第8話 ファフニールの弟子入り志願 ☆

 私、三日間も寝てたんで、耳がおかしくなったかな?


「えーと、きっと私の聞き間違いだと思うけど、今まさか、『弟子』とか言わなかったよねえ」

「言いました。師匠と呼ばせてください!」


 と、竜人さんは深々と頭を下げた。

 何ですとおー! ありえねー。


(おお、久々の「ありえねー」ではないか?)


「いやいや、私、『師匠』とか『弟子』とか全然、ぜーんぜん聞こえてないし。これはきっと何かの間違いでしょ。じゃあ、そういうことで、この話はこれで終了、しゅうりょーっ。ああ、とにかくお腹一杯。御馳走様でした……」


「待て待て、妾にはしっかり聞こえたぞ!」

「わたくしも確かに聞きました」

「アスラ様、現実逃避はやめるのである。吾輩もしっかり聞いたのである」


(我も聞いたぞ。なぜそのように嫌がるのだ)


 だって、魔王とかにされたばっかりで、そのうえ弟子だとか、そんな責任負えませんって。それに


「私、まだ弟子とか取るような歳じゃないし。そ、それにほら、美少女が『師匠』とか、どう考えてもオカシイでしょ」

「年齢なんか関係ありません。自分、アスラ様の料理の腕前に憧れてしまったんで、『師匠』と呼ぶのが駄目なら、『先生』でも『マスター』でも、とにかく弟子にしてください!」


 「美少女」はスルーかよ。


「誰かに何かを教えた経験もないし、そもそも『教える』なんてガラでもないし」


(それは言えるな)


「それに、あなたはもう結構な腕前じゃん。習おうと思うなら、ティアお婆さんの所にも立派な料理人さんが何人もいるでしょ」

「自分の腕前なんて、出来るのはせいぜい定番の料理ばかりで、まだまだっす。それに確かにティアマト様の所である程度は学びましたけど、それで却っていい気になってる時にアスラ様にガツンとやられて」

「『ガツン』って、やっぱりあの件に恨み持ってるんだ……」

「あ、いや、そういう意味じゃなくて」


「ん? 妾は知らぬぞ。アスラが何かやったのか?」

「『ガツン』とは何なのであるか。吾輩も知りたいのである」


 あれ、私、自分で余計なこと言った?

 これって、いわゆる自爆ってやつ?


「いえ、そっちではなくて、料理の事っす」

「だからその『そっち』とはどっちじゃ?」

「吾輩、段々と分かってきたのである。きっと、『いい気になってる時』に『ガツン』と、『雨降って地固まる』の術をやられたのであるな」


 あちゃー。バレたか。


(ほーらみろ。キッチン・バイオレンスなどやらかすから、このように後でたたる羽目になるのだ)


 えーっ、でもあの時は最初に心の声さんが「ガツンとやれ」って言ったから。


(意味が違う。それをお前が勝手に取り違えたのだ)


 じゃあ、何でそんな紛らわしい言い方すんのよぉー。


「ぴー、ぴ―っ!」(意味不明。とにかく会話に参加したかったらしい)


 うーん、どうしよう。

 いや、待てよ。これはむしろチャーンス。

 この際、「ガツン」の件は、潔く認めよう。

 だって、事実だもの。

 さて、ここでクイズです。

 チャンスタイムですから、正解の方は得点が倍になります。


 問題は


 Q: 認めてどうするでしょう


 おお、なかなかの難問ですね。

 選択肢は


 ① お返しに一発殴られて、この件は終わりにしてしまおう。

 ② 殴ったお詫びに、希望通り弟子にしよう。

 ③ 内心では認めるけど、表向きは忘れたふりして、あれもこれも一切合切とぼけ通し、なかったことにしよう。


 さあ、正解は?


(お前の事だから、③ 番か?)


 ぶーっ! 失礼な。いくら何でも、そんな非人道的なことはしません。


(では ② だな)


 これも、ぶーっ! この若い身空で、弟子なんてとんでもない。

 そうです。正解は ① です。

 大袈裟に痛がる振りをして、いざとなったら泣きまくって、それで話をすり替えて、弟子の件はうやむやにしてしまおう。

 だって、ガイアさんだって号泣して、いつの間にか私が新しい魔王にってなっちゃったじゃない。

 私がその手を使っても、決して決して世間に非難されるようなことでは……


 とか思ってた時代が私にもありました。

 ところが


「オホン! わたくしが思うに、皆さん、ここはファフニールさんの話を最後まで聞くべきではないですか?」


 ありゃりゃ、さすがゼブルさん、うまく場をまとめるなあ。

 いや、ここで話をまとめられると、私、困るんですけど。


 もちろん竜人さんは嬉しそうに


「あ、ありがとうございます! とにかく、自分、アスラ様の料理の知識と腕前、それに何といっても発想に憧れたっす。自分なんかには思いもつかないあのメニューは感激でした」


 なんて言う。

 あーあ、眼がキラキラしてますよ。

 メニューを褒めてくれるのは嬉しいけど、正直、あちゃー! なんですけど。


「それで、アスラ様の下で当分のあいだ修行させてもらおうと考えて、ティアマト様の承諾も頂いて、やって来た次第っす。御願いします! 教えるのが大変なら、料理を手伝わせてもらって、傍で見て勝手に学びます。決して邪魔はしませんから、使ってやって下さい!」


 と、また深々と頭を下げる。

 さあどうしよう。どうやって断ろう。

 「ごめんなさい」なんかじゃ、とても片付かない雰囲気だ。


(ここまで言うなら、頼みを聞いてやれば良いではないか)


 えーっ、他人事だと思って、無責任なぁ!


(他人事ではないぞ。お前と我とは二心同体、いや、そんな言葉はないか。とにかく、そんな風な関係だ)


 だったら、そんなに軽―く言わないでよぉ。


(だから「弟子」などではなく、「助手」と考えれば良いのだ。魔王なぞになったのだし、これから大人数相手に料理をする機会も増えるだろう。それを、この城の料理人だけでやっていけるのか? 大事な仕事を任せられる、腕の良い助手が要るだろう)


 うん、まあ、それはそうかな。そう言えば、思い出したくもないけど、魔王就任の祝宴とかいうものもあったっけ。


(それにだ、


 あ、それはとてもとても魅力的な、悪魔の誘惑のような囁き!

 う―――ん……


 私は少し黙って考えて、そしてとうとう言ってしまった。


「わかりました。『弟子』なんてものじゃなくて、料理を手伝ってくれる仲間ってことなら承諾します」

「ありがとうございます!!」

「ただし、絶対に『師匠』とか呼ばないこと。もちろん『先生』も『マスター』もダメです」

「了解しました!」

「それから、私の専属料理人に任命します。今日から先、私の食べる物はあなたが作ること。その料理を食べたり、一緒に作ったりして、アドバイスできるところはします。教えるなんてできないから、それで良ければ……」

「もちろんそれで結構です。感激っす!」


 てなことで、また仲間が一人増えてしまった。

 ふふふ、君、私の厳しい修行に本当に耐えられるかね…… なんて思う筈がない。

 本当に良かったのか、これで?

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