第19話 聖なるオルゴール(The Holy Musical Box)(豪華海鮮バーベキュー) ☆☆

「ということで、じゃーん、こんな洒落た物を創造してみました」

「「「「「「「「「「何だ、それは?」」」」」」」」」」

「見てわかんないかなあ。オルゴールです。大き過ぎず小さ過ぎず、お部屋のインテリアとしても、ちょうどいいサイズ」

「「「「「「「「「「はあ?」」」」」」」」」」

「ほら、御覧下さい。この、マホガニー材の上品な質感、その上に薄くほどこした赤くあでやかなラッカー塗り、どうですか、素敵でしょう!」

「「「「「「「「「「…………」」」」」」」」」」

「凝った薔薇の彫り物といい、金を塗った真鍮製の金具や取手といい、これ以上ない豪華さと、それでいて趣味の良さ! 我ながらいい仕事してますねえ」


(また、魔力の無駄使いを……)


 いやいや、これがマホガニーじゃなくてチーク材だったり、薔薇じゃなくて唐草模様の彫刻だったりしたら、また違ったと思うよ。


 ま、私の趣味へのこだわりは、それはそれとして、オルゴールの素晴らしさに驚愕する(?)心の声さんと獣王の細胞をいったん放置しておき、強制転移の能力で本日の特別ゲストを呼び出す。それは……


「まあ、いきなり呼ばれちゃって何かと思ったら、アスラちゃんじゃないの」

「あら、アスラちゃんだ。おひさ~、元気だったあ?」

「「「やっほ~、ひっさしぶり~!」」」


 銀色がかった青の光沢ある鱗に覆われた人魚の下半身。

 背には複雑な薄桃色の羽があり、その羽で空中に浮かんでいる。

 揃いの栗色の長い髪と、耳の後ろには藍色の小さな翼。

 緑色の瞳、アーモンド形の大きな目と、すっとした高い鼻。


 そう、


 以前、南の海で暴れる邪悪な海竜を退治した時に、感謝してくれて、お友達になったのだ。

 あの時は、お姉さんたちがお礼に用意してくれた魚介類で海鮮バーベキューをしたんだけど、さすがに新鮮で美味しくて盛り上がったなあ。

 身がぷりぷりの真鯛。上品な脂が乗ったシマアジ。磯の香りと味が濃密なイサキや、あっさりとして、それでいて複雑な味が楽しめる舌平目。

 大振りの見事なイセエビとか、獲ってきたばかりのアワビやハマグリとか。

 半透明でまだ足を元気に動かしてるイカも、いかにも生で食べても美味しそうだったもんねえ。


 あ、最後の「イカ」と「いかにも」は偶然であって、決してダジャレを言ったわけではない。これは私の名誉のために、はっきりと弁明しておきたい。


(はぁ……)


 この極上の材料を炭火で焼く。

 もちろんシンプルに塩焼きやレモンバターソースで食べてもいいんだけど、私的には、南の海の海産物には少し辛みを利かせたトマトソースなんて合うかも、とか思って試してみたら、なんとまあこれが絶品! 特に真鯛とイセエビには相性抜群だった。

 これにはセイレーンのお姉さんたちも喜んでくれて、それに海岸だから景色が良くって、春の気持ちのいい潮風が吹いて、最高だったなあ。


 で、唐突ですがここでクイズです。

 チャンスタイムなので、正解者には2倍のポイントが与えられます。

 さあ、セイレーンの特技といえば何でしょう?


 


(すぐに答えを言ってしまって良いのか? クイズだろうに)


 まあまあ、クイズってのは流れで言っちゃっただけだから。

 あんまり細かいツッコミは無しってことで。


 とにかく! 私はセイレーンさんたちに一応聞いてみた。


「あ姉さんたち、歌がとっても上手でしたよね」

「「「「「もちろん、そうで~す!」」」」」


 おお、さすがのメロディー付コーラス!

 しかも、5人みんなが音の高さが違って、なおかつ完璧なハーモニー。

 ふつう女性のコーラスは3部合唱が多いんだけど、このお姉さんたちは高い方からソプラノ・コロラトゥーラ、ソプラノ・リリコ、ソプラノ・ドラマティコ、メゾ・ソプラノ、アルトという複雑な5部合唱。

 それでも微妙な声域の違いが明瞭で、聴く者に単調さを感じさせない絶妙の構成とテクニック。

 専門に和音の勉強をしてたって、なかなかこうはいかないぞ。


「じゃあ、ぜひ1曲歌って欲しいんですけど、お願いできますか?」

「「「「「OK牧場で~す」」」」」


 OK牧場ふ、古ーっ!?

