第9話 愛衣の恋
日曜日の夜、愛衣は次の約束をしようと彼にメッセージを送った。
するとすぐに返事が来た。
『もう一度テーマパークへ行こう』
もちろんOKだったのでいつにしようかと相談のメッセージを送った。
『水曜に夕飯どう?』
その返事は食事の誘いだった。もちろん早く会いたいので、水曜日は残業を入れないように気をつけることにした。
水曜日の夜。
彼と落ち合い、ホテルの高層階にあるレストランで食事をした。
窓から見える都会の夜景がきれいだ。
普段、こういう所に来ない私には少し落ち着かないが、優しく寛いだ表情をしている彼を見ると安心する。
食事を終えてデザートを楽しんでいると彼が誘ってきた。
「まだ一緒に過ごしていたいんだけど、この後もいられる?」
「はい……」
その後のことは動揺していてよく覚えていないが、そのホテルの一室で彼にキスをされていた。
そしてそのまま事に及ぼうとする彼にお願いしてシャワーを浴びさせてもらった。
あとは彼に為されるがままに体を許した。
翌朝、目を覚ますと彼は居なかった。
LINEには『早朝から会議のため起こさずに先に出た』と書いてあった。
私もシャワーを浴び、支度を整えると会社へ向かった。会社ではいつも置いてあるカーディガンを着て過ごした。
なれない体の痛みと共に愛されるってこういう事なのかなとぼんやり考えていた。
その晩、夕べご馳走になったお礼と、テーマパークへ遊びに行く日にちを決めたくてLINEを送った。
しばらく返事が来なかったが、ようやく届いた返事には『忙しくなったからまた連絡する』と書いてあった。
それからは食事の誘いも忙しいと断られるようになった。それが二週間も続くと我慢出来なくなって、恋愛指南役を誘って飲みに行った。
まぁ私の魂胆は、お店に着くなり見抜かれてしまったが。
「今日は荒れる気ですね♪、何があったんですか?」
今回も順に追って顛末を説明した。あえて体を許したことも話した。そしてそれ以降、今は会えなくなってしまい、我慢出来ないので相談にのって欲しいと伝えた。
「うーん、まだ二週間ですよね、本当に忙しいのかも知れません。でも体の相性を確かめてキープされているのかも知れません」
「こんな辛い恋、嫌なんだけど……」
「質問ですけど、今、付き合っているんですか?、それとも食事に二度行き、二度目でサセちゃっただけですか?」
「好きとは言われたと思うけど、付き合うって言葉は無かったと思う」
「電話では話せているんですか?」
「出てくれても忙しいから折り返すって言われて切れちゃう」
「もし住所が分かるなら押しかけちゃいたいですね」
「まぁ私としては、冷却期間をおくことをお勧めします」
「もちろん見切りをつけて新しい男を探すならお手伝いしますし」
「そっかぁ……」
「うん、追いかけても辛いですよね」
うすうす感じていた不安を彼女がきれいに掘り出してくれた。
ヤリ逃げされたか……
何だか自分が惨めで、もうお酒の味も感じられなかった。
早々に飲みを切り上げると、彼女に付き添ってもらいながら駅まで歩いた。
「またいつでも相談してくださいね」
本気で心配してくれている彼女にお礼を言うと電車に乗って部屋に戻った。
ガチャ
こんな日でも、きぬは迎えに出てくれていた。
きぬの丸い顔を見た途端に涙があふれ出た。
きぬを抱きかかえるとソファーへ寝転んだ。そしていつの間にか意識を手放した。
翌朝、寒気がして目が覚めた。体がだるくて節々が痛い。
何とか起き上がると水を飲んだ。
一応、体温を測ると八度三分あった。薬を飲んで着替えをして布団にくるまった。
それから会社にメールで休みを報告し、眠りについた。
目が覚めるとすでに午後三時だった。もう一度、熱を測ると七度二分だった。
体が軽くなった。パンがゆを作って空腹を満たすと、スマホを確認してみた。
彼からは何も届いていないが、美紅からLINEが届いていた。
『金土日、いてもいいですか?』
すぐに『いいよ』と返事を返した。
それからもう一度、眠った。
