きぬと私たち

tk(たけ)

第1話 飼い主を探して

 ある日の学校帰り、道端で段ボール箱を抱えて立っている女の子を見た。

特に気になることもなかったのでそのまま通り過ぎた。


その後、塾へ行こうと駅に向かっていたら、さっきの子がまだそこに立っていた。

まだいるとは思ったが塾に急いでいたので、今度もそのまま通り過ぎた。


 塾の授業が終わり家へと帰る途中、まだあの子はそこにいた。もう箱を抱えて立ってはいなかったけれど、箱を前に置いてしゃがんでいた。


最初に見たのが四時頃、そして今が七時過ぎ。ちょっと気になり、余計なこととは思いつつも、声をかけてみた。


「さっきからずっといるけど、どうかしたの?」


彼女は顔をあげると、「猫が捨てられないの」と小さな声で言った。


私が段ボール箱のフタを開けてみると白い仔猫が一匹入っていた。


「学校のそばの駐車場で見つけたの。手を出したら指を舐めてきて、しばらく一緒にいたけど誰も来なくて、抱っこしたらおとなしくて、お家に連れて帰ったら、元の場所に放してきなさいって」


「元の場所には行ったの?」

「行った。でも誰もいなかった。あそこに飼い主なんていないよ」


「どうしてここにいるの?」

「誰か飼い主を探そうと思って」


「誰か声をかけてくれた?」

「お姉さんが初めて」


そうだろうなと思った。


「ねぇ、今日はお姉さんが預かるから、もうお家へ帰ろう」

「いいの?」

「いいよ」


少女から段ボール箱を預かると名前を聞いた。


「小林美紅(みく)」

「何年生?」

「四年生」

「そっか、じゃあ、お家まで一緒に帰ろう」


私は美紅ちゃんを促すと家まで送り届けた。


「お姉ちゃん、ありがとう。またね」

「うん、またね」


美紅ちゃんと別れると自分の家を目指して歩いた。美紅ちゃんの家とは歩いて五分ほどの距離だった。




「ただいまー」

「おかえりなさい」


「お母さん、仔猫を一匹拾った」

「あらっ、どうしたの?

「捨てられずに困ってた娘から預かった」


「わかったわ、箱は玄関に置いて着替えてらっしゃい」


 私は手を洗い、二階に上がると制服から部屋着に着替えてダイニングに下りた。


母はすでにケージを用意していて、白猫を段ボール箱から移し替え、水とご飯を置いていた。


「さぁ、私達もご飯をいただくわよ」


「いただきまーす」


今日はお肉料理だった。


「お父さんは?」

「残業で遅くなるって」

「そっか」


「あの猫はどうして捨てようとしてたの?」


私は美紅ちゃんから聞いた話を説明した。


「うーん、じゃあ、どこかの飼い猫かもしれないってことね……週末にその辺りに行ってみましょうか」

「うん……」


「ほんとの飼い主さんがいるならそれが一番いいことなのよ」

「そうだよね……」


 母は専業主婦で、保護猫の飼育ボランティアをしている。

家にはすでに三匹の成猫がいるので、同時にたくさんの猫を預かることは少ないが、一時預かりには慣れている。

今度の猫も野良猫であれば譲渡会に出せるようにするのだろう。




 次の日、塾へ行く途中に美紅ちゃんの家に寄ってみた。


ピンポーン♪


「はい、どちらさまでしょうか?」


「美紅ちゃんの友達の嶋田といいます、美紅ちゃんいますか?」


少し待つと玄関の扉が開いてお母さんと美紅ちゃんが顔を出した。


「あっ!、昨日のお姉さん!」


怪訝そうな顔から笑顔になった美紅ちゃんが門扉を開けに来てくれた。


「ねぇ、猫は元気?」

「うん、元気だったよ」


「それでね、今度、本当の飼い主さんがいないかどうか、見つけた駐車場へ行ってみたいんだけどどうかな?」


「本当の飼い主?」


「うん、痩せこけていないし、毛ツヤもいいから飼い猫かもしれないよ」


「そうなんだ……」


「今度の日曜日の午後はどう?」


美紅ちゃんはお母さんを振り返った。


「何も予定はないわよ。行ってきたら?」


「じゃあ、二時ごろに迎えに来ます」


「いい?」

「うん」


「じゃあ、またね」

「バイバイ」


私はそのまま塾に向かい、授業を受けた。




 嶋田愛衣(あい)、中学ニ年生。これが私の名前だ。今は地元の公立中学に通っている。


私と美紅との付き合いはこうして始まった。




「お母さん、美紅ちゃん呼んでくるね」

「お願いね」

「はーい、行ってきまーす」


 私は美紅を呼ぶと家に戻った。

白猫にはすでにリードが付いてキャリーバッグに入っていた。


そして三人で小学校そばの駐車場へ行った。

私と美紅はその場で白猫を抱っこすると誰か話しかけて来ないかと待った。

お母さんは自転車でその周辺の電柱やお店に迷い猫を探すポスターが貼っていないかと見て回った。


「特にポスターは無かったわね。あなた達は?」

「何人も通ったけど誰にも声はかけられなかったよ」


「そう、じゃあ、預かり猫のポスターを何枚か貼ってくるわ」


結局、二時間ほど居たが、飼い猫であるような情報は得られずに家へ戻った。




「美紅ちゃん、ケーキを食べていって」


美紅ちゃんは喜んで上がった。


すると我が家の猫達が恐る恐る寄ってきた。


「わあ!、三匹もいるんだ」


猫達は大きな声に一瞬怯んだが、また探るようにじりじりと近づいていった。


「触ってもいい?」

「ケーキを食べ終わったらね」


 美紅ちゃんは急いで口に全部入れると、足に体を擦り付けているキジトラの背中を撫でた。


ほかの二匹はソファーへ飛び乗ると美紅ちゃんの顔を眺めたり、頭を腕に擦り付けたりした。


「美紅ちゃん、家族に猫アレルギーの人とかいるの?」

「お母さんが動物は苦手なの」


「そっか……そろそろ暗くなるから帰ろっか」

「うん……」


「毛を取るからコロコロするよ」

「うん」


「ねぇ、白猫はどうなるの?」


するとお母さんが答えてくれた。


「今日、ポスター貼ったでしょ。二週間ぐらい様子を見て、連絡が無かったら、新しい飼い主を探すつもりよ」


「そうなんだ……お姉さんちじゃ飼えないの?」

「うーん……」


 飼って飼えないことは無いだろうけど、どんどん増えるのはお父さんが喜ばないだろうな。


再びお母さんが話した。


「家で飼えれば美紅ちゃんもすぐに会いに来れて嬉しいんだろうけど、すぐにいいよとは言えないな」


「そうなんですね……」


「でもまだいるから遊びに来てね」

「はい」


それから私は美紅ちゃんを送り届けると家に戻った。




あれから十ニ年、美紅と私はまだ会える距離にいた。

私は二十六歳、美紅は二十二歳。


(つづく)

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