第14話 やり過ぎキマイラ
首から上を失くして立ち上がってくるなんて、ゾンビかよ?
それとも特殊体質? もしかして、目や鼻や耳や、そして一番大切な脳の役割をする器官が、身体の他の部分にもあるってこと?
「ふん、少しはやるではないか。甘く見ておったわい」
おまけに、口もないのにしゃべったぞ。どうなってんの?
「しかしもう油断はせんぞ。これを見て驚くな!」
いや、もう充分に驚いてますけど、まだ何か他にあるんですか?
きっとまたグロ系の衝撃だよねえ。できれば見たくない。
すると、そこら中に飛び散った血や肉や骨片が地面からゆっくり浮き上がり、獣王の身体の首のあった所に集まると、うねうねと融合して、ああら不思議、3つの顔が出来上がった。
で、
(その手できたか。だが……)
うげーっ。
親父の偉そうな髭といい、親子揃いの金髪といい、これも3人よく似た陰険そうな細い目といい、2年ぶりに見たくもないものを見てしまった。
なんだこりゃあ!? 悪趣味にも程があるだろう。
ある意味、私にとって最悪にグロい見世物だ。
あ、でも、汚れてた膝当てからも血や肉片が剥がれて、きれいになったぞ。これは嬉しい。
「どうだ!」
「どうだって、どういう意味?」
「ふざけるな! 驚いただろうと言っておるのだ」
「さっきは『驚くな』って言ったくせに。面倒くさい人、いや、面倒くさいカバさんだなあ。あ、もうカバじゃないか」
「貴様、余を舐めておるのかあ!」
「舐めません、汚いから。ただ……」
「ただ、何だ?」
「悪趣味だなあと思ってます。そんな
「貴様の家族であろうが!」
「家族? そうなのかなあ?」
「とぼけても無駄だ。調べはついておるのだ。それに、これを見よ!」
「まだ何かあるの?」
すると身体が縦も横もどんどん大きくなり、鎧は身体の巨大化に耐えきれず割れ落ちて、獣王はついには遥かに見上げるほどの大男(?)、身の丈30フィートはある巨人になった。お! ちょっとかっく…… いいや良くない。
同時に、肩から2本、背中から2本、両脇の下からは左右それぞれ1本ずつの腕が、にょきにょきと生えてきた。
その腕がまた1対ずつ、計3種の猛獣の腕。
つまり元々ある2本と合わせて腕が8本、顔が3つだから、三面八臂の怪物の出来上がりだ。
形と毛色や質感から考えて、肩から生えた腕はグリズリー、背中はたぶんトラ、そして元からあった人間の腕に、ええと、両脇から生えた最後の1対は、あれは何だ?
「聞いていいですか?」
「何だっ?」
「その手、1対ずつがクマ、トラ、人間ですよね。それで最後のもう1対、脇から伸びてるその腕は何の動物のものですか?」
「ふふん、良く聞いた。これこそ6500万年以前に存在したという最凶の肉食恐竜、ティラノサウルスの腕だ! ティラノの血を吸った古代の蚊が琥珀に閉じ込められているのを利用し、その腹部に残った血液からDNAを採取、分析、復元して創り上げた逸品よ。
映画のアイディアのパクリかよ!
確かに、図々しさには恐れ入りました。
まあ、このアイディア自体が映画のオリジナルじゃなくて、どこかの大学の教授さんの科学論文が初出らしい。だったら、同じ技術で恐竜を実際に再現する人がいても、別に不思議じゃないけどね。
(少しは不思議に思え。「誰が?」とは考えないのか)
ヒト族の、教会でしょ。
飛蝗も、鼠も、キマイラもハーメルンの笛吹も、ぜーんぶ教会の禁忌の技術や魔法でしょ。
獣人は魔法が使えないっていうし、こんな生物改造の技術を持ってる筈もないし。だったら教会が陰で手を貸してるとしか考えられないじゃん。
そうすると、私の苦手な雄鶏にそっくりなコカトリスの獣人を出してきたのも、きっと教会が調べて入れ知恵したんだなあって説明がつくからね。
(少しは頭が使えるようになったではないか)
「少しは」は余計だ!
