第17話 亜光速(?)の斬撃 by 時間魔法

 オロチの首の1体が火を吐いた。え、こんなんアリ?

 ヤマタノオロチって超巨大なだけで、飛び道具は使わない筈なのに。

 その名前を使うのなら、やっぱりキッチリと設定は守ってもらわないと。

 雰囲気壊してくれるなあ。ガッカリだよ。

 あれ? もしかして「ドラ〇ン・ク〇スト」のオロチは火を吐いたっけ?

 とか考えてるところに、他の1体が緑色の霧を吐いた。

 これは間違いなく毒霧だ。


(なぜ分る?)


 だって、他に意味がないでしょう。

 この接近戦で目くらましとか無意味だし、相手を麻痺させるとか毒で苦しめる以外に、霧にどんな目的が考えられるのさ?

 それに、あの毒々しい緑色!

 色がもう自分で「僕、毒でーす」って自己紹介してるじゃん。


(まあそうだな。やはり少しは学習しているではないか。感心感心)


 もう、そんなことより、バイ〇ルトの魔法ってどうやるんだっけ?

 確か、攻撃力が2倍になる『倍』『斬ると』ってやつ。


(知るか! あれはゲームだ)


 まあ、そうなんだけどさ。

 折角だから、それでやっつけた方が雰囲気出るかなあって思って。

 とすると、やっぱり神話にならってお酒で酔っぱらわせるって手かなあ。

 でも、私の亜空間収納には酒類は入ってないし、創造魔法でもお酒は造ったことがないからなあ、どうしよう。


(何でゲームの設定や神話にこだわるのだ? それに、神話のアレは言ってみれば騙し討ちだぞ。やって来たオロチに「かしこい神だから」とかおだてて強い酒を飲ませ、酔っ払って眠ったのを首をねたのだ)


 えーっ、そうなの!?

 

 セコイなあ。じゃあ、私は別の手でいこう。


(魔法を使えば一発ではないか。焼き尽くすか凍らせてしまえば良いのだ。最初からそうすれば、こんな相手に手間取る事もなかっただろう)


 それはダメ! だって周りに大勢の人が居るから。

 こんなデカい生命力の強いヤツを倒すためには、ある程度強力な魔法が必要になるでしょ。でも私、特に攻撃魔法の手加減に自信がないもの。

 もしも加減に失敗して大惨事になったらどうするの。

 人質はもちろんだけど、獣人軍の兵士たちだって、私とコイツの1対1の戦いに巻き込むわけにはいきません!


(うーむ、相変わらず不器用な奴だな)


 とか脳内会話をしながら、右から左からの噛みつき攻撃を避けてると、今度は頭上から別の首がしなって打撃を与えてこようとする。軽く後ろに跳ぶと、首はどーんと重い音を立てて地面を引っぱたいた。

 別の首は口から炎を吐いたり霧を吹いたりして牽制してくるし、まあこれは炎熱耐性や状態異常耐性があるから大したことじゃあないんだけど、どの程度の熱や毒性があるか見ただけではハッキリしないから、やっぱりまともに喰らうわけにはいかない。

 攻撃をかいくぐって近づこうとすると、例の太ぉーい足が蹴りを入れてこようとしたり、踏みつけにきたり。それで背後に回ろうとするとアナコンダが2匹構えてるし。なかなか距離を詰められない。


 ちょっとイラついてると、オロチたちは黒い鱗を飛ばしてきた。1枚1枚が剃刀かみそりの刃のように鋭利で、多少刺さっても致命傷にはならないっぽいけど、これにも毒があるかもしれないし、美少女(?)の肌には傷跡なんて残すわけにはいかない。おまけに背中のとげも飛ばしてきた。もちろん小規模の物理結界を張って防御する。


