第16話 八岐大蛇(パンケーキ食べたい) ☆☆

 早いとこコイツをやっつけて、そうだ、今日のお昼はパンケーキにしよう!

 そう言えば魔王城のキッチンはともかく、私の亜空間収納には、昨日ティアお婆さんから貰った極上のバターとミルクがあったんだ。

 小麦粉に卵を多めに入れてかき混ぜて、ふっくらと仕上げて。

 それから、これもティアお婆さんの農場から直送の旬のフルーツと、アイスクリームも上に乗せて、メープルシロップをたっぷりかけて。

 うーん、これは美味しそうだぞお。


 とか考えてせっかく少し気分の直ったところに、獣王(と、公爵と息子2人?)が、まずはその竜脚類の巨大な脚で踏みつけにきた。

 私は素早く一歩後ろに飛び跳ねて、最初の攻撃を躱した。


  と大仰な音がして、乾いた地面に土煙が舞う。


 すると、その土煙の中から今度は蹴りを繰り出してきた。

 もちろん、こんな鈍重な蹴りが当たる筈はない。

 左に跳んでかわすと、そこに斜め上からグリズリーの右手の一撃だ。

 これも軽く避けると、 と音がして、地面が抉れた。

 確かに威力はそこそこありそうだけど、何発繰り出そうと、この私にとっては、こんなトロい攻撃の連続、呑気過ぎて欠伸あくびが出るんだよ。


「「「「ほう、素早さはそれなりではないか。さあ、次はどうだ!」」」」


 今度はグリズリーの左腕、背中から伸びたトラの前脚。

 次々と仕掛けてくるけど、無駄無駄あーッ! とにかく緩慢過ぎる。

 人間の腕が拳を握り締めて殴りつけてくる。腕は長くて太くて拳は巨大で、当たれば痛そうだけど、当たらなければ何ということはない。

 動きを見切ってぎりぎりで避けると、拳は と地面を叩き、大きな穴を開けて土煙を上げた。

 ふん、こんなんで少しでも傷を付けられると思ってんの?


 するとこれも変身の一環か、獣王は全ての腕を2倍にも伸ばして鞭のように振り回し、蹴りや踏みつけも加えて、まるで駄々っ子みたいな無茶苦茶な攻撃に出た。

 もう、子供の喧嘩じゃないんだから!

 手数が多ければ何とかなるってもんじゃないんだからね。

 「どすーん」だろうが、「ガリッ」だろうが、「どーん」だろうが、「バシッ」だろうが(以下略)空振りならば自分が体力を消耗するだけだ。

 統制の取れてない無数の攻撃を全て簡単に躱すと、ここでアナコンダが2匹同時に、足元目がけて噛みつき攻撃にきた。

 これも何てことはない。私は軽く空中に跳んだ。


 いい加減にしないと、駄々っ子には、月にかわってオシオキだ!


 ここでいきなり突風が吹いた。獣王が背中の翼で起こしたのだ。

 私は空中でバランスを崩し、そこへ巨大な人間の手が捕まえにくる。

 それを瞬時の近距離転移で逃れ、獣王に怒鳴った。


「ズルいぞ! 翼は飾りだって言ったくせに」

「「「「知ったことか! 信じる奴が馬鹿なのだ。それに、飛べぬとは言ったが、他に翼の使い道がないとは言っておらぬわ。それに貴様も、転移の能力持ちである事を黙っていたではないか。お互い様だ!」」」」


 うー、ああ言えばこう言う。

 翼のことは聞きもしないのにお前が勝手に言ったんだろ!

 私の転移のこととは別だろ!

 あのねえ、戦う前に相手にわざわざ、聞かれもしないのに、私にはこういう能力がありますよって教える人が居るかなあ。

 バッカじゃないの。詭弁にも程がある!

 よーし、こうなったら。


(お、剣を抜くか)


 使


 では……

 あすらはけんをふりかぶった。

 あすらのこうげき。


(古いゲームだな)


 失礼しました。

 とにかく、!!!

 そして、続いてもう一撃、!!!