それに、「なった」んじゃなくて、元々から使えるの。
疲れるし、小知恵を回し過ぎると若い身空で薄毛になったり、人間がきっと低級になるから、あんまり使いたくないだけ。
ずっと一緒にいるんだから知ってるでしょ?
(知らんな。今の今まで、ただのバカだと思っておった)
ただのバカぁ!? 失礼な。
まあいい。この人の毒舌はいつものことだし、今の問題は獣王(?)だ。
教会め、獣人をけしかけて魔族と戦わせるとか、しかもこんな禁断の技術まで提供して悪趣味な怪物を作り上げるなんて、もう絶対に許さん!
まず、目の前のこいつから片付けてやる。教会に利用された哀れな奴だけど、もうこうなったら元の姿には戻れないし、できるだけ楽に死なせてやろう。
私は言った。
「その映画なら知ってますけど、でもその腕、細くって小さいですよね。ティラノの腕ってそんなものだけど、それじゃあんまり役に立たないんじゃ?」
「あ!!」
ああ、やっぱり正真正銘のアホだ、こいつ。
顔はカバじゃなくなったけど、ガイアさんの言う馬鹿カバ間抜けは、残念ながら治ってないみたいだ。
改めて見ると、巨大化した胴体は暗い黒灰色の剛毛に覆われた超巨大なゴリラ。
厚い胸板を叩いてドラミングでも始めそう。
でもゴリラって、本当は繊細で温和な動物だって話もあるんだよね。こんな奴の胴体に使われるなんて、なんだか可哀そう。
その一方で、脚は相変わらず人間のものが2本だから、上体のボリュームと比較してひどくバランスが悪い。
と思ったら、次には脚もうねうねと変化して、出来上がったのは、これは巨象の脚か? いや、それにしても長さも太さも桁外れだぞ。
「わはは、同じく恐竜、これぞ白亜紀最大の龍脚類であるアラモサウルスの脚よ!」
凄い太さ。こんなんで踏みつけられたら一発でペシャンコになりそう。
でも、今度は逆に、腰から下だけが太すぎてバランスが悪くなってしまった。
つまり、いわゆる下半身デブの怪物だ。
いかにも鈍重そう。これでまともに戦えるのか?
とか呆れてると、あらら、このうえ翼と尻尾みたいなのまで生えてきてるみたいだぞ。こうなったら、どこまで変身するか最後まで見届けてやるか…………
そしておよそ15分後。
「あのー、まだですか?」
「うるさい! もうちょっと待て」
あーあ、まいったなあ。
変に興味を持って、見届けてやろうとか考えるんじゃなかったよ。
実はあの後、まず尻尾としてアナコンダが2匹生えてきた。
例のアラモサウルスの2本足の間から、さっそく1匹はこっちを睨んでやがる。
見るからにぬめぬめした茶色の皮膚に黄色の斑点が…… あれ、もう1匹は眠ってるんじゃないか? 目を瞑ったまま間抜けに口を開けてるぞ。
確か、アナコンダって夜行性だもの。昼間は辛いよねぇ。
ぷぷぷ、真面目な方の1匹が鼻で、寝坊すけアナコンダの横顔を突いて起こそうとしてるよ。でも、なかなか起きてくれないんだなあこれが……
で、そいつが目を覚まして、この状況を理解したのか、頭をぶるぶると振って眠気を飛ばすような仕草をした。
それから慌てて1匹ずつ怪物の身体の左右に回って、鎌首をもたげ、やっとのことで私に向かってシャーッとか威嚇してくる。遅いんだよ、はぁー。
ここまでで、所要時間3分以上。
もっともっと面倒だったのは翼だ。
最初に生えてきたのは、おそらくは鷲か何かの翼だろう。
硬そうな真っ黒な羽毛で覆われたそれが獣王の背中で大きく開いて、ふーん、なかなかの迫力じゃん。
ま、今までのデタラメな変身と比べたら、今回の翼のチョイスは割と趣味がいい。
とか思ったら、獣王本人はこの翼があまりお気に召さないらしい。
左右それぞれの悪人顔の目でじっと見て、真ん中の悪党面もなんだか難しい表情をしてるぞ。
その真ん中の悪党面が、おもむろに口を開いて私に聞いてきた。
「おい、どう思う?」
「どういう意味よ?」
「この翼が似合うかどうか聞いておるのだ」
「まあ、悪くないんじゃないですか」
「ふーむ、余にはそうは思えんな。貴様、美的センスにいささか問題があるのではないか」
じゃあ聞くなよ!
