第9話 冒険を始めた頃は
「では、妾たちはこの位で席を外すとしよう。せめて今日までは、ゆっくりと休むと良い」
「明日からは、また忙しくなりますからな」
「アスラ様、この鳥が悪さをしたら呼ぶのである。吾輩、すぐさま駆け付けるのである」
と言って、二人と一匹は部屋を出て行った。
ドアの所でバベル君がちょっと立ち止まり、ふーちゃんと睨み合っているようだったが、見なかったことにする。
竜人さん、いや、ファフニール君も食器を片付け、カートを押して出て行こうとするので、今しがた昼ご飯を食べ終わったばかりなのに、我ながら少し先走って
「今日の夕食のメニューは何?」
って聞いたら
「それはまだ秘密です」
と返されてしまった。
ん? そのセリフ、どこかで聞いたことがあるような。
続いて、付き添いの看護人さんも、
「では、私も隣の部屋に居りますから、何かあったら声をおかけください」
の言葉を残して、これは壁の中央にある扉から出て行った。きっと控えの部屋に続いているんだろう。
ふーちゃんはしばらくは私のベッドに乗って来たり、絨毯を嘴で突きながらあちこち歩き回ったりしていたが、退屈したのか、私の目が覚めたから安心したのか、キャビネットボードの上に舞い上がり、そこに留まって目を閉じたかと思うと、すぐに眠ってしまった。
こっくりこっくり首を上下させるところなんか、人間の居眠りと一緒だ。
で、私は実質、全く一人になってしまった。
久し振りに、
ヒマなのは嫌いじゃないけど、退屈なのは困る。
え、ヒマだったら退屈なのは当たり前だろうって?
違う違う!
少なくとも私にとって、この二つの状態の間には明確な一線が引かれていて、そこには必ずしも因果関係は存在しないのだ。
つまり、ヒマだからこそ、忙しい時にはできない楽しみが追求できたり、傍目にはゴロゴロしてても、あれこれ考えごとができたりする。でも退屈っていうのは、仮に表面上は忙しそうにしていても、本当にやりたいこと、興味を惹くことが見いだせない状態のことだ。
そもそも私が公爵家を飛び出したのも、一番の理由は退屈だったからだ。
物心ついて以来ずっと屋敷の最上階の一室になかば軟禁されて、食事や入浴や、特別の用事のある時以外は部屋の外に出ることも許されなかったんだから、退屈だったのは当たり前だ。
窓から庭を見ると、公爵の実の息子たちは
その一方で私の部屋には、ひっつめ髪の機嫌の悪そうな顔をしたオバサンの先生が居て、形式張った行儀作法の反復練習や、
赤ら顔の腹の出た司祭が居て、つまらない宗教詩を幾つも、教会史を何十ページも丸暗記させたりする。はあ……
それで少しでも不平を言うと、先生に手持ちの小さな鞭で打たれたり、親に言いつけられて怒鳴られたり食事を抜かれたり。
たまに訳知りの来客に紹介されると、「ああ、このお嬢さんが例の……」なんて顔で見られたり。
えーと、その頃の生活って、他に何かあったっけ、まあいいや、思い出せないぐらいだから、きっとつまんないことなんでしょ、というぐらい退屈で情けなくて不自由なものだった。
連日これだから、いよいよ
ああ、あの時の解放感!!!
ヒト族の街はただ整然としてるだけで、道行く誰もかれも黙りこくって活気がなくて期待外れだったけど、街を一歩出るともう毎日毎日スリルと驚きに満ちてること!
特に最初の頃は経験が(決して「経験値」ではない!)なかったから大変だった。
初めて出会ったのは「ホーン・ラビット」っていう、凶暴そうな顔をして1本角が生えてる、ちょっと大柄なウサギの魔物、まあ要するにザコ。
これがたった一匹なんだけど、予想外に時間がかかったこと!