 なんか急に、ちょっと不安になってきた。


「で、何を歌えばいいの?」


 メゾ・ソプラノの担当さんが尋ねてきたので


「ヒト族の教会の讃美歌94番です」


 と答えると、ソプラノの3人が


「え~っ、私、ヒト族の讃美歌なんて歌いたくないなあ」

「そうだよね~。だって、いつも私たち魔物や亜人を目のかたきにしてる奴らの歌なんて、嫌だよね~」

「それにあいつら、作詞作曲のセンスないしぃ~」


 と、微妙に音域の違う声で難色を示してきた。

 でも、これは予想通り。

 だから、私は言った。


「歌詞は、お姉さんたちが気持ち良く歌えるように私が改変しますから。それに、曲の方はこの特製オルゴールで伴奏を付けます。これが凄く綺麗な音なんですよお。高域は透明に澄んでて、低域は中型にもかかわらず豊麗でおもむきがあって、きっと気に入ってくれると思うなあ」

「「「ふ~ん、魅かれるかも~」」」


 よしよし、乗ってきた乗ってきた。

 美声自慢だけあって、楽器やオルゴールの音質や音色には興味があるみたい。

 するとついにアルト担当さんが言ってくれた。


「アスラちゃんがそこまで言うなら歌ってあげましょうよ。私たち伴奏付きで歌った事ないから、いい経験じゃない?」


 やったあ、作戦成功だ!

 


 ま、私の周りには、やっぱり落ち着いた綺麗なアルトの声なのに、性格は全然落ち着いてない人もいますけど。いや、決して誰とは言わないけどさ。


(…………)


 そういうことで私はセイレーンさんたち5人と音楽会の打ち合わせを始めた。

 すると、この展開に呆れきって、今まで大人しくしてくれていたのが、さすがに我を取り戻したのだろう、獣王が細胞の合唱で大声で怒鳴り散らしてきた。


「「「「「「「「「「ごちゃごちゃと何をしておるのだ! これ以上ぐずぐずしておるようなら、容赦なく余の方から参るぞ!」」」」」」」」」」


「「「「「!! !!!」」」」」


「「「「「「「「「「うっ」」」」」」」」」」


 ぷぷぷ。セイレーンさんたちの迫力勝ち。獣王は即、また沈黙。

 そりゃそうだよね。声の威力に関してなら、この人たちが獣王なんかに負けるわけがないよねえ。

 細胞を増殖させて声が大きくなっても、しょせん発声には素人の元カバだもの。

 専門家5人による大声量のコーラスにかなう筈がない。


 するとまたソプラノの3人と、今度はメゾ・ソプラノのお姉さんまで


「(コロラトゥーラ)な~にアレ、感じ悪ぅ~」

「(ドラマティコ)それに霧が喋ってるじゃない。変なのぉ~」

「アレは元はカバの獣人で、一応は獣王だったんですけど、妙な変身を繰り返したあげくに細胞の1つ1つに分裂して、とうとうアレになっちゃったんです」

「(メゾ・ソプラノ)もしかしてアイツに歌って聞かせるの?」

「(リリコ)え~っ、嘘~っ!? 私って芸術家だから、聴衆の質にはウルサイのよね~。気分が乗らないなぁ~」

「まあ、そう言わずに。アレでも可哀そうなヤツですからぁ。お姉さんたちの美しい歌声で昇天させてやろうと思ってぇ~」(あれ、話し方が感染うつってきた?)


 それぞれの声域で何かとグズるのを、今度もアルト担当さんが黙らせてくれた。


「あなたたち、一度やるって決めたんだから、もう、ああだこうだ言わないの! 私たち皆の恩人のアスラちゃんが頼んでるのよ!」


 うーん、アルトさんって素敵!

 間違いなく、この人が5人姉妹の長女だな。

 リーダーとしての統率力、貫禄が抜群だ。


 そんなこんなで、歌詞を教えたり、メロディーやテンポの確認などの打ち合わせが終わった。セイレーンさんたちは配置につき、喉の調子を整える。


 


(はあ、ゼンマイ仕掛けだと? 何故、魔石の力で動かさぬのだ?)


 だって、こっちの方が断然気分が出るもの。

 アンティーク調のオルゴールは、やっぱりゼンマイ仕掛けでしょ。

 何事も雰囲気って大事だよ、うん。


 すると、我慢できなくなった獣王が無言で攻撃を仕掛けてきた。

 ぷぷぷ、何か言うと、またセイレーンさんたちに、あの迫力で一喝されると思ったな。

 私は自分めがけて細く伸びて来る霧の突端を飛翔魔法ですいすいとかわし、よーしゼンマイ巻き完了。いよいよ戦場コンサート開演だ。


 オルゴールの蓋を開ける。まず前奏が流れ出す。

 最初は軽く、ピアノの高音っぽい音でスローに。

 次第に低音が入って、音量もテンポも上がっていく。

 そして、それがある高みに達したところで、一気に静かに、またゆっくりとなり、はい、ここでいよいよセイレーンさんたちの歌声だ!



 曲:教会讃美歌94番、詞:(ほとんど)アスラ・サヴァラン作、タイトル:?



