第26話:必死


「う、ん……」

鼻先をくすぐる風に顔をしかめ、マジルが意識を取り戻した。

「あれ、俺……?」

 起き上がったマジルは、何やら自分の服を引っ張る物を感じた。

「そうだ、俺、刺されて……ん?」

 短剣の柄に手を掛け、口をへの字に曲げたマジル。どうした事か、短剣にも自分の服にもどこにも、血が付いていなかった。

「……ふう。じゃあ俺、さっきは首を絞められたので気を失ったのか……」

 安堵の息を吐いて独り言ちたマジルが服から短剣を引き抜くと、地面にゴトリと落ちる物が有った。

「あ……」

 思わず声を漏らし、マジルはそれに手を伸ばした。

 木をくり抜いて掘られた、星の形のアクセサリー。

「お前が、守ってくれたのか」

 それは、十年も前にミモリに渡され、マジルがずっと肌身離さず持ち続けて来た物だった。

「――そうだ、ミモリ、ミモリは?!」

 自分の身の状態を把握して、途端にマジルは慌ててミモリの姿を探して周りを見回した。

 そこで初めて、自分が馬車と一緒に、木の枝や根っこ、草花で作られたドームの中に居る事を認めた。

「何だこれ?」

 馬車の影を覗き込んだマジルは漸く、そこにミモリの姿を見付けた。

「……ミモリ?」

 しかしマジルの心の中で、喜びよりも、疑問の方が勝ってしまった。

 仰向けに横たわるミモリの綺麗な金髪が、すっかり黒く変色してしまっていたからだ。

「いやそれよりも!」

 誰に言うとも無く叫んだマジルは、ミモリの傍に膝をついてその手を取った。

 しかし、その手からは、生気は感じられなかった。

「――ミモリ!」


 ――マジル君、マジル君!


 ミモリの手を握る手に力を籠めた時、マジルの耳に聞き慣れない、しかしずっと聞いて来た様な声が聞こえて来た。


 ――マジル君! ……やっぱり、聞こえないかな……。


「誰だ?!」

 マジルが反応すると、二人の周りを風が吹き回った。


 ――あ、マジル君?! 聞こえるの?!


「ああ、聞こえてる! 若しかして、ミモリが言っていた『風』か?!」


 ――そうだよ、僕だよ! 僕と話せる様になったんだね、マジル君!


「俺も喜びたい処だけど、ミモリが、ミモリが!」


 ――それだけど、まだ間に合うかも知れない! そのまま、ミモリちゃんの体に話し掛けてみて!


「ミモリの体に?!」


 ――良いからやってみて! 手遅れになる前に!


 風に言われ、マジルはミモリがそうしていた様に目を閉じてミモリの身体に呼び掛けた。

「ミモリの身体、聞こえるかっ! 聞こえたら、返事してくれ!」


 ――……んんっ。


 反応が有った。それは微かではあったけれど、マジルは喜びに思わず目を見開いた。

「反応が有った!」

 そう叫んで覗き込んで見てみたけれど、ミモリはまだ目を開かない。

『良かった! じゃあ、自分の中の生気を送り込む様なイメージをしてみて!』

「分かった! 生気だな!」

 マジルはその態勢のままでもう一度目を閉じて、握る手に力を籠める。

『ミモリちゃんなら、少し力を送れば何倍にも増幅出来る筈だから……』

「やってみる!」

 ――ミモリの身体、足りるか分からないけど、必要な分俺の生気を使って良いから、どうにか!

 今教わった事を必死にやろうとしているマジルの目尻から、涙が筋になって流れ始めた。

 そして……。

『マジル君! 見て! ミモリちゃんの髪が!』

 興奮した風の声に目を開けたマジルは、黒く変色していたミモリの髪が、根元の方から少しずつ元の綺麗な金色に変わって行くのを見た。

「これは……」

『やった、成功だよ!』

 驚きに戸惑うマジルの周りで、風が小躍りしながら喜びの声を上げた。

 マジルが握るミモリの手の指が、ピクリと動いた。

「ミモリ!」

「……あ、マジルくん、私……?」

 辺りを見回したミモリの視界は、木々の枝や根っこ、草花で作られたドームに遮られた。

『ミモリちゃん! 良かった!』

「風さん、これは? 私?」

 身じろぎながら上半身を起こしたミモリはそれでも周りを見ながら風に問い掛けた。

『うん、マジル君が殺されたと思ってミモリちゃんが力を暴走させちゃったけど、その力でマジル君を守る為にこのドームが出来たんだ』

「そうだ、マジル君、何で生きてっ?!」

「ああ、これに助けられたよ。憶えているか?」

 そう言ってマジルはミモリの手を離し、懐から短剣の痕が付いた星の形のアクセサリーを取り出して、ミモリの目の前にぶら下げた。

「……これ、私が昔あげたやつ? ずっと、持っていてくれたの?

「ああ。これ、本当にお守りだったな」

 マジルはそう言って、空いた方の手で鼻を擦った。

「もう、バカ。……あれ? でもどうして私生きているの? 死ぬんじゃなかったっけ」

 ミモリは改めて自分の身体を見回したが、何処にも変化が有る様には見えなかった。

『危ない処だったんだよ。マジル君が助けてくれたんだけど、もう少し遅かったら間に合わなかったと思う』

「そうなんだ! 俺にもミモリが助けられて、本当に良かった」

「ちょっと待って!」

 目を見開いたミモリは、次の瞬間大声を出した。

「マジル君、風さんの声が聞こえるの?」

 ミモリはマジルの顔を見て訊いた。

 自分の話に続けたとしたら、マジルの言葉は整合性が取れないからだ。

「ああ、何でか俺にも聞こえる様になってな」

「そうなんだね。理由は分からないけど、ありがとう、マジル君」

 今度はミモリからマジルの手を取って、お礼をした。

『それなんだけどね。何か、ミモリちゃんの暴走でこの洞窟が壊れて、中に詰まっていた力とかが、世界中に拡散したみたいなんだ』

「世界中に?」

『うん。それでこれは僕の推測なんだけど、近くに居たマジル君が直ぐに力を使える様になったんじゃないかな』

「そうなんだ」と洞窟の方を見たミモリは、天井の落盤により丘ごと崩れ落ちているのを確認した。

「木々さん、ドームをありがとう」

 ミモリが言うと、その耳に『間に合って良かった』と木々の声が聞こえ、ドームは萎れて崩れた。

 視界が開けたミモリとマジルは、自分達のいる場所を残して大規模ながけ崩れが起きていた事を知った。

「これ……。じゃあ、王様やその周りにいた人達は……」

『大丈夫。浚われて落ちて行った皆はワシが一度弾ませて――』

『――ワタクシが優しく受け止めてあげましたわ』

 思わず口を覆っていたミモリに、木々と大地は、優しく声を掛ける。

「そうなんだ。ありがとう、木々さん、大地さん」

 強張っていた表情を解きながら、ミモリは心からのお礼を言った。

 しかし、その横のマジルは首を捻った。

「今、その木々と大地と話していたのか? 俺には声が聞こえなかったけど」

『じゃあ、人によって話せる精霊が違うのかもね。ミモリちゃんは元々の血筋だったから皆と話せるけど』

「なるほどな。ミモリ、俺からのお礼も伝えておいてくれるか?」

「ふふっ、分かったわ!」

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