 その間もずっと、身体のあちこちに開いた不潔な口が身体を吸い寄せようとしてくるし、背中の翼も油断できないから、こっちの動きは更に制限されるし。


 あー、あれもこれも鬱陶しい。


「「「「どうした! 逃げ回っているばかりではないか!」」」」


 4人揃った下品な声も鬱陶しい。

 よし、初回なんで上手くいくかどうかわからないし、実戦でいきなりだけど、この際やっぱりアレを試してみよう。


(ほう、何か新しく考えたか)


 アレとは、そう、


 一気に自分の思考と知覚、動作のスピードが爆発的に高まる。

 すると周囲の全ての時間が止まった。

 いや、私だけが加速したのだ。

 獣王の動きも止まった。身体から伸びる幾つものオロチの首が私を睨んだまま、ぴくりとも動かなくなった。沢山の黒い鱗も棘も空中で静止した。


 ふーん、これが時間の止まった世界か。

 音も全く聞こえない。風の音も兵士たちのどよめきも、いきなり消えた。

 空を見上げると、雲の流れもぴたりと止まって、まるで静止画だ。

 さて


 私は飛翔魔法を使ってみた。すると身体はちゃんと浮く。

 時間の止まった世界でも魔法は使えるみたいだ。

 そして獣王の頭上に移動して、剣を振り下ろした。

 3つの頭部のうちの真ん中、つまり公爵の脳天が縦割になったが、その切断面から血が吹き出すことはなかった。

 次に、背中から生えた元々はトラの腕、今はオロチの首の根元に剣を振り下ろしてみた。やはり血は吹き出さず、両断された筈なのに首の落ちることもない。

 全ては時間が止まっているからだ。


(おい、急いだ方が良いぞ)


 あれ、心の声さんは止まってないの?

 話せるの?


(説明は後だ。とにかく手早く済ませろ。さもないと大変な事になる)


 早口で、めずらしく少し慌て気味の話し方だ。

 だから私はまた剣を振り上げ、獣王の身体にあらゆる方向から斬撃を1、10、100回と加えた。まだだ。まだ全然足りない。

 更に100撃、1000撃、数千撃、そしてついに斬撃は万を超えた。

 よし、これで良し!

 そして私は魔法を解除し、時間の流れの速度を元に戻した。


 周囲の動きと音が戻った。

 目の前の獣王の巨大な全身から、いきなり大量の血が吹き出した。

 どこの斬り口から、というわけではない。とにかく全身からの血の噴出だ。

 だって、身体中に万の斬撃による切り口だもの。

 相手にしてみれば、目の前から私が突然消え、いや、消えたのも認識できないうちに、いきなり全身が切り刻まれていたわけだ。

 悲鳴を上げる暇も、痛みを感じる暇もない。

 頭部も胴体もオロチも全て、切り刻まれた細かな肉片になって、どさどさと鈍い音を立てて地面に落ちた。


 とにかく成功だ!


「何だ、何が起こった? 妾にも良く見えなかったぞ」

「わたくしにも何が何だか? 閃光が幾筋も走ったかと思ったら、いきなり獣王が切り刻まれていたような」


 血に濡れた肉片が、ちょっとした山になって目の前に積み上がってるのは、うーん、やっぱりグロい。

 あんまり見ないように、元の姿も思い出さないようにしよう。

 ここまで全身がバラバラにされれば、いくら生命力のある怪物だって、もう再生してこれないだろう、と思いたい。


 そして、私はみんなに聞こえるように、精一杯の大声で言った。


「見たか! by !」


「「「「「おおお―――――!!!」」」」」

「分かりやすい名前だな」(前魔王・談)

「少しばかり分かりやす過ぎるような気も致しますな」(宰相兼執事・談)


(何だその名前は?)


 いやあ、やっぱり技の名前を叫んだ方がカッコいいかなあと思って。

 何とか流とか何々拳とか、いかにも長い歴史があるっぽいじゃん。

 それに、私自身が流派の「開祖」なんて、くーっ、素敵!

