第53話 海賊の饗宴(ウミガメのシチューの旨味と、「ワ・サ・ビ」の爽やかさ)☆☆

 深めの大皿に入った真っ赤なシチュー。いかにも辛そう。

 煮こぼした野菜と一緒に中に入っているこの肉は?


「ウミガメさあ」


 なんと、爬虫類ですか!


(何を驚いておる。話したではないか。我も以前の転生でウミガメだった時に人間に捕らえられて料理されたと)


 あ、そうだったね。

 でも、ウミガメって美味しいの?


(洋の東西を問わず贅沢な御馳走だぞ)


 提督はそれをスプーンで掬って食べながら、さも嬉しそうに


「ウミガメは昔から海賊の大好物さあ。生でも、焼いても、揚げてもイケる。ばってん、ワシは煮込み料理、中でもこの辛みの効いたシチューが一番好きじゃけんどのう」


 と、私にも食べてみるように勧める。

 おそるおそる口にしてみると、これは!


 辛い! でも、じっくりと味わうと滋味が身体に染み渡るようなスープ。

 

 多少の癖はあるけれど、トウガラシの辛みと微かなトマトの酸味、香草の爽やかさと白ワインの風味がそれを上手く洗練させて、そこに野菜の甘味も加わり混然となって豊潤さの極み。

 今まで食べたシチューの中でも特筆すべき味わいだ。

 思わず二度も三度もスプーンが進む。


 そして肉だが、これがまた驚くべき味と食感。

 これだけのスープが取れるんだから、肉の味が悪い筈はない。

 噛みしめるとまろやかな肉汁があふれ出て、口中に広がる。

 それでいて肉汁が出た後も肉の旨味がしっかりと残っている。

 魚の味でなく獣肉の味でなく、独特の妙味だ。

 おまけに

 たぶん部位が違うのだろう。小さめのぶつ切りに切った一片ごとが、これはコリコリ、あれはシコシコ、と思うと「むっちり」した部分があったり、ほど良い噛み応えの後は口の中でほぐれるような部位があったり、ひと口ひと口が驚きで、飽きることがない。

 こ、これは魔味だな。

 ウミガメがこれ程のものとは、驚嘆する他はない。


(どうだ。旨いだろう。だからこそ我も食材にされ……)


 あ、食事中にその話はもういいです。


 見ると、外で待っていた筈のフェンリルのオスカル君も招き入れられて、皿に注がれたラム酒を美味しそうに舐めていたりする。

 祝宴はいよいよ盛り上がり、大振りの魚のフライ、丸ごとチキンのローストげ・げ・げ!骨付きの肉出た!など、次々と料理が運ばれてくる。

 鮮魚のマリネと思ったら、横には「ショーユ」の皿。なんとこれは白身魚の「サ・シ・ミ」ではないですか。

 でも、南国風に周りにトマトやセロリなどの野菜を付け合わせたり、上にナッツや香草を散らしてあるのは御愛嬌だね。


 緑色の、ラディッシュを細かくおろしたようなものが添えてあって、試しにフォークの先につけて少し舐めてみると、キーンと脳天に突き抜けるような一刹那の清冽な刺激!

 も、もしかして、これが話に聞く「ワサビ」か!?


「はっはっは、辛かったかい。ワサビはのう、サメ皮のおろし器で丁寧におろしちゃらにゃーいかん。そうすると、こういう風に香りも高く、しっかり辛みの利いたものになるんじゃ。ワショク和食のことらしいにはやっぱりコレがないとのう」


 そうか、「二ホン」からやって来た人たちが伝えた食材なんだ。

 それにしても、「ショーユ」の醸造だけでなく、「ワサビ」の栽培までしてるとは、海賊衆、美食家だなあ。

 魚はこれはスズキかな。その上品な旨味とさっぱりとした脂をコクのあるショーユが何倍にも膨らませ、そしてそこに新鮮なワサビの爽やかな揮発性の辛みが加わると、全ての味が瞬時に爆発的に高まって、そして蒸発すように潔く消えていく。

 ワサビとは、なんという調味料だろう!

 これは、一度この刺激に慣れてしまうと、生の魚や肉の料理には欠かせないな。



 お酒が回って更に陽気になった人たちが大勢で歌ったり踊ったり。

 その輪の中心には、いつの間にかイシュタルが。

 なんだか腰を色っぽく捻る異国風のダンスを踊っては拍手喝采だ。

 ベリアル君はギターで伴奏をかなでながら、ラム酒だろうかワインだろうか、かたわらに置いた陶器の酒瓶から、何度も何度も水を飲むようにぐいぐいと……

 ああ、子供がまたお酒なんか。しかもあんなに大量に。


(だから言ったであろう。あ奴らは見た目は子供でも、実はそうではないのだ。放っておけば良い)


 空いた席を見つけて、二人で肩を組んだ逞しい海賊さんたちがやって来た。

 もうすっかりの赤ら顔で、大声で話しかけてくる。


「お、お嬢さん。隣に座ってええですか!」(海賊A・談)

「オ、オレもここに!」(海賊B・談)

はあ……私、マッチョ系は苦手だったりする


 ルイジ提督はニコニコ笑っているばかりだ。


「お、驚きましたずら。まっこと見事な戦いだったですらぁ」

「そうやそうや。あの化物を一撃で葬るとか、たまるかあ!」

「あ、いや、海賊さんたちの戦い振りも……」


 するとこれを見つけた他の海賊さんたちも


「あっ、おみゃーらだけ、何をやっとるだあ!」

「抜け駆けとか、ずっこいべぇ!」

「そやさあ。オラたちも混ぜろってぇ! ほらほらぁ」


 なんて大勢で寄って来たので、ちょっとした人だかりになってしまった。


「お嬢ちゃんと話してみたかったのは、お前たちだけじゃにゃーけんの」(海賊C)