 私は左右から襲ってきた人間とグリズリーの腕を、両方ともその手首から、右手に持った片手剣で斬り落とした。


(ほう、なかなかの斬れ味ではないか)


 これは陽剣・ジョワユーズ。

 1日に30回も色彩を変えるとうたわれた伝説の名剣だ。

 5000年も前から旧文明の名高い王たちに代々伝わり、その間に柄頭、グリップ、クロスガードも鞘も、そのときどきの時代の趣味で飾られて、ちょっと華美にはなっているけれど、他に並ぶものがないと言われた至高の斬れ味は健在だ。

 下衆野郎に使うのは勿体ないぐらいの由緒ある剣だぞお。

 こんな名剣で殺ってもらえるなんて、いっそ有難いと思え!


(レプリカかも知れんがな)


 うう、その件については言いっこなし。


 ところが、斬られたその腕は2本とも、あれれ、斬られた手首からもこもこと肉が盛り上がって、すぐに手も爪も再生した。

 あちゃー、やっぱりか。

 物理結界も張れない体力バカの取柄は、耐久力と再生力!

 そうじゃないと戦いが盛り上がらないもの。


「「「「」」」」


 はいはい。

 下衆野郎は諦めの悪さとしつこい生命力だけは抜群だって、昔から相場が決まってるんだよねえ。

 すっかり忘れてた。

 でも、そうならそうで、こっちも戦い方があるんだよ!


「「「「無駄な足掻あがきはやめて、さっさとくたばってしまえい!」」」」


 で、獣王はまた、伸ばした8本の腕をそれぞれむちのように振り回す攻撃を仕掛けてくる。よく腕と腕が絡まないなあ、それだけは感心だ。

 だんだんと腕と腕の連携も取れてきたみたいだし、もしかして、それぞれの腕のどこかに運動を司る小さな脳髄か何かが備わってるのか?

 とか考えながら爪や拳の攻撃を避けてると、脚で重い蹴りや踏みつけ攻撃。それを避けると今度は私の足元に蛇が絡みつこうとしてくる。


 こんなことが数分も続く。

 当たりも捕まりもしないけれど、きりがないなあ。

 空振りを繰り返してる割に、一向に疲れる様子も見せないし。

 さすがに相手は体力バカ! 無尽蔵のスタミナか?

 半端はんぱな攻撃を仕掛けても、さっきみたいに再生されたら意味がないし。

 これはちょっと私の予想が甘かったかなあ。

 なーんてね。実は獣王の攻撃を避けながら、そのパターンを観察してたんだよ。

 攻撃パターンも読めたし、よーし、そろそろ一気に決めに行きましょうか。


(…………)


 あれ?

 マウンテンゴリラの腹筋のあたりがうごめいて、巨大に裂けた口が開いたぞ。

 鋭い牙が並んでて、あれで何を食べようっていうんだ?

 私をか!?

 だったら断固断る! こんなヤツのランチになってたまるものか。

 と、今度は身体のあちこち、二の腕だとか、太腿だとかすねだとか胸板だとかに、同じような気色悪く裂けた口が開いた。

 最初のより全部が少し小さめで、やっぱり薄黄色の鋭い牙が並んで…… てか、ちゃんと歯は磨いてんのか!? それに歯茎の色も悪いぞ。歯周病?

 で、もしかして、あの口がみんなで私を奪い合い?

 キャー、私って美味しそうな人気者!?

 げげげ。


(ふぅ……)


 と思ったら、その口が強く空気を吸って、私の身体を吸い寄せようとしてきた。

 地面に脚を踏ん張って耐えようとするところに、また腕と蛇の一斉攻撃。

 なーるほど。動きを止めるのが目的だったのか。

 私は剣を高速で振るい、迫る腕先と蛇の頭を全て切り飛ばした。

 こんな程度で、私をれると思うなよ!


 もちろん腕も蛇もすぐに再生する。

 驚いたのは、全ての腕が形を変え人間のものになったことだ。

 そして、左右の腰に2本ずつ計4本を差し、背中に4本を負っていた剣を、8本それぞれの手が掴んだ。

 だったら最初から人間の腕で戦えばいいのに。

 でもねえ、剣は最初のサイズのままだから、巨大化した腕で掴むと小さ過ぎて、まるでオモチャの剣だ。

 つまり、絶対にカッコ悪い。

 誰が何と言おうと、カッコ悪い!

