第18話 細胞兵器
それにしても獣王の最後の姿は、カバの
本来の自分の姿が、そんなに嫌だったなのかなあ。
温和にしてれば、それなりに愛嬌があっただろうにさ。
とか
そういえば、さっきの静止した世界も、動きが無くなった以外は普通の世界と全く変わらなかったなあ。映画や「あにめ」でよくあるみたいに、色が白黒になったりはしなかった。
まあ、本当に時間が止まったわけじゃないからね。一応「亜光速」とか言ってみたけど、実は光速には遠いし、光の私に対する相対速度からして見え方が変わらないのは当たり前か。
でも、物の像が見えるのって結局は光の反射だから、もしも本当に時間が止まったり、私の動きが光の速さと同じになったら、光の相対速度はゼロだよねえ。そうすると、周りの景色はどんな風に見えるのかなあ。ひょっとして何も見えなくなるのかなあ。
あれ、そう言えば自分の速度に関係なく、光の速度は一定だっけ? なんで?
とか考えてた。
自分が倒した相手の気持ちを思ったり、物理現象の不思議さを考えたり、我ながら意外と優しくて知的だったりする。
決して美味しいパンケーキのことばかり楽しみで頭が一杯だったわけではない、と、ここは強く言っておきたい。
その時、声がした。
「「「「「ふん、これで終わったつもりか」」」」」
え? 肉片の山が
いやいや、気のせいでしょう。お腹空き過ぎて、いよいよ幻聴かな?
すると、血まみれの肉片が1つ1つ
しかも、それが全部羽を生やしてる。
「「「「「「「「「「「ひゃーっはっはっ!!!」」」」」」」」」」
耳を突く奇声が重なる。1匹1匹が喋ってるのか?
そして案の定、蛇、サソリ、齧歯類の大群は一斉に私に向かって飛び、襲い掛かって来た。私は咄嗟に物理結界を張ったが、そいつらは鋭い歯で結界を喰い破ろうとする。
特にリスもどきの喰い
眼が異様な光り方をして、灰褐色の毛が硬そうで、太い尻尾の毛なんて逆立ってるし。口は恐ろし気に裂けて、こいつに噛まれると即、ペストにでも感染しそう。
多重結界だが、なにしろ敵の数が多いから、すぐに破られそうになる。
そこにまた結界を張るが、こんなんじゃあキリがない。
「「「「「「「「「「ひゃーっはっはっ! 今度こそ、こいつらの餌になれい!」」」」」」」」」」
ん、「こいつら」だと?
ということは、「こいつら」を操ってる本体は別にいるってことか。
だったら、その本体を始末すれば……
そしてついに物理結界の一部が小さく喰い破られた、と思ったら、そこから侵入してきた齧歯類の1匹の体の輪郭が崩れ、全身が急にぼやけ、赤紫色の霧の
えっ、えっ、これは、極小の細胞に分裂したのか!?
しまった!
ほんの一瞬驚いてた隙に、結界のあちこちに穴を開けられて、そこからまた蛇やサソリや齧歯類が入りこんで来て赤紫色の霧に変化した。
そして侵入者の数がどんどん増えて、濃くなった霧が私の身体に
何だこれは!?
全身にまとわりついて、霧みたいなのに
「「「「「「「「「「どうだ! 余の細胞は対象の意識を喰うのだ!」」」」」」」」」」
ああ、そういうことか。
私の意識は今、獣王の細胞に喰われようとしている。
獣王の意識が侵食するように私に入り込んで来るのがわかる。
獣王の両親も、その両親や、ずっと昔の先祖の獣人の意識も。
無理やりに兵士にされて、前線に送られて、兄弟や友達も死んでいって。
そうか、だから、あんなにも魔族が憎かったんだ。それで、教会に魂を売ってまでも、こんな姿になってさえも魔族を倒そうとしたのかあ。
魔族と獣人の間の闇は深いなあ。
転移で逃れようにも、もう遅いんだろうなあ。肺にも、食道や胃にも細胞が入り込んじゃってるもんなあ。
すぐに私の細胞全部も獣王の意識に侵されて、楽になって……
って、そんなことさせるか!!!
もう、知らん!!!!!
(良いのか?)
私は咄嗟に剣と
一気に地上およそ300フィートに達した。
この距離なら、あの手が使える。
もちろん赤紫色の霧も私を追って、急速に上昇してくる。
そうだ、ついて来い!