 ずっと前から、一度は言ってみたかったんだ。

 夢が叶ってスッキリした。


(亜光速とは大袈裟な。それに、「れつ」と「ざん」では意味が矛盾してはいないか? 技の名前にbyとかいうのもどうかと思うぞ)


 まあまあ、その辺はあまり細かいことは無しってことで。

 今回は雰囲気で適当に言ってみただけだから。

 これからゆっくり、もっといい名前を考えますよ。

 それとも、みんなに名前を募集するのもいいかもね。


(今回は、ということは、これからもこの技を使うつもりなのか? 良いのか? こんな事を繰り返していれば、すぐにお前の嫌がる皺くちゃのBBAババアになってしまうぞ)


 えっ!? どういうこと?


(当たり前だろう。自分の時間の流れを最大限に加速させているのだから、その分、自己の肉体の老化は急激に進むのだ)


 あ、そうか! それは困る。


(加速の度合にも寄るが、今やった程度の加速と持続時間ならば、確実に10年は歳を取ったのではないか? このまま何度も使い続ければ、すぐに腰は曲がり、足はえ、老衰で死んでしまう…… というのは嘘だ)


 えーっ!!?? そんなあ!

 じゃあ、私、もう24歳ってこと?

 まだ、20歳の誕生日も迎えてなかったのに!

 しかもすぐに老衰で死ぬなんて、なんて悲惨な!

 嫌だ嫌だ嫌だ、え、最後何て言った?

 嘘、はあ?


(まあ今ので、肉体の消耗は時間にして1週間といったところだな。だが、一気に精神と肉体を酷使し負担をかけていることは間違いない。1週間、睡眠も食事もとらずに活動したのと同じ事だからな。どうだ、疲れや眠気が急に襲って来ただろう)


 うん、言われてみればそんな気が。


(お前は若いからその程度で済んでいるのだ。ただし、甘く見て連発したり、長時間に渡って使うと、すぐに神経回路は疲弊し、肉体に至っては無理な粒子運動加速による崩壊を起こすぞ。せいぜい気を付ける事だ)


 こわっ!! わかった。気をつけます。

 便利かと思ったけど、意外と使いにくい技なんだね。

 何か上手い方法はないのかなあ?


(逆に相手の時間の流れを緩慢にするか、止めてしまえば良いのだ。そんなことも分らんのか)


 おお、そうだね。次からそうしよう。


(ただし、それも相手次第だぞ。強大な魔力を持つ敵であれば、レジストされてしまって効果が無いと思え)


 あーらら、そっちはそっちで制限ありかあ。

 なーんか、苦労して考えたわりに、効果のない技っぽい。

 残念だなあ。


(そんな事はない。お前が本当に「苦労して」考えたかどうかは怪しいが、使いどころを間違えなければ有効な技だぞ。逆に、相手が同様の能力を駆使してきたらどうするのだ? こちらも感覚や動きを加速して対抗しなければ、今お前が獣王にそうしたように、簡単にやられてしまうぞ)


 えっ、同じことができる相手がいるの?


(数は多くないだろうが、時間魔法が使える者ならば充分可能だろう。現に我は出来たぞ)


 そうかあ。

 だったら、その対策としてだけでも、この技を開発した価値があるかな。

 よーし、いろいろと納得。

 で、それはそれとして


 はぁー、これでやっとお昼ご飯の時間だ。良かったあー。

 獣王め、よりによってお昼ご飯の直前に攻めて来やがって。

 それが最も許せない。

 私は絶叫した。


!!!」


 すると、ガイアさんとゼブルさんの話すのが聞こえた。


「何だあれは? 何を言っておるのだ」

「空腹のあまり興奮しておられるようですな」

「妾が準備した朝食はどうしたのだ?」

「え? あれはちょっと、そうそう、時間がなくて御召し上がりになれなかった様です( ……… 本当は自分で作り直してお食べになったが、アスラ様は誠に食欲旺盛でいらっしゃる! しかしまあ、これはガイア様には内緒で ……… )」

「そうか、だから絶叫する程に空腹なのだな。よし、ならば今度こそ妾が腕によりをかけて昼食をふるまおう」

「い、いや、それは流石におやめになった方が宜しいかと……(!!!)」

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