第25話:洞窟の外に


「……ねえ、風さん」

『何かな、ミモリちゃん』

 ドーム状の部屋を出て、来た道を戻り始めたミモリは、再び風に話し掛けた。

「さっき私が暴走しちゃった時、ハヤト君が止めてくれていなかったら、ここが壊れちゃっていたら、どうなったのかな」

 真剣な顔をして訊ねるミモリ。

『んー、今までになった事が無いから分からないな』

 少し考えた後で、風はそう答えた。

『ここに集まっている力は拠り所を無くすから世界中に散らばると思うんだけど、それでどうなるかまでは……』

「うん、そうだよね。ごめんね、変な事を訊いて」

『元気ないよ、ミモリちゃん。ほら、胸を張って……、――あ、しまった!』

 ミモリの周りで吹き遊びながら慰めていた風が、突然真剣な声を上げた。

「どうしたの、風さん」

『さっき話していた王様が、お供の騎馬隊を引き連れて、凄い勢いでこっちに向かっている!』

 その言葉に、ミモリは顔色を蒼白に変えた。

「うそっ! じゃあ早く戻らないと、マジル君――」

『うん! 急ごう! 僕が後押しするよ!』

「お願い!」

 洞窟の入り口に戻る足を速めたミモリの背中を、風は危なくならない程度に押した。



「マジル君っ!」

 行きに六時間かかった道を半分の三時間で駆け戻ったミモリは、そこで待っているはずの幼馴染の名前を呼んだ。

「おかえり」

「えっ?!」

 しかし、それに返って来たのは、ミモリが今まで聞いた事が無い男の声だった。

「ふんっ、こんな小娘がそうなのか?」

 豪華な甲冑とマントを纏う馬上の男が、直ぐ横に控える貧相な格好の男に訊ねた。

「はい、間違いありません。前に不思議な力を使っているのを見た事が有りますし、我々を拒んだこの洞窟から出て来たのが、その証拠でしょう。へへっ」

 下卑た笑いを見せながら、男は言った。

 ミモリはその男をねめつけた。その顔には見覚えが有った。以前、ミモリが追い出された町に住んでいた男だ。

「――っ、マジル君、マジル君はっ?!」

 それよりも、と我に返ったミモリは、名前を叫びながら辺りを見回した。

 二人が乗って来た馬車には、その姿は無い。

「お探しの者は、こちらかな?」

 馬上の男が言うと、後ろに控えていた甲冑の男が、マジルの身体を捕えながら前に出て来た。

「マジル君っ!」

「ミモリ……ごめん……」

 首元を太い腕に押さえられた苦しみに顔を歪めながら、謝罪するマジル。

「ううん、マジル君は悪く無い! ……貴方が王様ね! 何でこんな事をするの?!」

 ミモリは馬上の男――ウルク王に指を突き付けて叫んだ。

「ふん、決まっておろう。お前だけが持つ力を手に入れ、隣国を手に入れる為よ。さあ、こ奴を離して欲しくば、ついて参れ」

 目を見開いて蓄えた顎髭を撫でながら、ミモリを見下ろしクククと不敵に笑うウルク王。

「そんなっ! 私にそこまでの力は無いのっ! マジル君を離してっ!」

「何を言っておる、そんな訳が無かろう。人の怪我を直したり、苗木を一気に成長させる処をみた者が居るのだぞ」

「違うの! 力を使い過ぎそうになると気を失っちゃうから、それ位の事しか出来ないの! だから、マジル君をっ!」

「戯言を。さあ、ついて来るのだ。さもなくば……」

 途中で言葉を含めたウルク王は、二本提げている腰の鞘から短剣を抜き出し、マジルの胸元に当てた。

「ダメっ、やめてっ! 私がついて行くから!」

 瞳に涙を浮かべながら、訴えるミモリ。

「やめろ、ミモリ……。思い通りに行かないと分かったら、お前が殺される……うっ」

「うるさい」

 ミモリを思い言葉を絞ったマジルは、ウルク王が一言で制すると共に、首元を更に締め上げられた。

「やだ! そんなにしたら、マジル君がっ!」

「ええい、五月蠅いっ!」

「グウッ!」

 甲冑の男の腕の中で唸り声を上げ、マジルはダラリと頭を投げ出した。

「あっ、あっ……」

 押さえられたミモリの口から、声にならない声が上がった。

 マジルの胸元に、ウルク王の短剣が突き立っている。

「ふん、手が滑ったわ。まあよい、もうそいつに用は無い。捨て置け」

 ウルク王の言葉を受け、甲冑の男がマジルの身体を放り投げる。

 解放されたそれは腕を地面に打ち付け、仰向けに地面に転がった。

「いや! マジル君っ!」

「止むを得んな。――連れて行け」

「はっ!」

 マジルの下に駆け寄ったミモリを、王の命を受けた二人の兵が遮った。

「だめっ、このままじゃマジル君がっ!」

「良いから来い!」

 そして尚もマジルの下に向かおうとするミモリを、二人掛かりで引き摺った。

「いやあああああああああ!!!!!」

 ミモリは引き摺られながらも、ただマジルを助けたいと、涙をぼたぼたと零しながら髪を振り乱した。


 ……プツン――。

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