第54話 提督のカレー ☆☆

「カレーです」

「なんじゃ、カレーがどうしたのけ?」

「はい。大昔、インドの文化に憧れた人たちがいて、その人たちがこの地に移り住んで来たって聞いたんで、ここならカレーを作るのに必要なスパイスが手に入るんじゃないかと思って」

「インドかあ。そりゃあ、間違いなくワシらの一方の祖先だべ」

「でも、ここには、それらしい人は全然いませんよね。いかにも海賊さんらしい人たちばっかり」

「そりゃあ、今日は海戦があった、言ってみれば海賊の日だからだべ。ガネーシャの旗を見たろうもん」

「はい。片牙の象顔の神様ですね」

「あれがインドに憧れとった者たちの旗でよぅ……」


 ルイジ提督が言うには、やっぱり、魔導大戦以前に当時の文明を嫌って、大陸の北からこの土地へ移り住んで来た人たちがいたそうだ。

 機械や魔導の不自然さを唾棄だきするそれらの人々は、元々ここに住んでいた民族と共生を始めたという。

 それが確かに自分たちの一方の祖先だと。

 でも、そうすると現在の海賊とか戦闘民族っていうのはどうしてだ?


「その人たちは、昔はラブ・アンド・ピースとか」

「大昔はそうじゃったばい。穏やかに暮らしておった。しっかしよぉ、それも一時いっときの事だあね」

「と言うと」

「穏やかに暮らせば、そのうちに現地の民との融和・混血が進むろう。すると、その二世や三世には、遠い昔のマヤやアステカの血が蘇ったか、極めて剽悍な、好戦的な者たちが現れたっちゃ」


 ふーん、サ〇ヤ人と地球人の間に生まれた子供は、純粋なサ〇ヤ人よりも戦闘力が大幅に増すっている、あれか?


(違う!)


「そこに大戦だあ。ならば自分達の身は自分達で守るしかあるみゃーよ。幸いここは僻地へきちやすけ、大規模な破壊に巻き込まれることはないで済んだがのう、それでも小さな戦いは幾つもあった。ワシらの祖は勇敢に戦っただあよ。そして街や村を守ったさあ」


 おお、かっくいーぞ。


「そこにまた、別の民がやって来る。運良く大戦の犠牲になるのを逃れて、荒廃を免れた新しい住処すみかを探してのし。それらは遥か西から大洋を渡ってやって来た『二ホン』の民だったり、東の海からやって来た『バッカニアの子孫』だったりしたずら」


 ここで提督閣下はまたグラスを「ぐい」と空ける。

 もう何杯目だろう。でも少しも乱れない。

 この見事な酒豪ぶりには驚きだ。さすが戦闘民族。


(酒量と「戦闘」云々は関係ないのではないか?)


「二ホンの民は、『ヒミコ』という女王が死んで化身したという『アマテラス』という太陽の女神を奉じる民だったべ。同じ太陽神でもマヤやアステカの太陽神とは違うすけ、それなりに軋轢あつれきもあっただが、一方でインド由来の仏教やキリスト教も信じるだったからさあ、それが幸いして、父祖の魂が帰って来る『死者の日』を一緒に歌やで楽しんだり、クリスマスを祝ったりして、まあ、それなりに融和は進んだずら」


「ということは、バッカニアの子孫さんたちは……」


「そうさあ、そっちの方は大変だったらしいろう。なんせぇ、あちこちの海を略奪して回った海賊の子孫だすけ、気の荒いこと荒いこと。今日のワシたちの戦い振りを見れば分るっぺ」


「それでまた大乱状態に、ですか?」

「んだぁ」

「でも、今の街の皆さんは海賊…… ということは、バッカニアの子孫が住民を滅ぼして?」

「じゃねーだよ。言ったろうがい。剽悍な、好戦的な民族じゃ。こっちも負けちゃーおらん。二ホンからやって来た者たちも、普段は温和そうに見えて、集団戦になると、これがもう途轍もなく勇敢で……」


 そして彼らは長らく戦い、講和し、また戦い、講和し、いつしか混血が進んだ。

 でも、それで恒久の平和が訪れた訳じゃない。

 戦闘を好む血に突き動かされて、また思い思いに徒党を組んで戦ったのだ。

 それがなんと2000年以上!


