第7話 デート

水曜日の夜。


 合コンで出会った彼と食事をしながら、屈託のない笑顔が素敵な人だなと好意的な感想を持って、緊張しながらも食後の飲み物まで飲んだ。

次はどうしますか?、と聞かれ、うーん……と迷っていると少し飲みますか?と言われたので、はいと頷いた。

食事中もワインを一杯飲んだので、それほど飲める訳ではないが、まだ彼と一緒に居たかった。


 場所をバルに移して、さっきよりも間近で彼と座った。

「ソフトドリンクも充実してますから、無理に飲まないでくださいね」

お酒に強くない私に気付いたのか嬉しい一言だった。

最初のお店では聞き役になっていた私も、少しずつおしゃべりが楽しめるようになった。

彼はこういう機会に慣れているのか、落ち着いていて気配りがすごい。

仕草のひとつひとつが私好みだった。

すっかり虜になった私と次の約束をすると、お互いに電車があるうちにバルを離れた。


 バルを出たエレベーターホールで不意に彼に抱き締められて、唇を奪われた。

私は驚いたが、心地よくて、体がしびれたようになり、為されるがままだった。


でも今日はそこまでで、駅まで一緒に歩くと、名残惜しかったが別々の電車に乗った。


家に帰るまで、気持ちが高揚して、勝手に頬が緩むのを隠すのが大変だった。




ガチャ


 部屋へ帰ると、美紅の香りを感じた気がした。


「美紅?」


「にゃあ」


「きぬ、ただいま」


私は玄関をあがると手を洗いを洋服を脱ぎ、シャワーを浴びた。


部屋へ戻ると再び美紅の香りを感じた気がしたが、鼻が慣れるとすぐに忘れてしまった。


布団に入っても彼のことが頭に浮かんでなかなか眠れなかった。

次は土曜日、大人気のテーマパークへ遊びに行く約束だ。




翌日の木曜日。

美紅から連絡が来た。

『今週末はいきません』


一瞬、胸の奥がキュッと苦しくなったが、ため息をついたら和らいだ。


 待望の土曜日。

朝起きて、支度をしていると彼からLINEが届いた。

『ごめん!急用が出来て行けなくなった』


何がどうしたんだろうと思ったが、了解した旨を返事した。


すると電話がかかってきて、お詫びを言われた。

事情が分かり安心した私は、また今度行こうと言って電話を切った。


ほっとはしたが週末の予定が全部空いてしまった。きぬのお世話をして過ごすか。

きぬは白猫なのでお風呂に入ってからしばらくすると、体の色が少し黄色くなってくる。そこで定期的にお風呂へ入れている。

前回は美紅と洗ったから楽しかったな……

きぬを洗い、ドライヤーで乾かすと写真を撮り、美紅へ送った。


『お風呂にはいったよ』


『きれいになったね』

すぐに返信が来た。


『何してるの?』

『お家にいます』


『どうして来ないの?』


待っても返事は来なかった。


とても気になったので電話をかけた。


「はい、美紅です」

「今週末は全然来ないんだね」


「はい、そうですね」

「どうして来ないの?」


「えっと……愛衣さんが彼氏作りで忙しそうだから」

「でもきぬはいるよ」


「そうですけどね……」

「変な気遣いは無用だよ」


「えっと、行きたくないんです」

「えっ!」


「じゃあまた」


ピッ……


通話が切れてしまった。


美紅ちゃんの様子がおかしい。

私は慌てて着替えるとバッグを持って家を出た。


 電車に乗り、美紅ちゃんの家へ向かう。


さっきの電話のやり取りを考えてみるが、何だかさっぱり分からない。


駅を降りたら早足で歩く。玄関前に着いたときには息が切れていた。

大きく深呼吸をして息を整えると、チャイムを押した。


ピンポーン


「はーい、どちらさま?」

「こんにちは嶋田愛衣です、美紅ちゃんに会いに来ました」


「はーい、ちょっと待ってねー」


美紅ちゃんのお母さんが扉を開けてくれたので、靴を脱ぎ、美紅の部屋へ上がらせてもらう。


コンコンッ


「美紅、愛衣だよ」


「会いたくない……」


「そんな……」

「私、何か悪いことしたかな、それなら謝るよ。だから扉を開けて」


「鍵はかかってないよ」


「じゃあ、入るね」


部屋へ入ると美紅はベッドでうずくまっていた。


「美紅っ!」


顔を伏せてしまっていて顔色が見えない。


私は駆け寄ると美紅の肩に手をかけた。


「どうしたのっ?」


美紅はふるふると頭を振って何も答えなかった。


「私が何か悪いことした?」


この問いかけにもふるふると頭を振った。


「しゃべってくれないと何も分かんないよ」


私は美紅を抱き締めた。


すると美紅が抱き着いてきた。

私も美紅を抱きしめ直した。


「ねぇ、美紅、今日と明日、遊びに来ない?」

「ずっといるの?」

「うん、いるよ」

「デートは?」

「ないよ」


「デートのことで気を使ってくれていたの?」


ウウッ……


突然、美紅が泣き始めた。

私の首にすがりつく。


「愛衣が、デートに行くのが嫌だった……」


「そうなんだ……」


「私……愛衣が好き……」


思ってもいなかった言葉だった。でも嫌な気分にはならなかった。


「ありがとう」


「うん……、女が好きなんて可笑しいよね、だからもう一緒にいられない……」


「そんな。友達でいられるよ」


「でも私はいつか恋人になりたいの」


それは思ってもいなかった。


「無理でしょ……だから距離をおいて忘れたいの」


 確かにその気持ちに今すぐ応えることは出来そうもない。

でもこんな別れは辛すぎる。

どうしたらいいんだろう。


「正直に言うね。今すぐ恋人を前提に一緒に過ごそうとは言えない。でもね、今別れたら更に恋人にはなれないと思う。今までのように一緒にいたら、私の好きももっと高まるかもしれない。私は美紅と一緒にいたい」


「それってなんかズルくないですか?」

「そうだね、そう思うけど本心だよ」


「私、顔が酷いことになっていませんか?」

「泣いたからね。でも大丈夫だよ」


「行きますから、ひとつお願いがあります」

「なあに?」

「キスしてください……」


チュッ


「これでいい?」

「はい」


美紅は、はにかむとベッドから下りて支度を始めた。


(つづく)

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