第4話 愛衣

 月曜日の朝、昨日は久しぶりに近所を歩き回ったので、ぐっすり眠れたなと思いながら朝食の準備をした。

もちろん、きぬには先にご飯をあげた。


普段どおりに支度を終えると出勤する。電車に乗るのは十分程度。短いので外の景色を見ながらぼうっとして過ごす。人波に飲まれながら駅を離れるとすぐに私の勤める会社だ。


さぁ、仕事だ。上着を椅子にかけるとメールチェックから始める。

ざっと眺めた限りでは予定外の事態は起こっていないようだ。

その時、スマホに着信が入った。メールだ。珍しい。

一応、受信トレイを見て後悔した。


仕方なくスマホを持ってロッカールームへ行く。


 メールを開いてみると『会いたい』という主旨の元カレからのメッセージだった。


何と書けばいいのか分からないので、返事を書かずに、画面を消すと席に戻った。


まったく月曜の朝イチから私の心をザワつかせるなんて、なんて奴だと思いつつも復縁が頭にチラついて、仕事に身が入らなかった。


 ランチタイム。リフレッシュルームでサンドイッチを食べながら返信内容を考える。


『また一緒にご飯に行きたい。都合はどう?』


メールの内容はシンプルで字面だと食事の誘いだ。


誘いを受けるなら希望を書けばいいのだろうし、受けないなら断ればいい。


もう一度、やり直せるのかな……


 二人がかみ合わなくなったのは初夜から。

初めてだった私がそれ以降怖くなってしまい、出来なくなってしまった。


彼と一緒にいるのは楽しいけど、抱かれるのは無理。これが正直なところか……

そんな関係、成り立つのかな。




 私は美紅ちゃんにLINEを送った。

『金曜日、遅くなってもいい?』

すぐに返事がきた。

『どうぞ』


私は彼に返事を送った。




 金曜日、久しぶりに会った彼は相変わらず爽やかな雰囲気だった。


「いつものお店でいいの?」

「うん」


「久しぶりだね、元気してた?」

「うん」

「今日はありがとう、会ってくれて嬉しいよ」

「私も嬉しい」


「このあと何か予定あったりするの?」

「ううん、ないよ」

「じゃあ、ずっと一緒にいられるんだね」

「うん」


二人で食事をして、少しお酒を呑んで、以前のように楽しく話をした。

もうなんのわだかまりも感じなくなった頃、彼に誘われた。


「この後、俺の部屋、くる?」

「うん」


怖かったけど、彼を失うのが嫌だったから、もう一度、抱かれてみようと思った。


そして、彼の部屋へ入りシャワーを借りた。




 今、私は彼の匂いがするベッドで彼が来るのを待っている。

彼の大きなTシャツを一枚だけ着て天井の暗くなった灯りを見つめている。


水音がしなくなった。彼がシャワーを浴び終えた。体を拭いたら出てくるのだろう。


ガチャ


彼が出てきた。私のそばに来ると優しく髪を撫でてくれた。


「愛衣、好きだよ」


ちょっとカサついた唇が私の唇に合わさる。


んッ


布団をまくると彼が隣に入ってきた。


私の首筋に触るとそのまま胸に下りてきた。


ぅふッ、んッ


恥ずかしいっ


思わず胸を隠した手を退けると口で愛撫を始めた。


やッ、だめッ


「きれいだよ」


彼の手は私の一番敏感な所へ下りてきた。そしてぴっちりと合わさったそこを開くように指を動かしてきた。


んッ、だめッ


「大丈夫だよ、すぐに濡れてくるからね」


彼はそういうと執拗に私のそこを触った。


 それからしばらくすると彼は下着を脱ぎ、私のそこへ大きくなったあれを当てがい、中へ入れようとした。


その時、私は気付いた。自分の上に大きくのしかかり、両肩を強く押さえつけている彼が怖いことに。


「いやっ!」


思わず声を出すと、腰をひねり体をかわした。




「ねえ、どうしたの?」

「ごめんなさい、何だか怖くて」


「ずっとそうだったの」

「うん」


「そっかー、でも男はこのままじゃ済まないんだよ」

「えっ」


「口でシテよ」

「えっ」


「くわえるの」

「だめ、出来ない」


「仕方ないなあ、じゃあ手でシテ」

「えっ」


彼に握らされたそれは熱くたぎっていて、彼に手を添えられたまま、彼が済むまで握らされていた。


それが済むと無性にここにいるのが嫌になり、服を着ると部屋をあとにした。

彼はそれほど止めなかった。


 まだ電車がある時間だったが、明るい車内に乗るのが嫌でタクシーを使った。


マンションまで着いてから、部屋には美紅ちゃんが居ることを思い出した。




玄関の鍵をなるべく静かに回して扉を開けた。


洗面所以外の灯りは消えている。


荷物を玄関に置くとそっと室内に入り、タオルと着替えだけ持って風呂へ入った。


湯船に浸かりながら今晩の出来事を振り返る。


要は彼がヤリたかったのかな……

復縁して、彼女とヤル。

まぁ当たり前のことかもしれないけど私には出来なかったな……


 何だか自分が惨めで涙がこぼれてきた。こらえたいのに泣き声が止まらない。

なんで今日行ったんだろう、行けば体を求められることはわかっていた。

上手くいくのかどうかすごく不安だったから、彼に相談しても良かったのに。

上手くいかずにあんな事までさせられるなんて。




コン、コンッ


「愛衣さん?」


「美紅ちゃん……」


「どうしたの?、泣いてるの?」


「そんなことないよ」


強がりを口にしたら、かえって涙があふれてきた。


えっく……


ガチャ


扉が開いて美紅ちゃんが覗いてきた。

そして私の顔を見ると表情を凍らせた。


美紅ちゃんは一度扉を閉めると衣類を脱いで風呂へ入ってきた。


「愛衣さんっ!、どうしたの?何があったの?」


湯船に入ると私のことを抱き締めてくれた。

その柔らかい体。温かい体。いい匂いのする体。


私も抱きつくともう一度、泣き始めた。


それからしばらくして、ようやく私が泣き止むと、楽になるから話すように美紅ちゃんから促された。


 私は今回の話を順に追ってポツポツと話し始めた。

そして全部話し終えると美紅ちゃんが「辛かったね」と言い、私に優しくキスをしてくれた。


柔らかくて気持ちのいいキス……


嫌なことを全部忘れさせてくれそうだった。


(つづく)

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