 けれど、心の声さんは言った。


(あれは只の剣ではないぞ。何か魔力が込められているのを感じる)


 へー、そうなんだ。魔力ねえ。じゃあまた教会の仕業かあ。

 すると、8本全ての剣が淡く光を発し、それを持つ手とそれぞれが融合した。

 はあ? 無機物と生物が融合?


(そういう事か! あれは擬態ぎたいだったのだ)


 え、えっ?


(剣は仮の姿だったのだ。魔法でそう見せかけていただけで、実際は魔石で魔力を強化した生体、それを獣王がその能力で吸収したのだ)


 そして腕は1本1本が更に長大になり、大蛇とも龍ともつかない生物になった。

 深紅色の爛々と輝く一つ目の巨眼。かっと大きく開いた口から覗くのは、少し内側に向いた長い牙と、先が二股に避けた青黒い舌。

 頭部には8体がそれぞれ違う鹿や牡牛のような角を生やして、真っ白の長い蓬髪ほうはつが生えている…… ロン毛かよ!

 ぬらぬらと黒光りするうろこが長い首を覆って、少し黄味がかった白い蛇腹は赤い血にただれてる…… って、薬塗れよ!

 背の中央には鋭いとげがみっしりと縦に並んで、おまけに所々は苔が生えたように湿った感じの暗い緑色だ。


 何だこりゃあ!?

 こんな化物、静止画でも映像でも見たことがない。

 奇怪、醜悪、獰猛、不気味、陰惨、凶暴、壮絶、非常識、変態、卑猥、あれ?

 なんか次第に、意味が微妙にズレた形容詞になってきたぞ。


 とにかく、これはもう、この世に存在してはいけない邪悪なバケモノだ!

 ところが、その本体である獣王は、狂気じみた高笑いと共に大声で言った。


「「「「ひゃーっはっはっ!! これがあ、古代の『二ホン』の支配者だったと伝わる8本首の大蛇、その名も怖ろしい『』だあ!!!」」」」


 はあ、8本首?

 コイツは、ひょっとして簡単な足し算もできないのか?


「首は10本じゃん」

「「「「なにい?」」」」

「腕が変化した蛇の怪物が8匹、元からいた尻尾のアナコンダ2匹と合わせれば、その合計は?」

「「「「…………」」」」


 獣王は目の前で手の指を折って数を数える仕草をしたが、でもその手がもう大蛇の頭になってしまっているので、もちろん思うようにはいかない。

 はぁ、この元カバは、このくらいの足し算で指に頼るかあ!

 幼児でもすぐに解けるぞお!


「バッカじゃないの。8足す2で、首は10本に決まってるじゃん。だから『八岐大蛇』じゃあなくて『十岐大蛇』でしょ。『ヤマタ』じゃなくて『トオマタ』とか、それとも『ジュウマタ』かな。とにかく、凄みのない変な名前」

「「「「ぐぬぬ……」」」」

「それとも、ティラノの前足だった2本は蛇になっても他より細っこくて短くて、あんまり役に立たなそうだから、それはオマケってことで、『8プラス2オロチ』ってどうよ?」

「「「「ふざけるな!!!」」」」


 別にふざけてませんけど。

 間違いを指摘してさしあげた、それだけですけど。

 正確な名前まで提案してあげたし、感謝してもらってもいいぐらいですけど。


 でも、そんな私の親切も理解できないほど目の前の相手は愚かなのか、私を見下ろす小さな小さな人間の3面は明らかな怒りで目をき、顔色は一気に赤黒くなった。あーらら、ただでさえ陰険そうな顔がいっそう人相を悪くしちゃって、はぁ。


 そして主力の6匹のオロチは巨大な口を開けて、一斉に私に襲い掛かってくる。

 あ、歯が二重になってる。これはさめの特徴だ。

 もう、さっきは「魚類なんか」とか言ってたくせに。


 とにかく、


(また、古いゲームの話を……)

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