とりあえず街で買った武器は安物だったし、防具も質が悪かったから、ザコ相手なのにこっちも結構なダメージを受けたりして。
それでも何とかコイツを倒して、さあ次行こうって、意気
(ちょっと待て)
なんて心の声さんに止められた。
つまり、魔物を倒せば当然に、普通は牙や毛皮とか、強力な魔法を使うモンスターの場合は時々魔石が手に入って、これらを町や村で換金して冒険を続ける資金にする。ホーン・ラビットの場合は、角が多少のお金になるのに、それを放っぽって歩き出そうとしたから教えてくれた訳だ。
そんなことも知らないで冒険を始めたんだから、今考えると我ながらびっくり、赤面、お笑いだ。
あ、そうそう。肉もあるけど、魔物は肉食のヤツが多いから、大抵の肉は臭くってダメ。とても食べられたもんじゃない。
ヒト族は味覚は無いけど嗅覚はちゃんとあるから、肉食獣の肉はさすがに嫌われて、食用にはならないんだよ。
魚はタイとか、ヒラメとかマグロとか、肉食のものの方が美味しいのに、陸上の獣類は草食じゃないと不味いとか、不思議だ。
ゴブリンなんかが群れで出て来られると、もう、たったの3・4匹でも片付けるのに大変! だって当時はまだ、初歩の回復と亜空間収納ぐらいしかマトモに使える魔法がなかったから。
で、途中でさすがに面倒くさくなって、初めて火炎魔法を使ってみたら、全く加減ができなくて、あーらら、そこら一面が焼け野原の大惨事。
まあ、攻撃魔法の加減は今でも苦手なんだけどね。極大でも極小でもなくて、中間の微妙なところが一番難しい。
それにしても、ゴブリンってのは、あれは何だろう? 一応人型で、でも可哀そうなぐらい醜くて、凶暴で、人間の女を襲って子供を産ませることができたりして、でも角も牙も換金できるほどの質じゃないから、冒険者としてはオイシクない、できればあんまり出会いたくない魔物だ。
あれはきっと旧人類が亜人を創る過程での、ごく初期の試作品が遺棄されたり逃げ出したりして繁殖したものに違いない。で、その繁殖力が強いから野原にも森にもウジャウジャいるんだよ。
確かサイクロプス・レオパードって言ったかな、大きな一つ目の巨体の豹、というより体格はもう二まわりも大きなライオンみたいなヤツと戦った時は、敏捷だし、力も強かったけど、その目で睨まれて催眠術みたいに眠らされてしまって、いやー、あの時は咄嗟に心の声さんが身体を操って戦ってくれなければ本気でヤバかった。
そんなこんな、いや実際、今思うと、よく死ななかったな~ なんて経験も何度もしたものだ。
それでも次第に腕も上がったし、魔物の部位の換金や、討伐の依頼を成功させたりしてお金も貯まったから装備の質も上がって、戦いも少しずつ楽になった。
特に、創造の魔法が多少上手く使えるようになってからは、防具程度はそれで作れるようになったから便利だった。
ただし武器はダメだ。
エネルギーを物質に変換する訳だから、創造するものの細部までに渡る明確なイメージがなければ、出来上がったものは、形だけは一見それ風でも実際には全く使えなかったりする。
だから構造を知らない複雑な道具や機械なんかは当然に無理。創造の魔法って、そんな万能のものじゃないんだよ。
剣だって、いわゆる名剣や利剣を作るには、材料の選択から始まって刀工さんの大変な工夫があるわけで、それを明確にイメージとかできないもの。それができるなら、なまじ冒険者なんかやるよりも鍛冶屋に転向した方が、よっぽど生産的で世の中のためになるだろう。
だって、冒険者なんて他に何も出来る仕事のないヒマ人がやることだ。
ん、だったら勇者は、魔王はどうなんだ?
なんだか、ややこしい迷路に入り込みそうなんで、強引に思考を引き戻そう。
そうだ! 剣といえば、ジョワユーズはどうなった?
例の武闘派天使サリエルとの戦いでボロボロになったから、あれはもう再生も出来ないだろうなあ。そうすると、何か別の適当な剣が入手できればいいけど、うーん……
あの剣も、その前のバルムンクも、旧文明の遺跡で見つけたんだよね。
冒険を始めて半年以上経って、初めて遺跡に挑戦してみたら、これがまあ、それまでに見たこともない種類の魔物が次から次に出ること出ること。
生体の魔物はもちろんだけど、地上遺跡の最上階や地下遺跡の最下層に近付けば近付くほど機械の身体の魔物が多くなるのには驚き、でも納得だった。
侵入者の排除と施設の補修や維持が目的だな、あれは。だって、何千年も昔の遺跡なのに、内部は塵ひとつなく明るく綺麗に掃除されて、設備も完璧に作動したままだったもの。
で、こいつらが意外と手強くって、前にも後ろにも目があって360度の視界で隙が無かったり、腕は4本も6本もあったりして多重の攻撃を仕掛けてきたり、個体によっては機関砲や熱線を浴びせてきたり。
で、なんとかこいつらも破壊して遺跡の中枢部に辿り着くと、そこは私にとっての宝の山だった。
ていうか、宝物やら武具やらの遺物はそこに行く途上の隠し部屋にある。
最深部にあるのは一番貴重な古代文明・文化の情報だ。
映像や、静止画や、画面上に現れる文字や……
それが古代の自然や歴史、政治の成功や失敗、文化や流行、ゲームやアニメ、いかにも美味しそうな、時には美味しくなさそうな料理のレシピだったりする。
早速レシピを再現して料理を作ってみると、これが期待以上で嬉しさに飛び上がったり、私の好みに合わないのか「ずん……」と落ち込んだり、料理を作る火が設備に燃え移って大爆発を起こしたりとか……
まあつまり、楽しんだ。
ヒト族の盗賊団に狙われて奴隷に売られそうになったり、だから大暴れして、そのついでに、そいつらに捕まってた亜人のお姉さんや子供たちを救けることになったり、たまたま知り合ったルドラ君やソフィアさんと仲間になったり……
(いきなり
はい。その辺は、詳細は後日っていうことで。
それで二人に引っ張られて魔王退治とかで、勇者なのに何やかんやで魔王になっちゃって、教会や天使と戦うことになっちゃって……
あれえ、どうしよう?
退屈しのぎにいろいろ考えてきたけど、この先がなくなっちゃったぞぉ!!!
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