いるよねー、こういう奴。
自分ではもう決めてるくせに人に尋ねて、それで帰って来た答えに不満な時は、相手が悪いみたいに食って掛かる奴。
だったら最初から自分の思う通りにしろって!
こっちの知ったこっちゃあないよ。
で、そのバカが、これがまた偉そうに言うんだ。
「胴体がマウンテンゴリラで黒灰色だからな。翼も黒だと同系色で面白くないだろうが。そんな事も分らんか」
はあ?
「これはヤメだ。別の翼にするから、もう少し待っておれ」
何ですとぉ! 色が同系色だから気に入らないですとぉ。
お前、今更そんなことを気にするような繊細なタマかよ?
少しは今まで自分のしたこと考えてみろっての。
今日だけでも、理不尽に魔族領に攻め入って来て、バッタの大群をけしかけて、人質まで取って …………(中略)………… 下劣な言葉を好き放題に吐いて、おまけに最後にはこのデタラメなキマイラに変身だぞお。
なのに、ここに来てその発言が出るとは、あ―――――っ、びっくりした!!
でも、そんな風に私が呆れてるのは全く気に留める様子もなく、獣王は黒い翼を身体の中に引っ込めた。超マイペースなヤツ!
そして、「ふんっ!」と気合を入れたかと思うと、今度は真っ白な羽を生やして背中から大きく広げ、不安そうに私に聞いた。
「どうだ……?」
「はっきり言って、似合いません」
だってそうでしょう。
これはきっと白鳥の羽だよ。
コイツの、しかも今のこの姿に似合う筈ないでしょう!
「やはりそうか…… 予想はしておったが、そのようにはっきりと言われると、やはり残念なものだな…………」
あれ、ガッカリさせちゃった? さすがに少し可哀そうかも。
「では次だ」
えーっ、まだやんの?
ここまでで、もう7分経過。
付き合いきれないなあ。でも、ガッカリさせちゃったからなあ。
そして再度、獣王は身体に翼を引っ込めて、少し考えてから、何か閃いたかのように「よしっ」と呟き、開いた両手を軽く打ち鳴らす仕草をした。
また、「ふんっ」と気合を入れる。
今度は背中から出て来たのは、何のものか良くわからない、透明な4枚の羽だった。これはもしかして
「トビウオですか?」
それを聞いて獣王は激怒した。
「馬鹿者!! 魚類なんかの羽を生やしてどうする! それにあれは羽ではなく、胸ビレが羽の様に発達した物だ。生物に対する、そんな基本的知識もないのか!」
いや、羽でもヒレでも、この際もうどうでもいいんですけど。
早くこの場を切り上げたい気持ちだけなんですけど。
それに、それを言うなら鳥の羽だって、元々は小型恐竜の前足が進化したものですけど。はぁー。
「これはトンボだ! 魚などではなく、昆虫だ。古世代の、かの有名な巨大トンボである『メガネウラ』にも数倍する、息を呑む立派さだろうが」
「有名? メガネ?」
「『メガネ』ではない! 『メガ・ネウラ』だ。区切る場所が違う! もしかして知らんのか?」
「知りません」
「かあーっ、これだから最近の、教養に乏しいガキは情けない! 旧文明の古典的名作怪獣映画『ラ〇ン』にも登場しているのだぞ。『アソ山』という火山の活動によって、異常に大気の暖まった洞窟に生息していたのだ」
「ふーん、そうなんだ」
そんな私の反応の薄さに憤慨するやら落胆するやらの獣王は、その8本の内の2本、人間の腕で腕組みをして、小声で何やらブツブツと文句を言いながら、苛立たしそうに、その辺を円を描いてぐるぐる歩き回り始めた。
引っ込める気持ちの余裕がないのか、トンボの4枚羽はそのままに、今度は何の翼にしようかと、またまた思案中らしい。
いい加減にしてくれないかなあ。
ああ、お腹空いたなあ。
もう、お昼どきだよ。
はぁ……
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