第2話 再会

 新卒採用で今の会社に勤めだしてから四年目。私は一人暮らしをしている。実家は郊外にあるが今の部屋は比較的都心に近く、職場には三十分程度で着く。


 一人暮らしを始めたのは社会人二年目になってから。その後には彼氏も出来た。

念願の初彼氏だったが、そういう関係になってから、普段の関係がおかしくなり、この間のクリスマスを迎える前に別れた。

そして年末、帰省した時に実家の猫を一匹連れて帰ってきた。




「ただいまー、きぬ」


 いつも帰宅を察知して玄関前でお迎えをしてくれる。


着ているものを着替え、コンタクトレンズを外すと、もふもふのきぬを抱っこして、ソファーへ座る。

そして、今日一日の出来事をきぬに聞いてもらうのだ。


そんなきぬを連れて出てから数日後、母から連絡が入った。


『小林美紅ちゃんがきぬに会いたがっています。連絡してあげてください』


 母によると美紅ちゃんは最近でも月に一度程度、きぬに会いに来ていて、会いたがっているんだそうだ。


美紅ちゃんかぁ


地元で一緒だったのは中学までで、高校からはたまに会う程度だった。


今は大学四年生かな。


夜まで待って母から聞いた連絡先に電話してみた。


「はい、もしもし」

「小林美紅さんですか」

「そうですけど」

「美紅ちゃん、嶋田愛衣だよ。わかる?」


そして待ち合わせをして、きぬに会いにくることになった。


 きぬはあの時、美紅ちゃんが拾った白猫だ。結局、飼い主は見つからなかったので必要な措置をして、家の飼い猫になった。

名前の由来は絹ごし豆腐のように真っ白だから、きぬ(絹)と名付けた。




駅の改札から出てきた美紅ちゃんはすごく美人になっていた。


「急にお邪魔してすみません」


「ぜんぜん大丈夫だよ」


「今年、四年生だよね?、就活終わったの?」

「はい、内定をもらってます」


「今忙しい時期でしょ?」

「はい、でも息抜きですから」


 部屋について扉を開けると、きぬがいつもどおり待っていた。

そして美紅ちゃんを見ると喜んで飛びついた。


「そんなになついていたんだ」


「ソファーへどうぞ」


美紅ちゃん達を座らせると紅茶を淹れた。


それにしても美紅ちゃんは姿勢も良くて表情も柔らかくて、いい大人になったな。


「勤め先は東京?」

「はい、その予定です」


「ここ、便利ですよね」

「えっ」


「交通の便がいいですよね。きぬが居るからまた来てもいいですか?」

「いいわよ」


「終電逃した時もいいですか?」

「えっ」

「でも彼氏がいるか」

「えっ、いないけど」


「そうなんですか!?」


「愛衣さん可愛くて綺麗なのに」


「別れたばっかりだよ……」


「そうなんだ、それできぬを連れ出したんですね」

「そう。ごめんね」


「いいですよ、愛衣さんちのほうが通い易いですから」


「月イチでしょ?」

「いいえ。ここなら週イチです♪」


「来ても何もかまわないよ」

「はい♪どうぞお構いなく」


きぬには思わぬファンが居たようだ。分かっていれば他の子を連れてきたのに。


「愛衣さん嫌ですか?」

「そっ、そんなことないよ」


「よかったー。出来れば自分で飼いたいんですけど、家は無理で……」

「そうだよね。就職しても自宅から通うの?」


「まだ未定です」

「そっか」


「そんな事より愛衣さん、彼氏が出来そうになったら、きぬは実家へ返してくださいね」

「あなたが週末に入り浸っていたら、彼氏どころじゃないと思うんだけど」


「大丈夫です。鍵だけ置いて出掛けて構いません」

「そっ、そっかー」


 そういう事じゃなくて、部屋でイチャイチャ出来ないでしょって事なんだけどね。




「今日、夕飯ご一緒しませんか?」

「えっ、いいけど」

「何か食べるものありますか?」

「うーん、チャーハンぐらいかな」

「いいですよ、それで」


 それからしばらくすると美紅ちゃんは、きぬを抱えたままソファーで寝てしまった。


きぬも静かに目を閉じていて、二人ともいい寝顔をしてる。思わずスマホで撮りたくなったが我慢した。


しばらくスマホをいじっていたが、日が陰って来たので、洗濯物を取り込んだ。

外の冷たい空気が入り込み、きぬが顔を上げたが美紅ちゃんは起きなかった。


取り込んだ洗濯物をたたみチェストとクローゼットにしまう。これで一段落と思ったら私も眠くなってしまった。

ソファーはふさがっているのでラグを敷いた床に横になる。


ちょっと寒いなぁ


「きぬっ」


小声で呼んでみたが、耳がピクッと動いただけでこっちへくる気配はない。


ちょっと悔しかったが仕方がない。掛け布団を取り出すとそれをかぶって眠りについた。




 それからかなりの時間を寝ただろうか。


布団の中が暑くなり目が覚めた。

スマホを見ると時刻は六時過ぎた。

ご飯の支度をしようと思い、起き上がろうとしたら腰が固定されたように動かなかった。


えっ、なんでと思い、もう一度動こうとしたら「うーん」という声と共に腰が動くようになった。


 振り返ってみると美紅ちゃんが抱きついて寝ていたようだ。どうりで暑くなった訳だ。

ため息をつきながら布団から抜け出るととりあえずご飯を炊いた。


再度部屋に戻ると美紅ちゃんはまだ寝ていて、布団からきぬが顔を出していた。

そうだと思い、きぬのご飯を用意し始めた。




「愛衣さん、きぬのご飯ください」


「あっ、起きたの」

「はい、そしたらきぬがご飯食べたいって」


「はい、じゃあこれお願い」


「きぬー、お待たせー、ご飯だよー」

「にゃー」

「ゆっくり食べるんだよー」


 何だかきぬの世話で美味しいところを持っていかれたようで、また少し悔しかった。


きぬ、君のトイレのお掃除とか私がやっているんだからね。


気を取り直して野菜でスープを作り、炊けたご飯でチャーハンを作った。


「いただきまーす」


二人でチャーハンを食べた。


「愛衣さん、美味しい♪」


「そう♪ありがと」


「朝食ってなんですか?」

「いつもパンだよ」


「いいですよ、パンで」

「美紅ちゃん、泊まっていくの?」


「はい」

「急に外泊して大丈夫なの?」


「愛衣さんの家だから大丈夫です」

「そんなもん?」


「はい、安心してください♪」

「穿いてるから?」

「そうです♪」


駄目だ、この娘には今は敵わない。


「じゃあ、早くお家に連絡してね」

「はーい♪」


(つづく♪)

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