日は金曜日、もう美紅が来ているかも知れない。また心配かけちゃうな……
部屋の前につくと、一応ノックをしてから鍵を開けた。
やはりすでに美紅が来ていた。
その笑顔を見ると涙が溢れそうになってしまい、懸命にこらえた。
「愛衣さん、どうしたんですか?」
「うん、ただいま」
それ以上は何も言わずに美紅に抱き着いた。
結局、美紅にすがりついて泣いた。
そして泣き終わると疲れて寝てしまった。
***
美紅はソファーに寝転んだ愛衣の髪を撫でながら、泣きはらした寝顔を見ていた。
いったいどこで何があったのだろう……
私の大事な人をイジメるのは誰?
奥歯に力が入り、知らずと眉間にしわが寄ってしまった。
心配したきぬが私の手の甲を舐めてきた。
「きぬ、ごめんね。きぬは何か知らない?、愛衣さんはどうしたの?」
きぬは私の膝に乗ると丸くなった。
んんっ……
愛衣さんが目を開けた。
私が動くと、きぬも起きた。
「愛衣さん……」
「美紅ちゃん、コンタクト外してくる」
パタパタと洗面所へ走っていく愛衣さんを見送りながら、帰宅した時よりは落ち着いた印象を受けて少し安心した。
あとは彼女の心をかき乱す正体を知りたい。
眼鏡をかけて戻ってきた彼女をつかまえて、抱き締めた。
「夕飯、どうしますか?」
「冷蔵庫、空だよ」
「デリバリー頼みますか?」
「うん、そうだね」
「食べたいものは?」
「なんでもいいよ」
「脂っこいものでも?」
「ごめん、それはいや」
「じゃあ、お寿司は?」
「うん、そうして」
夕飯が決まったのでネットで注文を済ませた。
あとは彼女と話をするだけ……
座ってテレビを見始めた彼女をよそにお風呂の準備を始めた。今日も一応ぬるめにしておこう。
きぬのご飯はカリカリでなくマグロの缶にした。
これでたぶんお寿司を欲しがらない。
もし欲しがられてもワサビが塗られているので、あげられないけどね。
きぬの食事を見守りながら、愛衣の様子も観察した。
テレビは点けているけど、見てはいないなとか、あの定まっていない視線の先に何を見ているんだろうとか。
私といるから明るく振る舞っているのかな……
お寿司が届いたので二人で食べた。美味しいと思うんだけど愛衣は何も言わない。そういうところもいつもと違う。
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさま」
「美味しかったね」
「そうだね」
「お風呂一緒に入ってもいい?」
愛衣は目をそらすと考えるような素振りを見せた。
「だめ?」
「いいよ」
「ありがと、じゃあもう少し休んだらね」
「うん」
テーブルを片付け、お皿を洗い終えると愛衣をお風呂に誘った。
愛衣が先に浸かるのを待って私も入る。
お風呂に浸かると愛衣と手をつないだ。
さぁここからだ。
まずは
「今日は早退したんですか?」
「うん」
「会社で何かありましたか?」
「ううん、体調が悪くて」
なるほど
「いつから体調が悪かったんですか?」
「ゆうべかな……」
「ゆうべ何かありましたか?」
「ゆうべ……、久しぶりに男から電話があって……」
「うん」
「またご飯へ行こうって誘いで……なんて奴だと思ったら気分が悪くなって……」
「うん」
「ちゃんと自分の気持ちを言えない自分も嫌で……」
「うん」
「卒業式の日には、もっとハッピーだったのに……」
「良いことがあったの?」
「うん、美紅の写真を見てたら、嬉しくて、愛おしくて、壁紙にしていつも見ていたい位に好きで……」
「私、美紅が好きで、好きになれた自分が嬉しくて、美紅なら怖くなくて、なんでも委ねられそうで……」
「うん、それで……」
「次に会ったら、愛してるって言おうと思ってた」
「愛衣。すごく嬉しい」
「私も愛してる。だからそばに居て」
「うん、私も美紅のそばに居たい」
愛衣は美紅に抱きつくと、熱いキスをした。
(つづく)
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