第21話 鰻なう(前から読んでも後ろから読んでも「うなぎなう」) ☆☆☆

 実は実は、


 鰻が獲れるのは比較的暖かい地方の、主に海に近い川なので、この北の果ての極寒の海では入手は無理。

 良質の鰻が生息する河口の座標はわかっているので、転移魔法を使えば、ちょっと遠いけど私一人だし、すぐに行って帰って来ることは可能だオマエだけじゃ!



 さて、まず最初の河口に着いたもうかい! ちょっと安易かな~?

 水も綺麗だし、ここで小型のエビやカニ、シャコとかを食べて育ったものなら、しばらく真水に入れて泥を吐かせなくても、十分にそのまま使えるぞ。

 どこにいるかな、鰻、うーなーぎ、ウーナギ君。


 本当は、一匹一匹ちゃんと釣り上げたいところなんだけど、鰻は嗅覚きゅうかくが鋭いから生餌と疑似餌ぎじえの違いをぎ分けるらしくって、ルアーでは難しいんだよ。

 かといってえさを集めたりする時間はないし、今日は料理に必要な数も多い。

 それに、鰻は基本的に夜行性だから、釣れるのは主に日没から2時間程度だって聞くし、だとすると今は時間帯も悪い。

 まあつまり、悪条件が重なってるわけで、だから魔法を使う。


 でも、食材集めに魔法とか、本当は反則ズルだから、良い子はくれぐれも真似しちゃダメだお!

 え、私?

 ウルサイなあ。私のことは構わないで下さい。

 どうせ「良い子」じゃないし、そんなモノになる気もないから。


 それで、魔法でどうするかっていうと、感知の能力で居場所を知りつまり、ウナギに特徴的な生命反応を探知!、亜空間収納から取り出した広口の大鍋に張った水の中に的に転移させるのだ。


 感知を働かせるてみると、お、早速いたぞ、1匹目。

 逃げるなよお、鰻くん。美味しい料理にしてあげるからねえ恩着せがましく言っても、鰻にとっては迷惑…… よし、強制転移成功! ということで、まず1匹目を確保。

 おお、背中が深緑色でお腹が真っ白の「アオ」旧文化の「二ホン」、特に江戸(エド)ではそう言ったとかじゃありませんか!

 幸先いいなあ。さあ、次いってみようか。



 そんなこんなで、この河口でのめぼしい鰻くんはあらかた捕まえた。

 では次の川へ転移。

 なにしろ料理を出すべき人数が多いので、目先を変える珍味として1人前は少なめに出すとしても、結構な数が必要だ。

 100人に対して目標50匹。

 よし! ここでの1匹目を捕まえたあ。



 これを何度か繰り返し、わりと短時間で数が揃った。

 まあね、食用にする人がほとんどいないから、たくさん生息してるよね。

 ということで、ティアお婆さんの館へ転移で帰還!


 厨房に入る時は、ちゃんと服を着替えて手を洗いましょう。

 …… なんだけど、私にはシャワーを浴びたり、お風呂に入ったりしなくても身体がきれいになる清浄の魔法があるから、一瞬でスッキリ清潔になるのだ。

 旅に出てテントで寝たり、お風呂の無い宿しか見つからない時、この魔法はとても役に立つ。

  と違って正真正銘の「乙女」なので、常に身だしなみは大切でしょう。まあ、気分の問題があるから使える時はシャワーを使い、入れる時はお風呂に入ってリラックスしますけど。


 各担当の進行振りは、うん、順調順調。

 必要な味見をしてみても、うん、まずまずの出来。


 さて鰻だ。

 例の竜人さんに、味噌の上澄みを貯蔵庫にある分も必要なだけ集めてし、「じゃぱにーず・サケ」を適量入れて軽く煮た後、室温で冷ましておくように指示をしておいたのだ。

 これを溜まり醤油の代わりとして「タタキ」のソースに使ったわけだが、鰻の「タレ」用には更にこれにサケと砂糖を足して甘めにし、鰻を蒸した時に出た汁と、骨を軽くあぶって、それらで「ダシ」を取り、それらを加えて煮詰めるつもり。


 はい、ここ、重要なポイントです!