「そこに、ある時シッダ様がいらっしゃって、という訳じゃ」


 おお、例のディ〇・ブラ〇ドーだね。

 そしてみんなを等しく吸〇鬼にして、永遠の平和を、ということか。


(それも違うぞ!)


「身内での争いの無益さを説かれてのう。言われてみればワシらの祖は皆、魔導を嫌って、それで幸いにも魔導大戦を生き延びたんじゃけ。それに、もうその頃は混血が進んじょって、民族や宗教の違いなんぞ有りゃーせんかった。みーんな、何となく血が騒いで戦っちょっただけじゃあ。そうと気づけば戦いを止めるのも早かった。それ以来の年に1度のケンカ祭りさあ。

 しっかし、だから同じ旧人類の血を引く仲間とはいっても、魔族とは相容れんなあ…… お、おっと、今のは別にお嬢ちゃんを責めたんじゃないくさ。げ、現に今日の戦いも、お嬢ちゃんや、あの子達の魔法の力がなかったら、どうなったことか分からんちゃっちゃちゃ」


 慌てなくても別にいいのに。気にしてないから。


「ばってん、お嬢ちゃんは見たところヒト族じゃないのけ? 勇者ちゅーのはいいとして、どげんして魔王なんぞになっちゃっちゃ」


 私は、簡単にこれまでの経緯を話しちゃっちゃっちゃ。


ほーけやっと話が戻った。それでカレーのスパイスを探しに遥々ここへのうお年寄り相手の話って、こういう遠回りあるよね~

「そうなんですけど、でも、今日の料理にもカレーはないし、皆さんの中にも別にインド風の格好をした人はいないし」

「カレーはシメじゃけ。もうじき出てくるろう。それに、言ったじゃろう。今日は海戦があったすけ、みーんなそれっぽい海賊姿で気分を盛り上げとるだけぜよ。日頃は畑仕事や漁や商売、鍛冶や機織りの仕事じゃけ、普通の恰好じゃあ。気分の乗った時にはサリーを着たり、大昔の『ひっぴいヒッピーのことらしい』の真似をしてビーズや何やらのアクセサリーをじゃらじゃら下げたり、そうじゃ、夏には今でも『ユカタ(浴衣)』を着てみんなで輪になって盆踊りをするぞい。今年もやったにゃあ。ありゃー楽しいずらぁ!」


 今日の海賊さんが、夏には浴衣を着て盆踊り。

 うーん、シュール。

 さて、ここでクイズです。シュールというのは……


(それはもう良い!)


「ワシの若い頃は白いクルタインドの男性服ですねや浴衣が良く似合ってのう、何しろ清潔感ばっちりのええ男だったすけ、娘っ子はみーんなキャーキャー言ったもんじゃもんじゃ。それに嫁さんがエライな妬いてくさ、いやー、わっはっは」


 もんじゃもんじゃ強調法?! あーあ、これは、ひとしきり提督の自慢話が続きそう、なんて、ちょっとウンザリしかけてた……


 そこに、甘さ、辛さ、酸っぱさ、苦さ、爽やかさ、全てが混ざったような強い香りが漂って、


 これがざっと10種類以上!

 鮮やかな黄色だったり、赤味がかってたり黒っぽかったり緑色だったり。

 ふつう「カレー」と聞いたら連想する茶色のものには何か白い「ぽろぽろ」が乗ってたりする。あれはカッテージ・チーズか?

 スパイスの調合だけではなく、ビーフやポークだとか、鳥や魚やエビや野菜だとか、それぞれ具材も違うカレー料理だ。

 やっぱり、カレー粉なんていう便利なものはないみたい。

 おまけに、陶器だったり、木製だったり、古代のおとぎ話にある金属の魔法のランプみたいな船型の容器グレイビー・ボートと呼ぶらしいです・筆者談だったり、器までもが全部別々だ。


「カレーは各人の好みや体調、天気に合わせてスパイスをって混ぜ合わせて調合するべぇ。だから、『オラ』のカレーがあったり、『あたい』のカレーがあったり、そこが面白いところだにゃーも」


 とすると、器も自分で作ったり、特注したりするのか?

 凝ってるなあ。


「もちろん『ルイジのカレー』もあるずらぁ。ほれ、そこのポークカレーがそうばい。ワシが自分で作ったさあ。ほらほら、食べてみなっせ」


 おお、提督が自ら調理したカレー横須賀海軍カレーも有名ですよね・筆者談

 それはぜひ、真っ先に食べてみなければ!


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