 私は難破船のようだ

 恋人もなく、妻も家族もなく、寄るべき港もありはしない

 友人には裏切られ、隣人たちは私を愚か者とののし

 強い風に帆は破れ、激しい波に舵は砕け、あてもなく暗い海を漂う



(何とも暗い歌だな)


 はい。聞き手の共感を得るように、あえて獣王本人の悲惨な境遇を歌詞にしてみました。改めて聞くと悲しいよねえ。作詞した私だってそう思う。ぐすん。



 見知らぬ岸辺に打ち上げられ、もう海に戻ることはない

 むしろ安心した私に、それでも波は強く打ち寄せる

 心は折れ、身体は病み、廃人のような私に何のつもりだ

 それとも、敗残者となった私をあざけり笑うつもりか


 日は過酷に照り、船体は乾ききってしまう

 夜は冷たい雨が降り、私の身体を濡らす

 強い風が吹きすさび、心も身体も凍えそうだ

 そしてまた日照り、雨、風

 希望もなく、私はちていく



(コイツは船なのか? それとも人なのか?)


 まあそこは人を船に、社会を海に、芸術的に例えてるってことで。ひとつの表現なんだから、あんまり細かいことは言わないって方向でお願いしたい。

 お、いよいよ実存神学的(?)サビの部分が来ましたよお。



 そして私は見た、主の使いの姿を

 私は聞いた、御使いたちの歌声を

 私は怒り、強く問いかけた

 主は私をお見捨てになったのではなかったのですか

 私は分かっているのです

 我々の嘆きの声など主は決してお気に掛けはしない

 今になって何のおつもりですか

 今さら何のおたわむれですか


 すると御使いの穏やかな声が返ってきた

 汝はもう充分に苦しんだ

 試練の時は終わったのだ

 もう充分に汝は学んだ

 これ以上の苦難は無益である

 主の下に召される時が来たのだ

 その声は私の心に優しく響き、胸を熱くした …………



 赤紫色の霧に明らかな反応があり、敵意が薄らいだ。よーしよし。

 細胞たちは初めはゆっくりと、次第にその速度と量を増して、蓋を開けたオルゴールに吸い込まれていく。まるで自分から飛び込んで行くように。


 


「「「「「「「おおーぉぉぉ!?」」」」」」」


 獣王の本体とその周辺の細胞が驚いたようにざわめくが、もう遅い。

 これらは無数の、ひとつひとつが意思を持った細胞。本体に操られてはいるが、それでもなお、それぞれの意思を全て失ってはいない。

 そしてまた、これらは教会の禁術によって変化させられた細胞だ。決して教会の教えに抵抗することはできない。

 だからこそ、私はそこに訴えた。教会の教えに沿い、しかもその中でも最も慈悲深い神様の印象を強調したのだ。

 加えて私が魔力を込めた歌詞と、セイレーンさんたちの強力な歌声にあらがえはしない。もちろん演奏も彼らを誘う魔力に満ちている。彼らは歓喜して歌に導かれ、オルゴールの中へと入っていく。

 その内部は私が造った極大の亜空間で、もう戦う必要も、何かに敵意を燃やす必要もない、彼らにとっては今や唯一の安寧に満ちた住処だ。その隔離された平和な空間の中で、誰にも邪魔されずにゆっくりと安らぐといい。君たちは身体をそんな兵器におとしめられただけではなく、心をひどく病んだ病人なのだから。


 しかも、特上の空気(悪意)清浄機完備!


 命令されることも強制されることもなく、君らに無理矢理与えられた強靭過ぎる生命力で、時間など無制限に思いにひたるといい。

 本当に悪意が全て消えたならば、いつの日かまた外に出してあげることもあるだろう。君たちが他に害を与えずに生を全うする方法が見つかるならば。


 今度こそ、これで終わりだ、と私は思った。

 盛り上がりの部分が繰り返され、獣王の、いや、実はそれぞれの意思を残した細胞は、どんどんとオルゴールに吸い込まれる。



 ………… 汝はもう充分に苦しんだ

 試練の時は終わったのだ

 もう充分に汝は学んだ

 これ以上の苦難は無益である

 主の下に召される時が来た

 その声は私の心に優しく響き、胸を熱くした


 慈愛に満ちた主の王国へと行こう

 誰も私の旅路を邪魔し得ない

 万能の父は全てを許される

 主、その方自身を信じないという最大の罪でさえも

 今こそ永遠の安らぎの時が来たのだ …………



 もう半分以上は収まったかな。それとも3分の2近くはいったかなあ。

 すぐに本体も吸い込むだろうなあ。本体だって結局は教会の技術で変化した細胞だから。


 と、オルゴールから流れる曲が急にテンポを落とした。

 あれ?

 そしてすぐに細胞の吸収にもブレーキがかかり、ついに曲は完全に止まってしまった。


 !!??

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