第13話 バベル君の大活躍

 そしてバベル君は、私を背中に乗せて高みから地面に降り立つと、敵に対して改めて身構えもせず、そのまま今度は正面に向かって低く鋭く跳躍した。

 空中で身体をじりざまコカトリスの喉ぶえに噛みつき、鋭い牙をぎりぎりと食い込ませ、そいつの胴体に後ろ足を踏ん張って、力任せに頭から引き倒した。

 じたばたと足掻あがくのも構わず、一気に喉を喰いちぎる。

 コカトリスはそのくびから大量の緑色の血を吹き出して、くちばしからも泡と血を吐き散らしながら数秒ほど痙攣し、そして死んだ。

 刹那せつな、バベル君は天地全てに轟くかと思われるような大声で咆哮した。

 凄い迫力!


「バベルさん、尻尾の大蛇が生きていますよ。そいつは毒を吐くのです」

「おお、ゼブルよ、任せておくのである」


 バベル君は私を背中から下ろして、毒蛇に前足の爪で一撃。

 首をねられたそいつはそれでもまだしつこく動いていたが、更にドンと踏みつけられ、鋭い4本の爪で深く突き刺されると、さすがにうねうね動くのを止め、ついにぐったりとなった。

 周囲一帯の獣王軍兵士たちの動きも止まった。


 。やるなあ。


 それにしてもグロい死骸。

 つくづく、雄鶏って気色悪ぅー。

 獣王が馬に乗ったまま近づいて来て言う。


「ふん、バベルか。ガイアの飼い猫が飼い主の前でいいところを見せようと、少しは頑張るではないか」

「吾輩は飼い猫などではない。従魔筆頭である」

「同じ事よ。ガイアにせいぜい可愛がられようと、始終尻尾を振っておるのだろうが」

「吾輩は犬ではなく猫科なので、喜んでも尻尾は振らないのである。そんな事も知らないのか? 無知な奴め」


 あ、バベル君、その「尻尾を振る」っていうのはきっと比喩表現で、この人が言いたいのは……

 うーん、でも、このことは言わないでおこう。うん、そうしよう。


「とにかく、アスラ様に、このような下っ端の相手をさせる訳にはいかないのである。だから吾輩が代わって成敗したのだ。文句があるか」

「大ありだ! 魔王を決める戦いは1対1の筈。他の者の助勢は許されん。故に、その娘は魔王失格よ」


 するとここで、城壁の上からガイアさんの声が響いた。


「バカか貴様は。コカトリスがアスラを倒しておれば、貴様ではなく、そ奴自身が魔王だったのじゃぞ。そんな事もわきまえずにコカトリスを引っ張り出したのか。さすがにヒッポちゃんじゃのう。馬鹿カバ間抜けじゃ!」


 あ、そうだよね!

 魔王を目指してるんだったら、獣王本人が私と戦わなくちゃいけなかったんだ。

 だから私は、苦手な雄鶏の化物なんかと戦う必要なんてなかったんだ。

 でも、だったらガイアさん、さっきそう言ってくれればよかったのに。

 さては、今になって気付いたな。


「ぬ、そうであったか! くそお、余とした事が、つまらぬ助言に乗ったばかりに」


 


「ふん、とにかく、アスラ様は吾輩の背中に乗っていただけで、一切の手出しはしておられないのである。したがって、コカトリスは吾輩が倒した、それだけのことである。さあ、次は貴様が正々堂々とアスラ様と戦え!」

「黒猫風情が、いっぱしの理屈を言いおって。よかろう。ならば今こそ余自身がその娘を血祭りにあげてやろうではないか!」


 えーっ、やっぱりやるのぉ?

 気が乗らないなあ。

 鶏のグロい死体を見たせいで、テンション下がっちゃったんですけど。


「どうした、臆病者の小娘め。余が直々に相手をしてやろうというのだぞ。光栄に思え」


 いやあ、「余」とか「光栄に思え」とか偉そうに言っても、結局はカバでしょう?

 なんか戦意が湧かないんだよねえ。

 だって、カバを倒しても、動物愛護協会に「虐待」とか言われそうだし、子供が聞いたら「カバさんが可哀そう」とか言って泣くかもしれないし。

 ん…… でも、「小娘」だとぉ?

 失礼な!


「だいたい、貴様のような小娘が新たな魔王だとか、笑わせるな! しかも2代続けて女のくせに魔王だと? ふざけおって」


 あのねえ、何を勘違いしてるのかなあ。

 だいたい私、別に自分から魔王になりたかったわけじゃないんだよ。

 なのに拒否できない経緯でこうなっただけなんだからね。

 それに、まーた「小娘」かよ。言葉の汚い人だなあ。

 そのうえ「女のくせに」なんて、最も言っちゃいけない超男女差別的発言じゃないの?