金曜日には体調も万全となり、気持ちも体も軽く一日を過ごした。
部屋に帰宅すると美紅ときぬが温かく迎えてくれる。
いったいなんて素敵な家庭なんだろうと思った。
その夜、美紅が一緒に風呂に入りたがったので許した。あの日以来だ。
背中の洗いっこをしたいなどとはもう言わず、一緒に入りたいとだけ言った。
彼にサレて以降、自分の体が汚れてしまったようで、何を想像されようが気にならなくなっていた。
案の定、美紅はキスから始めて私の体を触ってきたが、前回のように心が反応しない。
嫌なことをされている訳ではないのに気持ちよくない。
美紅も途中で気付いたようで、愛撫は止めずに聞いてきた。
「愛衣さん、何かありましたか?」
「ん、どうして?」
「えっと、その、何だか抜け殻みたいです」
「そぅお……」
「気持ちよくないですか?」
「そうね」
「今日は止めますね」
「うん、ごめんね」
美紅は何も悪くないんだけれど、体が目的かと思うと力が抜けてしまう。
二人の彼氏から与えられた精神的なダメージは大きかった。
お風呂を上がると美紅が髪を乾かしてくれた。
美紅は優しいな……
「ねぇ、美紅、どこか出掛けない?」
「いいですよ、行きたい所がありますか?」
「あなたは?」
「発散するなら絶叫系とか、静かに楽しむなら庭園とか」
「今まだ冬だからねー、屋内のほうがいいかな」
「映画?アミューズメントパーク?水族館?カラオケ?ボーリング?」
「ボーリングかぁ、美紅やったことあるの?」
「無いですよ」
「あとはラブホテル?」
「美紅行ったことあるの?」
「ありません!」
「どっかのショッピングモールをぶらつくのはどうですか?」
「そうだね、そうしよう」
スマホで行き先を決めると布団を敷いて二人で寝転んだ。
「愛衣さん、キスしてみてください」
「ん……」
……ュッ
「気持ちいいですか?」
「うーん、何も感じないかな」
「そうですか……、抱き締めていいですか」
「いいよ」
美紅は愛衣を強く抱き締めながら眠りについた。
「美紅、ここ広いねー」
「そうですね、いい運動になりますよ」
「欲しいものあった?」
「まだないです」
「ちょっと疲れた。スタバいいかな?」
「はい、入りましょう」
「卒業式はいつなの?」
「三月の十二日です」
「綺麗なんだろうなー」
「写真見せますよ」
「四月からは美紅も忙しくなるんだろうね」
「そうですね、初めてのことばかりなので、しばらくは落ち着かないでしょうね」
「ようし!、新しい男でも探すか!」
「えっ、この間の合コンでゲットした人は?」
「続かなかった……」
「そうなんですか……」
「美紅は喜ぶところでしょ」
「愛衣さんがまた辛い思いをしたんでしょ。それを考えると喜べませんよ」
「どこかに私のことを大切にしてくれる人はいないのかな?」
「はーい!」
「えっと、男性で」
「なんで男がいいんですか?、子供を作れる?、男のほうが気持ちいい?」
「何をこんなところで言ってるのよ」
「じゃあ、あとで教えて下さいね」
スタバを出ると気になったお店だけをもう一度見て回り、ショッピングモールを後にした。
二人で帰宅してコートを脱ぐと、鍋の準備を始めた。食材は帰り道に買ってきた。
美紅はスマホをいじっている。
鍋が煮えるとテーブルに移し、小皿によそって乾杯をした。
美紅がチューハイを飲みたがったので買ってきたのだ。
温かいお鍋を食べながら、お酒を飲むととてもいい気分になってきた。
お鍋はまだ残っているがもうお腹がいっぱいだ。
そのまま横になってしまった。
その後は美紅が片付けをしてくれて布団を敷き、私を着替えさせてくれた。
そして優しく撫でながら、傷付いた私を慰める言葉をかけてくれた。
「愛衣さんは利用されただけで、悪くないんだよ」
「二人とも体が目当てだったの……、満足させることも出来なく……、美紅……」
「愛衣さん、相手が悪人だったんです」
美紅の懸命なセラピーは夜遅くまで続いた。
(つづく)
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