そして霧がまた私を包んだ時、私は全身を発光、発熱させた……
瞬時に周囲の霧の大半は蒸発した。
熱い! 自分の身体まで焼けそうだ。
「うわっ! 何じゃ? あれは」(現魔王の顧問・談)
「…………」(悪魔王・談(?))
「あ………」(金髪モヒカン戦士君・(一応は)談)
「ん………」(銀髪メガネ賢者嬢・(一応は)談)
「…………!」(従魔筆頭黒猫改め黒豹氏・談(?))
(おい、羽が出ておるぞ)
うるさい!
羽より先に、問題は服だ。
高熱で、霧と一緒に私の服まで蒸発してしまったじゃないか!
すぐさま創造の能力で服も防具も再現したけど、一瞬とはいえ、このうら若い私に、至高の美少女に、こんな恥ずかしい思いまでさせやがって。
絶対に許さん!
それから、この2枚の羽だ。
今まで隠し通してきたのを、ついに
獣王、貴様、すぐさま消滅する覚悟は出来てるんだろうな!!!
(衣服の次が羽か。重要度の順番がおかしくないか?)
おかしくない!
私にとっての優先順位は、それで全く正しい!
(どうせ下に居る者たちは、閃光で何も見えなかったであろうに)
そういう問題じゃない!
私自身の恥ずかしさの問題だ。
とにかくコイツは、即時成敗だ。
私は断言する。
こんなセクハラ下衆野郎をこれ以上1秒たりとも生かしておくわけにはいかないと、世界中の女性は全員、今この瞬間に強烈に実感した!
そうに決まってる!
天地身命、いや、天地神明、それとも一生懸命、一切合切?
何だか知らんが、この世の全てに誓って、そう決まった!!!
(はぁ…)
「羽じゃと? 妾は、アスラには勿論、ルシフェルにもあんな物があるとは、妾は知らんぞ」
「おかしいですな」
「何がじゃ? 羽がか」
「
「おい、そこの薄汚い消え残りの細胞、どうせ本体はそこに居るんだろう。聞け!」
私は続けて言った。
「お前も今、消してやる!」
すると赤緑色の霧は、別に驚きもせず、落ち着き払って言い返してきた。
「「「「「ふん、光る翼かなんか知らんが、こけ
やっぱり念話か? でも、声が出てるぞ。
細胞のひとつひとつに声を出す口があるのか?
こけ脅しだとお? そうかどうか、今すぐ思い知らせてやる。
「「「「「たかがそれしきの細胞を消して見せたからといって、いい気になっておる様だが、余の力はまだまだこんな物ではないぞ」」」」」
強がってるなあ。
大半の細胞は蒸発して、残ってるのは、ほんのひと握りだけじゃん。
すると私の予想もしなかったことが起こった。
獣王軍の最前列に並ぶ精強そうな一隊、あれは親衛隊か?
1000人ほどの姿が不意に揺らいで見えたかと思うと、やはり輪郭が崩壊し、獣王と同じ赤紫色の霧に変わって拡散した。
そしてそれが、私の眼の前の話す霧と合流して
ぶおっ、ぶわわっ、ぶわわわわ ――――――― っと
密度も体積も、三段活用で増し、広がった
何だあ、コイツ!?
部下の細胞まで喰ったのか?
とうとう、自分の忠実な部下まで犠牲にして吸収した!
「「「「「「「「「「ひゃーっはっはっ! この1000人だけだと思うなよ。
まずは貴様を喰い、次は魔族は勿論のこと我を利用した教会もヒト族も、すぐに何万も何十万人も、いや、
喰われた者の意識は余と同化し、身体は崩壊して余の細胞となり、人間も亜人も動物も魔物も、果ては世界の生物の一切は余の部分となるのだ!!!」」」」」」」」」」
魔族もヒト族も、悉くを喰う?
いやいや、食べるのは美味しいものだけにしましょうよ。
それにしても、まあこれは、安ーい極悪人にしては意外かつ重大なパターンで細胞が増殖しましたねえ。
さあどうしよう。
(さっきと同じく、高熱で蒸発させれば良いではないか)
そうはいかない。
これをぜーんぶ蒸発させるには、大変な熱量が必要だ。
そうすると、人質や獣王軍どころか、城壁の上の魔族軍まで巻き添えになってしまうもの。
私は、仲間が焼けたり、熱で融解するのは見たくないからね!
それに、たとえ一瞬でも、また全裸を晒すのはごめんだ。
(うーむ)
何か別の手を考えなきゃ……
そうだ!!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます