第6話 新たな恋
美紅の言ったとおり、お散歩に行って良かった。気分がリフレッシュされたのと、適度な疲労感があるので、ぐっすり眠れそうだ。
「きぬー、今日はお肉だよー」
美紅が缶詰のフタを開け、きぬに匂いをかがせている。
そんなことしなくても、生タイプのご飯は美味しいから、がっついて缶に頭を突っ込んで食べるのにと思ったが、今日はきぬがそうしない。
大人しくクンクンと匂いをかいでいる。
何だか猫まで躾けることが出来るのかと驚いてしまった。
「さぁ、私達も食べますよ」
二人で調理をしてテーブルへ並べた。
「いただきまーす」
美味しそうなお魚の切り身をいくつか買って海鮮丼にすると、あさりを味噌汁にした。
きぬが生魚を欲しがるかなと思ったが、お肉を食べたので満足げに寝そべっている。きぬが大人しいと私達もゆっくり食べられてありがたい。
「私はね、ハマチとか鯛とかアジなんかが好きなんだ。美紅ちゃんは?」
「サーモンとマグロですかね。イクラも好きですよ」
「次は大好きなものを集めて贅沢丼にしようね」
「はい、玉子も欲しいです」
「なんか子供舌?」
「そうなのかなー」
「ウニは?」
「美味しくないです」
「苦いものとか苦手なんだね」
「うーん、返す言葉がないですけど、そんなことないと思うんですけどね」
「おこちゃま♪」
「そういうことを言う人には、もう胸で泣かせてあげませんからね」
「もう泣かないもーん」
「あっー、そんなこと言うんだ。ちゃんと覚えていてくださいよ♪」
そこまで言い合って、お互いに可笑しくなって、笑ってしまった。
「明日はお鍋にしましょっか」
「いいね、一人だと鍋はやりづらくてね」
「明日、毛布だけ買いに行こっか」
「そうですね、風邪ひいたら嫌ですもんね」
二人は仲の良い友達同士が接するようになっていた。
「ごちそうさまでした!」
「一人皿洗いで、もう一人はきぬのブラッシングして欲しいんだけど、どっちがいい?」
「ブラッシング……」
「いいよ。お願いね」
私がお皿を洗っている間、美紅にはきぬの相手をしてもらって、ついでにお風呂も洗ってお湯をため始めた。
「かなり毛がとれたよ」
「そう、ありがとう」
「今度お風呂も入れたいな」
「明日の昼間でもいいよ」
「じゃあ、入れたい!」
「うん、そのつもりでいるね」
「お風呂は先に入る?」
「えっと、あとがいい」
「そっ、じゃあ先に入るね」
愛衣はきぬとじゃれ合う美紅を横目に見ながら、静かに脱衣所へ入った。
***
パタン
愛衣さん、お風呂場に入ったな……
本当は今日も一緒に入りたかったんだけど、理由がないもんな。
「にゃあ」
きぬが物申すかのように鳴いた。
はいはい、そうですね。目の前にいるのはきぬだもんね。遊ぼうね。
美紅はきぬの毛を撫でてマッサージをしてあげた。
***
ふぅ……
もうじき今日も終わるなぁ……
夕べはここで美紅に抱きついていたんだよな……
彼女がいてくれて本当に良かった。気持ちの乱れがおさまって立ち直った気がする。
おかげで月曜日からちゃんと会社へ行って仕事が出来る。それからまた合コンにも誘ってもらって、そこで新しい彼を探すんだ。
次の彼は私のことを大事にしてくれて、私がなんでも相談出来る相手がいいな。身も心も大切にされたいし、私も大切にしたい。
週が変わり新しい一週間が始まった。
普段どおりの業務をこなしながら同僚達と過ごす。
するとトイレで会いたい人に会うことが出来た。
「また合コンがあったら誘って」
「えっ!?、フリーになったんですか?」
「うん、クリスマスまで持たなかった」
「そうですか……、分かりました。希望がありますか?」
「イケメンじゃなくてもいいよ」
「それってどういう意味ですか?」
「身も心も大切にしてくれる人がいいの」
「ククッ、それはまた難しい条件ですね」
彼女は私の恋愛相談相手だ。指南役とも言える。
分からないことだらけの恋愛について、彼女にいろいろと相談してきた。
もちろん、すべてを教えている訳ではないが、元カレが見つかったのは彼女がセットしてくれた合コンだった。
また次もぜひ期待したい!