 


 創業以来使っては継ぎ足した「秘伝のタレ」なんてものがあれば最高なんだけど、さすがにそれは最初から期待してない。

 「じゃぱにーず・サケ」があっただけでもめっけもの。これも自家製らしい。ということは、コメも作ってるってことか。

 聞いてみると杜氏とうじさんもいるらしい。つくづく驚かされる。


 鰻だけは私がさばかねばなるまい。

 軽く真水で洗って、まな板の上に背を手前にして寝かせ、目釘を打つ。

 それから中骨の上を鋭利な包丁を滑らせるように一気にく。


 可哀そうだけど許してね。

 美味しく食べてあげるから。


 中骨と身の間に包丁を入れ中骨をがす。血合いをしごき、頭を落とす。

 ふふふ、ここまで約1分半。

 美味しい鰻を食べる日を夢見て、以前にしっかり練習したもんねえ。

 熟練の技ってところまではいかないだろうけど、自分なりにそこそこいい感じ。


 ここからは私が見本を見せながら、手の空いた他の厨士さんたちにも手伝ってもらって、焼きと蒸しにかかる。


 ひと口大に切った鰻に串を打ち、まず5分ほど素焼きにする。串はさすがに竹串や木串はないので、バーべキュー用の鉄串で代用。

 「ビンチョウ炭」があれば理想だけど、さすがにこれもないのでバーベキュー用の炭を使う。

 でもこれは良質の炭だ。表面がちょっと白っぽい色で、硬くって、打ち合わせるとカチンカチンと耳に心地よい音がする。

 火を入れてみると真っ赤になり、火力が強くて安定している。


 焼き終わったら蒸す。

 大型のスチーマー蒸し器ですねがあるので、それを使う。

 「カントー風」と「カンサイ風」っていうのがあって、「カントー」はしっかり蒸しを効かせて、「カンサイ」は蒸さないらしいけど、私は「カントー」風の方が身がふっくらして、皮が有るのに無いみたいにトロっとなって好みなので、こっちでいきましょう。

 それに天然鰻は皮が固いので、しっかり蒸した方がお勧め。

 もっとも、旧文明では養殖も盛んだったらしいけど、今は養殖鰻なんていないんですが。


 ここからは屋外で、お客さんたちの見ている前での仕事だ。

 鰻は「匂いも食べさせる」って言ってたらしいから、やっぱり皆にいい匂いの届く所で焼いて見せないとねえ。

 バーベキューコンロを庭に持ち出して、各テーブル近くの良さそうな場所で、蒸し終わった鰻にタレをつけて再び炭火で焼く。

 もちろん魚料理を出すタイミングに合わせて、これを行うのだ。

 厨房に戻って来るお皿を見たが、今までのところ食べ残しもほとんどなく、みんな喜んでくれてるみたい。

 ここで満を持して、鰻くんの蒲焼の登場といこう。


 で、タレだが、例の竜人さんが意外といい仕事をしてくれた。

 甘辛さもちょうど良くて、煮詰め方もやり過ぎてどろどろでもなく、薄過ぎもせずに、ほど良い加減だ。

 即席溜り醤油の時もそうだったけど、コイツ、その気になればヤルじゃないか。

 味覚もしっかりしてるみたい。

 鰻の骨を焼いてのダシの取り方、加えるサケや砂糖の分量、煮詰め方の加減など、最初に少し教えておいただけなのに、横目で見てると手際もいいし、調味料の分量も指示をきちんと守って適切。

 私は最後に味見をして確認をするだけでよかった。

 後で嬉し泣きしない程度にめておこう。


 おっ! 鰻の余分な脂が真っ赤な炭の上に落ちて、いい感じで「ジュウジュウ」いって、香ばしい匂いが上ってきましたよぉ。

 やっぱ鰻は炭で焼かないとねえ。この煙が焼いている身にいい匂いをつけてくれるんだよ。

 その煙を、ウチワは無いので厚紙とかで代用して、良さそうな方向に適度にパタパタはたく。パタパタしないと煙が多すぎて鰻の焼け具合が見えなくなるし、お客さんに匂いが届かないでしょ。


 ほど良いところで再びタレを付け、そしてまた焼く。

 これを5回ほど繰り返して出来上がり。

 山椒サンショウはもちろん無いので、代わりに白胡椒をぱらっとね。

 適当な厚さに輪切りにしたサーモンのパイ包みに添えて、さあ召し上がれ。

 きもは軽く塩をふって焼いて、別皿で出して、好奇心の強い人に食べてもらおう。


 この料理は、名付けて「鰻なう」

 


 鰻は夏が旬だって言うけど、あれは大昔の(江戸時代? エロ時代? 変な名前!)鰻屋さんたちの販売促進に関係する別の理由があるらしくって、味はかえって夏よりも今ぐらいの季節の方が脂が乗って美味しいんだよね。

 で、今の季節に食べるから「うなぎ

 え? 「蒲焼」じゃないかって?

 いいじゃない、面白い名前の方が。


 厨房に戻ってトナカイのステーキの仕上がり具合を見届ける。

 うんうん、焼け具合もいいし、ソースとジャムの組み合わせの味も上々。

 それに、なんと言っても、いいタイミングでテーブルに出せそうだ。

 メイドさんや給仕の人たちに皿を持って行ってもらって、私の仕事はやっと一通り終了。


 ふう。味見やら、匂いやら、料理をしながらまみ食いしたりでお腹いっぱい。

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