「わっしゃが最初じゃあ。なんせ今日の一番手柄じゃけん」(海賊D)

「なーに言うとるだぁ。おみゃーなんか、大砲撃っては外してばっかりじゃったろうがね」(海賊E)

「手柄ならオラが一番のっし。見ちゃろうが。さっても勇敢に敵船に乗り込んでは、何人の相手を倒し、海に叩き込んだか」(海賊F)

「馬鹿こくでねぇ。おみゃーなんか、せいぜい2・3人だろうもん。ワシは軽く10人は倒したくさ」(海賊G)

「待て待てぇ。オラさぁの見事な操船術を忘れるな。旗艦やまと號を操って、幾多の敵船を衝角の餌食にしたのは、このオラじゃけえ。なのに、ルイジ船長ばっかが目立ってよぉ。オラたちはその他大勢扱いで、。 寂しゅーてのぉぉ!」(海賊H)

「「「「「「「「ほぉーじゃ、ほぉーじゃ。寂しゅーて!」」」」」」」」


 まあ、喋る喋る。


 そこに女の人たちがやって来た。

 目が怖い。

 途端に海賊さんたちの様子が変わる

 強張こわばった表情で


「あ、いや、これは……」

「オ、オラたちは、このお嬢さんの今日の戦い振りを褒めたたえていただけで……」

「な、何をするだぁ」

「あいたたたぁ。やめろってぇー」

「「「「「「「「おほほ、ごめんあそばせどすえ」」」」」」」」


 みんな、耳を引っ張られて、外に連れて行かれちゃった。

 ルイジ提督が笑って曰く


「みーんな、あいつらの嫁さんさあ。今頃は、せいぜい説教されちょるべな。はっはっは」


 だそうだ。

 さても賑やかに海賊衆の日は暮れていく。


「それで、ルイジお爺さんの家族はどこに?」

「ワシは、一人もんじゃあ」

「え、そうなの? でも、港でお孫さんたちに囲まれて」

「ありゃあ、みんな、街の子供だすけ。しょっちゅう一緒に遊んでやっとるさけ、懐いてくれちょる」

「じゃあ、ずっと独身で?」

「若い頃は結婚しちょったけんどなあ。ええ女じゃったぞい。美人で、少ぉし気が強かったけんど実は優しくて…… ワシはそういう女が好きなんじゃ」


 言い切った。ノロケかよ。

 でも、「若い頃は」って、じゃあ今は離婚してるんじゃ?


「その妻を病気で亡くしてなあ。あんなええ女は他におりゃーせんから、それ以来ずっと独身じゃあ」


 うっ、病気で亡くした奥さんか。

 その奥さんをずっと愛して独身を通してるとか、なんだか本気で格好いい、素敵な話っぽい。


「じゃから、子供も孫もおらん。まあしかし、この街や周辺の村の者たちが、みーんなワシの子供や孫みたいなもんじゃけ…… おやまあ、湿っぽい話になっちまったすけ。そんな自分語りは、さっさと終わりじゃあ。わっはっは!」


(うむ。亡くした最愛の妻の喪に何十年も服し続けるなど、なかなかの爺ではないか。見事なおとこだな)


 ここで提督さんは急に真顔になって


「じゃがのう、お嬢ちゃんのような孫がいてくれれば、ワシもこの街や村も安心なんじゃが。どうけ、いっそこの土地に残って皆を護ってくれるとか。そうすればワシも、いつポックリいっても……」


 なんて、びっくりすることを言ったりする。


「いやいや、ポックリなんて当分いきませんって! それに私、帰らなくちゃいけない所があるから」


 すると、帽子を脱ぎ今までずっと被ってました!頭を掻きながら


「やっぱそうけ。仕方がないかにゃー。なんせ勇者で、そんでもって、なんと魔王じゃからのう……」


 まっこと残念そうだのっし。

 それはねえ、ごめんなさい。

 ただでさえ私、「勇者」とか「魔王」とか、面倒くさい荷物を背負っちゃってるから、これ以上はねえ。


 そして、提督は一呼吸の間を置いて


「それで、その勇者で魔王さぁが、何事でこの土地に?」


 あ、そうそう。

 




・・・・・・・・・☆☆☆・・・・・・・・・




 「あんな可愛いウミガメを食べるなんて! しかも絶滅が心配されてるのに」と動物愛護・環境保護の視点から誤解される方があるといけないので、後日の付記。


 ウミガメ料理は、フランス料理で豪華な宴会にウミガメのコンソメを出すなど、実際に世界中に例がありますよね。

 わが国でも、小笠原や八丈島などではウミガメの煮込み、刺身などが名物料理のようです。

 また、現実の海賊たちにとってウミガメは、その肉も卵も貴重な御馳走で、浜でウミガメを見つけると、すぐに捕獲して食べるか、引っくり返して逃げられないようにして、とりあえず保存食(!)にしていたそうです。


 ただ、現在では絶滅の危惧から捕獲が制限されており、ウミガメ料理に接する機会は極端に減ってしまっている状況です(筆者が WEB 上で調べたところでは、東京都内にウミガメ料理を提供するフランス料理店で見つかったのは2軒だけ。もちろん前もっての予約制だったり、期間限定だったりします)

 ウミガメではなく、スッポンで代用することも多いとか。

 スッポン料理は日本人の大好物ですよね。これは本作品の今後に登場することがあるかも。


 この作品の舞台は文明が崩壊した後の遥かな未来なので、海の環境も大きく改善され、ウミガメの数も現在より大幅に増えているということで、御容赦下さい。

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