第5話 お散歩

 散々風呂で泣きはらし、美紅ちゃんに慰めてもらった後、私は美紅ちゃんに抱きついて寝た。


そして朝になり目が覚めると、美紅ちゃんが私のことを見ていた。


「おっ、おはよ」


夕べのことが恥ずかしくて小声で挨拶をしたら、美紅ちゃんはキスをしてくれた。


んッ、気持ちいい……


「さぁ、きぬのご飯ですよ」


まったく余韻もへったくれもないが、布団から抜け出すとご飯を用意した。


「にゃー」


足元できぬが鳴くので、今日は私からもらってくれるのかと嬉しくなった。


きぬにご飯をあげたので、私ももう一度、布団に入ろうとしたら


「洗濯機を回さなくちゃ」と美紅ちゃんが言った。


「まだ大丈夫だもん」と言ってもぐりこむと、布団をまくられて追い出されてしまった。


「美紅ちゃんのいじわるー」

「動いて失恋を忘れるんです」

「また慰めてよー」


「なんだ私に甘えたかったんですか。それならどうぞ」

そう言って両腕を広げてくれた。


なんかその腕の中におさまるのは癪だったけど、でもその腕の中の気持ちよさも知っていて、結局抱き締めてもらった。


「愛衣さんは年上なのに甘えん坊さんですよね」


何を言われても今はこのぬくもりの中に居たかった。




 しばらく抱かれていて疑問に思ったことを聞いてみた。


「ねぇ、なんでこんなに優しいの?」

「さぁ、なんででしょうかねー」


「美紅ちゃんも失恋の経験者だとか」

「それはあるかも知れませんね。恋愛って残酷ですよね」


残酷?、その言葉に反応してふと美紅ちゃんの顔を見てしまった。

でも目があった美紅ちゃんは笑っただけでそれ以外の感情を見せなかった。


「さぁ、愛衣さん、洗濯機を回して、私達の朝食を作ってください」


 私は渋々ながらも居心地のよい場所から、寒い部屋の中へ起き上がっていった。


「昨日、ハムとチーズ買ってきました。ハムチーズトーストでお願いします」


夕べの優しさが嘘のように再び私は下僕になったようだ。

言われたとおりパンを焼き、コーヒーを用意した。


「うーん、いい匂い」


美紅ちゃんは布団をすみに寄せるとテーブルを用意してくれた。

そこに食事を並べて二人で食べた。


「あとでお散歩行きましょうね」

「えっー、今日は寝てたい」


「駄目ですよ、軽い運動をするんです。きぬも抱いて行こうかな」


「今日と明日は動きたくないよ」


「日の光を浴びて、街の動きを見るんです。そうしたら新しいことが心の中に入ってきます」


「美紅ちゃん、私に厳しいよね。なんで?」

「愛衣さんが弱っているからじゃないですか」


「弱っている人には夕べみたいに優しくしてくれてもいいんじゃないかな」

「私に抱き締めて欲しいんですか?」


「えっ!、そ、そんなことないけど」

「素直じゃないなぁ。どうぞ、来てください」


「ちっ、違うってば。でも美紅ちゃんてお母さんみたい」

「お母さんですか……」


「ごちそうさまでした」美紅ちゃんはそう言って食器を台所へ洗いに行った。

私、何か気にさわるようなこと、言ったかな……


 食器を片付け、テーブルを片付けると、天気がいいので布団を干すことになった。

ついでにシーツを洗濯物と洗う。

あっ、美紅ちゃんのブラジャーだ……何カップかな……洗濯ネットの口を開けるとちらっと見て閉じた。Cかぁ……。ちょっと優越感を感じた。


部屋に戻るときぬが美紅ちゃんによりかかりながら寝ていた。

美紅ちゃんはスマホを見ている。

じゃあ私はソファーに寝転ぼうと思ったら、隣に座るよう言われた。


「ほらっ、これ見てくださいよ。部屋が二つにLDKです。これなら同居出来ますよ」


「美紅ちゃん、これだとお互いに彼氏とか連れてこれないよ。ちょっとイチャイチャしたくても同居人がいるんだもん」


「そうですか?、そういう時はお互いにちょっと気を使えばいいんじゃないですか?」


「結構、気まずいと思うけどな」


「私、彼氏作りませんよ」

「へっ!?」

「どうも苦手で」

「それは今までのことでしょ。これからは分からないじゃない」


「愛衣さんに好きな人が出来てお家に連れてくるようになったら、考えませんか?」

「うーん、ごめん、美紅ちゃんのイメージがよく分からないからこの話はまた今度にしよ」


少し不機嫌になった美紅ちゃんを心配するかのようにきぬが膝に乗ってきた。


「きぬ、大丈夫だよ。愛衣さんがわからず屋で少し困っただけだから」


おいおい、きぬにそんなことを吹き込まないでくれよ。


 洗濯機が止まったので微妙な空気になったテーブルから立ち上がると洗濯物を干した。


あぁ、干し終わってしまった。


どこに座ろうかと迷っていたら、「出掛ける支度をしてください」と言われてしまった。


もはやこの微妙に緊張した空気の中で過ごすよりは、外にいたほうが何倍も気楽だろう。

歯を磨き、着替えてメイクを済ませた。


「きぬも連れて行くの?」

おそるおそる聞いてみる。


「やっぱり止めました。そのかわり外でランチを食べましょう」


「うん、分かった」


二人とも支度を終えると、公園があるほうへ向かって散歩を始めた。

公園までは歩行者用の緑地帯があって歩きやすい。

話題はないけど、この澄んだ空気と青い空があれば気持ちがいい。


「んあーあ」


途中で大きく伸びをした。


「プッ、何だかかわいいですね♪」


「なにがよー」


「女の子らしくて守りたくなります」


少し高い目線から整った顔のあなたに言われると、同性なのに恥ずかしくなる。

でもなんでそんなに優しい目をするの……


理由を知りたいけど聞けなかった。




「愛衣さん、私、愛衣さんに感謝しているんですよ」


「きぬの飼い主が誰も名乗り出なかった時、愛衣さんのお母さんは里親を探そうとしましたよね。

でも私が泣き続けて……」


「そしたら愛衣さんが私が面倒をみるから置いてくれって説得してくれて。とても嬉しくて、格好良くて……」


「それからも遊びに行く度に、きぬがしっかり成長していて、どんどん可愛くなっていって」


「愛衣さんて凄いなって思っていました」


「だから久しぶりに愛衣に会えるってなった時には嬉しくて。実際に会ったらもっと嬉しくなっちゃって」


「今でも会うたびにドキドキしてます」


私は美紅ちゃんの顔が見られなくなってうつむいた。


「嫌な思いをして心が弱っていることは分かります。でもそばには私がいます。下を向かないでください」


美紅ちゃんはそこまで言うと黙って歩き始めた。

私もそんな美紅ちゃんの背中を見ながら歩き出した。


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る