翌日、さっそくLINEに連絡が入った。
『金曜夜、相手は公務員。どうしますか?』
『出たい!』、就業中だったがスマホを机の上に出して即答した。
もう頭の中は新しい恋でいっぱいだ。
その日から体の各所のケアに力を入れた。
美紅からは今週も二泊三日で遊びに来たいと連絡があったので、合コンのことを伝えた。
そして金曜日、自分のお気に入りの服を着ると颯爽と出勤し、気分良く仕事を終えて決戦に臨んだ。
会社の入口の前で恋愛指南役の彼女と合流すると、情報を仕入れながらお店へ向かう。
今回は四対四で相手は二十八歳の同期同士らしい。
さてこの中から彼女持ちを除外し、私のことだけを見てくれる人を見つけたい!
お店への到着は一番乗りで、彼女が末席に座ったので私はその隣に座った。
少し遅れて若手女子二人が来て、男性陣もやってきた。
男性陣の容姿は普通レベルだが、身なりがきれいでキチンとしていて、粒が揃っている。
私の期待も否応なしに高まった。
そして今回の戦果はというと、一人と連絡先の交換をすることが出来た。
もちろん、次は二人で食事に行く約束もした。
その後の二次会には、若手女子二人と男性陣三人が行き、私が連絡先を交換した男性は行かなかった。
私は呼んでくれた彼女にお礼を言うと、家へ向かって電車に乗った。
ガチャ
「ただいま」
「おかえりなさい、案外早かったね」
「まあね、お風呂入ってくるね」
愛衣が湯船に浸かると、扉の外に美紅が来た。
「ねぇ、どうだったの?」
「んんっ、何が?」
「合コン行ったんでしょ」
「うん」
「その結果、どうだったの?」
「うん、いい人が一人いて、連絡先交換して食事の約束してきた」
「そうなんだ……、よかったね」
「うん」
合コンの様子が知りたかったのだろう、それだけ話をしたら美紅は脱衣所から出ていった。
それから体を洗い、部屋へ戻るとすでに部屋の灯りが暗くなっていて、美紅は布団へ入っていた。
私はドライヤーで髪を乾かすと美紅の隣にそっと入った。
すると美紅が目を開けて聞いてきた。
「その人とは次はいつ会うの?」
「来週の水曜日かな」
「きぬの夕飯は?」
「うん、自動給餌器を買おうかと思ってるんだ」
「私、来るよ」
「えっ」
「だめ?」
「う、うん」
「どっち?」
「えっ……」
「私がいちゃ、連れ込めないか……」
「あーあ、もう破綻かぁ
愛衣さんと二人、楽しかったのになぁ
頑張ってね、今度は大事にしてくれるいい人だといいね」
「う、うん。ありがとう」
そうは言ったけど、美紅の寂しそうな顔が頭に焼き付いた。
翌日、美紅は普段どおりの様子だったが、午後になると予定を変更して、夕飯を食べずに自宅へ帰った。
美紅がいなくなって一人で過ごす休日は、何だか気力が抜けてしまって、ぼんやりと無為に過ごしてしまった。
そんな私にきぬも心配そうに、まとわりついてきた。
月曜日、普段どおりに体が動いて自然と会社へ足が向かう。
お昼ご飯は恋愛指南役の彼女を誘って、金曜日の戦果について報告をした。
「えっー!、すごい。良かったですね」
「うん、ありがとう」
「水曜日はどんなプランなんですか?」
「ご飯食べて、後はその場の雰囲気かな……」
「雰囲気でどこまでいくんですか?」
「えっ……」
「綺麗な下着を付けていくんですよ」
「うん……」
そして水曜日。
前の晩からそわそわしていた気持ちが朝はピークだった。
少しだけドレスアップした服装で会社へ行く。
昼間は手元の仕事に神経を集中して気を紛らわした。
そして夕方、定時に退社すると待ち合わせ時刻までカフェで過ごした。
待ち合わせ場所へ行くとすでに彼が来ていた。
待たせたことを侘びつつも、待ち合わせ時刻より早く来ていた彼に好感を持った。そして彼に従いお店へ向かった。
***
ガチャ
「にゃあー」
「きぬ、こんばんは。ご飯食べた?」
愛衣がデートをしている頃、美紅はきぬの様子を見に来ていた。
愛衣の部屋へ上がり、自動給餌器を見たが、すでに食べ終わらせたのか、それともまだなのかは、分からなかった。
美紅はカリカリを少し出すと、手のひらに載せて、きぬへ見せてみた。
すると美味しそうにウニャウニャと食べた。
普段食べている半分ぐらいをあげるつもりで見せると、その分は全部食べてしまった。
用事は済んだので、早く帰ろうと、部屋の中を見回し、問題のないことを確認すると部屋を出た。
帰り道は夜空が見たくて上を向いたが、都会の明かりの中では星もよく見えなかった。
(つづく)
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