 そんなんだからガイアさんにも嫌われるし、きっと誰にもモテないんだよ。


「余のように強さも威厳も兼ね備えた者こそ、最も魔王に相応しいのだ。貴様の様なションベン臭いガキは引っ込んでおれ!」


 カチーン。

 ションベン臭いぃ!? ガキ!?

 またまた言ってはならない下品な言葉を、しかも連続で使いやがったな!


「胸も尻も薄いくせに手足だけはひょろ長い、栄養不良の貧弱な子供体型ではないか。魔王どころか、余の側室としても食指が動かぬわ」


 側室!?

 正妻もいないくせに、なに勝手なこと言ってんだ?

 それ以前に、この私がお前に妻にしてくれとかお願いしたかあ?

 お前なんかもちろん、はなっから、こっちでお断りなんだよ。

 貧弱な子供体型だとぉ!

 言うにことかいて、胸も尻も薄いだとぉ!

 プツッ!!


(お、いよいよキレたな)


 


「あいつ、死んだな」(金髪モヒカン戦士君・談)

「ん。師匠に振られた腹いせに、あのカバはよりによって、絶対にアスラには言ってはならない事を言ってしまったのだ」(銀髪メガネ賢者嬢・談)


「どうした、小娘? これだけ言われても歯向かえぬほど怖気付いたか。わーっはっは、ぐがっ!!!???」


 カバの高笑いは突然に途絶えた。

 いや、私が途絶えさせてやった。


 


 カバは咄嗟とっさに片手で顔を守ろうとする動きを見せたが、こっちは両脚に魔力を込めた跳躍だ、まともに反応できる筈はない。

 手応え、いや膝応え(?)あり!

 私の一撃をもろに喰らったカバの頭部は、重い破裂音と共に吹っ飛び、血と大小の肉片、骨片になって飛び散った。

 後に残ったのは、首から上がきれいさっぱりと消滅した馬上の巨漢の死骸。

 つまりもうカバじゃなくなった!

 兜も砕け散った。怒りにまかせて、跳躍だけじゃなくて膝にもつい少し魔力を乗せちゃったから。

 あーあ、でも、ミスリル製の膝当てが血で汚れちゃったよ。嫌だなあ、気色悪い。

 後でしっかり清浄魔法をかけとくか、それともこれはもう廃棄かなあ。


 私が地面に降り立ってからも、馬は最初は何が起こったかわかっていないようだった。

 乗り手の巨体が馬の背から崩れ落ちて、鈍い音を立てて地面に転がる。

 すると馬はやっと反応した。

 目をいてひッと驚いたように短く身振いしたと思うと、甲高い悲鳴めいた「いななき」を発して1度だけさお立ちになり、次の瞬間には駆け出して獣王軍の軍勢の中へ走り込んで行った。

 うんうん、意外と表情豊かな、態度のはっきりした馬だ。


 ふん、獣王め。

 私はまだ14歳! 花ならまだつぼみだぞ。

 せめて「ほっそりとはかなげな」「美少女」とか、言い方があっただろう!

 これから絶世の美女になるかもしれない私に向かって、好き放題の罵詈雑言ばりぞうごんを吐きやがって。

 ざまーみろ。下品で審美眼も想像力もないカバめ、思い知ったか!


 見ると、バベル君が敵兵を威嚇して、人質の子供たちを護ってくれている。

 気が利くなあ。

 よーし、これで全て解決。

 軽ーい軽い。

 さあ、じゃあみんなの所へ帰ろうか。


「「「「「おおーっ!!!」」」」」

「さすがアスラじゃな。瞬殺も瞬殺、たったの一撃じゃ」

「はい。手元の時計では、跳躍から頭部破壊、最後の着地までたったの 0.9秒。わたくしも胸がスッキリ致しました」


 おお、皆さんが驚いて、賞賛してくれてるじゃないですか。

 相手がカバだったんで倒しても正直あんまり嬉しくない、複雑な気持ちもあったんだけど、まあ、あんな卑劣で下品な奴だからしょうがないよね。

 みんなが喜んでくれてるなら、私もそれなりに満足だよ。

 ところが


「「「「「おおーっ!!??」」」」」


 えへへ、困るなあ。まためてくれちゃって。

 照れるなあ。手でも振ってあげた方がいいかな?


「アスラ、後ろじゃ! 後ろを見よ」

「アスラ様! まだ終わってはおりませぬぞ!」

「えっ!?」


 


 げげげ、何、こいつ?

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