第3話 美紅ちゃん

「じゃあ、愛衣(あい)さん、みんな借りますね」

「どうぞー」


 白猫のきぬ(絹)を訪ねて遊びに来た美紅(みく)ちゃんは、部屋着を私に借りて、これからお風呂に入る。


私はローテーブルを脇に片付けると布団を敷いた。


ところできぬはというと、お風呂場の扉の前で座っている。

きっと呼んでも来てくれないんだろうなと思うと、寂しくなる。


 テレビをつけると土曜日夜のバラエティー番組がやっている。ソファーに座って見ていると、美紅ちゃんがお風呂から上がってきた。


「ありがとうございました!、愛衣さんもどうぞ」


美紅ちゃんはTシャツにスウェットをはいているが、やはりスタイルがいい。

それと胸の形がきれいだ。同性ながらドキドキしてしまった。


「美紅ちゃん、なんでそんなにスタイルがいいの?」

「えっー、特に何もしてませんよ」


「モテるでしょ。彼氏は?」

「いませんよ」


「えっー、ほんとにー」

「はい、ほんとに」


「なんかもったいないね」

「何が勿体ないんですか?」


「えっ、そうだよね、なんだろね、アハハハ……」

「じゃあ、お風呂入ってくるね」


 つい勿体ないと口走ってしまったが、まさかそのナイスバディが勿体ないとは言えなかった。

比べて私はといえば、太ってはいないが少しぽっちゃりしているのと、美紅ちゃんよりも背が低い。

まぁこれでも一人は彼氏が出来たんだし、全く相手にされない訳ではないだろう。

猫を飼うと結婚出来ないという噂話が大いに気にはなるが……




 お風呂を上がり部屋へ入ると相変わらずきぬと美紅ちゃんがじゃれ合っていた。


「美紅ちゃん、歯ブラシはこれ使って」


新品を手渡した。


「ありがとうございます。これ捨てずに置いといてもらえますか?」

「えっ、いいけど」


「そんなにここって近いの?」

「はい、大学に」


「愛衣さん、Wi−Fi使えますか?」

「うん、そこにルーターがあるよ」

「今度来たら設定させてください」


「なんか急に別宅が出来たみたいで嬉しいなー」

「そ、そんなに来るつもり?」


「駄目ですか?」

「平日は働いてるし、土日は休息日だし」


「それなら心配いりません。合鍵だけ用意してください。あとは私がキチンとしますから」


 駄目だ。どうも伝えたいことが伝わっていない。でも「来ないで」とまでは思っていないし。

美紅ちゃんが働き始めるまでの三ヶ月程度を我慢すればいいのかな。


「明日、合鍵を作りに行きましょう」

「う、うん」


「じゃあ、布団に入りましょっか」

「一緒?」

「はい、そのほうが暖かいでしょ」

「そうだよね」


彼氏との初めての時もドキドキしたけど、美紅ちゃんの隣に寝るのも同じくらいドキドキする。


「灯り、消すね」

「はい」


暗くなった部屋で、布団をめくり、少し小さくなって横たわった。


「愛衣さん、ちゃんと中まで入ってください。隙間が出来ちゃ寒いでしょ」


そう言われて渋々と中へ詰めると、美紅ちゃんが首に腕を回してきた。


「まだ少し離れてますよ、風邪ひきますよ」


「でもこんなにくっついたら寝られないでしょ」


「私が寝たら、離れていいですよ」


なんて自分勝手な言い草だろう!


「ううん、嘘です。愛衣さんのそばに居たいんです。いてください」


そんな風に言われると、まぁいいかと思ってしまう。

抱きつかれたまま眠りにおちた。




 日曜日、目が覚めると、きぬと美紅ちゃんが遊んでいた。


「愛衣さん、おはようございます。きぬのご飯ください」


またそれですか!

起きた早々にカリカリをお皿にいれて美紅ちゃんに渡す。


「きぬー、ご飯。お待たせー」


美紅ちゃんといると、なんだかきぬが一番偉いみたいな序列を感じる。

まぁ、きぬは言葉を話せないので、その辺りを察してあげないといけないとは思うけど……


さぁ、人間のご飯を用意するか。


 美紅ちゃんにはスクランブルエッグを作るとトーストに添えて食べてもらった。


「美味しかったです、ごちそうさまでした」


美紅ちゃんに笑顔で言われるととても嬉しい。

久しぶりに昨日会ったばかりなのに魅了されてしまったようだ。


「この辺、どんなお店があるんですか?」

「スーパーにドラッグストア、小さい商店街、あとは少し遠いけどホームセンターかな」


「衣料品は?」

「肌着とか靴下ぐらいならスーパーで売ってるよ」


「そうなんですね」

「どうして?」


「だって着替えを置いておかないと大変ですよね」

「泊まるの?」


「はい、いつ来ても大丈夫なようにしといてくださいね」


こういうの厚かましいって言うんだよね?


「あのね、美紅ちゃん。来る時には連絡はしてね。扉を開けたらあなたがいるっていうのは駄目だよ」


「はーい♪」


「それで、今日はいつまでいるの?」

「夕方までかな……」


「お昼は外へ食べに行くから、そのまま帰ったら?」

「えっー」


「だって夕方まで居たら、帰るの嫌になっちゃうでしょ」

「えっー、そうかなー」


 不満げな美紅ちゃんを残して、私は洗濯機を回しに行った。


部屋に戻ると美紅ちゃんはスマホにWi−Fiの設定をしていた。

きぬは美紅ちゃんの横で大人しく座っている。


「美紅ちゃん、次、いつ来るつもり?」

「もう私のことが恋しいんですか?」


何よそれ!、顔を赤くしながら私は否定した。


「金曜日かな」

「金曜日?」


「授業ないから買い物したら、そのまま来ます」

「そっ、そう……」


「食費は応分を負担しますので安心してくださいね」

「ニ泊三日だよね」

「そうなりますね♪」


「きぬにもカリカリ以外のご飯、買ってきますね」


 はあぁ……私は心の中で大きなため息をついた。

これじゃ週末の寝溜めも出来そうにない。


ニコニコしている美紅ちゃんを残して洗濯物を干しにいった。




「じゃあ、きぬ。またねー。また来るからねー」

「にぁあ、にゃあ、にゃあ、にゃあ」


「あんなに鳴いて、可哀そうですよね。やっぱり今日も泊まろっかな」

「だめっ。今日は一旦帰ろう」


何とか扉を閉じて駅前に向かって出発した。




「私、就職したら、きぬと同居しようかな……」

「ど、どうやって?」


「一人暮らしして、引き取るとか」

「あっー、それならいいんじゃない」


「でも、飼ったことがないんだよなー。どんな職場か分からないし」

「そうだねー。きぬは少しお年寄りだから、大人しいけど、残業が多かったり、出張があるなら厳しいよね」


「あっ!、いい事思いついた」

「なに?、どんな話?」


「二人でルームシェアしましょう。そしたらお世話に困りませんよね」


なに!?、それなら今の一人暮らしのほうがよっぽどいいよ。

この自分勝手な考えはどこから出てくるんだ?


「時間があるから探してみますね。時期はゴールデンウィークかな」


パクパク……


私の意見は聞いてくれないの……




「お昼、何食べましょっか?」

「お好きな物をなんでもどうぞ……」


「チーズが食べたいなー、そういうのありますか?」


美紅は女王様キャラ?……


私は下僕?




 それから食事を済ませた後、合鍵を作り、戻ろうとする美紅ちゃんを何とか説得し、駅で別れた。


疲れた。この出来事を誰かに聞いてほしい。きぬー!


(つづく)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る