第24話:そして、別れ


「何でっ?!」

『言ったでしょ、世界の全ての記憶や意識だって。今ミモリちゃんが会いたいと思った人が、具現化されたんだよ』

「ミモリちゃん、元気そうで良かったわ」

「うん、どうしているか、それが心残りだったの。良かったわ、こう云う形でも、会う事が出来て」

 ミモリが五年以上過ごしたその村も、お遣いを任されて離れている隙に、滅んでいたのだ。

「……ねえ、風さん」

『何だい、ミモリちゃん』

 感情を噛み殺しながら訊ねたミモリに、風は優しく訊き返した。

「思ったんだけど、風さんって、何処にでも居るんだよね?」

『うん、そうだよ』

「……だったら、二つの村を滅ぼした人、知っている?」

『知っているけど……』

「この前ヤマトさんが言っていた話は、本当なの?! 教えて!」

『……うん。どっちの村も……』

「——っ!」

 ミモリの、殺し切れなかった感情が弾けた。部屋の中の、空気が揺らぎ、像が乱れた。

『落ち着いて、ミモリちゃん! 力が暴走してる! このままじゃここが、――それどころか、君が危ないよ!』

「落ち着けないよ! だって! 私! ずっと火事とか何かだと思っていて! それなら、悲しいけど仕方無いかなって! でも! でもっ!」

 洞窟自体が振動を始め、幾つかのつらら石が折れて地面にぶつかり、砕け散った。

「ああ! ああっ!」

『ミモリちゃん!』

「ミモリッ! 落ち着けって!」

 今まで沈黙を守っていたハヤトが叫んだ。

 ミモリの身体がビクッと震え、洞窟の振動が止まった。

「……ハヤト、君……」

 顔を上げたミモリは、自分を優しい目で見詰めるハヤトと目が合った。

「久し振りだな、ミモリ。……って言うのも不思議な感覚だけど、綺麗になったね」

「……ハヤト君、私、私……」

「こらこら、泣くなって。大きくなっても泣き虫なのは変わらないな」

 そう言ったハヤトの手がミモリの頭に向かって伸びたが、そこに触れる物は何も無かった。

 ハヤトは溜め息を吐く様に苦笑いをした。

「私、だって、ハヤト君と……」

「ミモリ? 今、お前を大事にしてくれる人は居ないのか?」

 そう言われたミモリの頭には、直ぐに入り口で待っているマジルの顔が浮かんだ。

「……居る」

 ミモリが声を絞り出すと、目の前の五人はウンウンと頷いた。

「じゃあ、……俺達を無理に忘れろとは言わないけど、その人達を大切にしろよ。思っていてくれるのは嬉しいけど、それよりも、ミモリが幸せになる方が嬉しい」

「……うん。ありがとう、ハヤト君……」

 立ち上がったミモリは、涙を拭ってハヤトの目を真っ直ぐに見た。

「よし、それでこそミモリだ。……と、さっきから声が聞こえていたけど、風?」

『何かな、ハヤト君』

「あ、やっぱりそうなんだ。色々お世話になっていたけど、こうして話せるのは初めてだな」

『そうだね。改めて、はじめまして!』

「ああ、はじめまして! ……それでさっきの事だけど、もしここが壊れる程にミモリの力が暴走していたら、どうなっていたんだ?」

 ハヤトが訊くと、風は更に『そうだね』と続けた。

『さっきの感じの暴走が続いてここが壊れる程になったら、ミモリちゃんはまず助からないね』

「そこまでの事、私の力ではとても出来ないわ!」

 その風の答えに口を出したのは、ミモリの生みの親であるミノリだった。

『うん、今までで一番の力を持っていたミノリちゃんでも、無理だっただろうね』

「じゃあ、そこ迄は……」

『……ううん、最近『もしかしたら』と思っていたのがさっきので確信に変わったけど、暴走してリミッターが外れたたミモリちゃんなら、そこまで行っちゃうんだ。ハッキリとした理由は分からないけど、多分、今までで一番の力の持ち主のミノリちゃんから幼い時に役割を受け継いで、歴代の誰よりも必要に駆られて力を使って来たから、自然に器がそれ程までに大きく成長したんじゃ無いかな』

「……成る程ね」

 ミモリは納得した様に頷いた。思い当たる節が有ったからだ。

 力を使い過ぎない様にするリミッターからか一定の力を一度に使うと気を失いうのは変わらなかったけれど、使える回数は段違いに増えて来ていたのだ。

「でも一つ気になるのだけれど、私、お母さんから役目を継いだ記憶は……」

『それはね――』

「貴女を逃がす直前に、私の力をあなたの中に送り込んだの」

 風の言葉を遮って、ミノリが説明した。

「そうだったんだ」

 これにもミモリは直ぐに思い至った。何度も夢に見る、ミノリの死の間際のシーン。

 いつまでも自分の手を離さないミモリを、『逃げて!』と叫んでミノリが突き飛ばした時。

 何かが自分の中に入って来る感覚を味わっていた。

『そうだよ。だから僕達はその力を媒介にして、独りぼっちで泣いている君に声を掛ける事が出来たんだ』

 ミノリと風のその話が、ミモリの胸を温めた。自分の中にはずっと、母親の想いが息づいていたのだと。

「ありがとう、お母さん。それに、皆もね」

 お礼を言ったミモリの耳には、ミノリの言葉の他に、今までずっと一緒に居た皆の「どういたしまして」という言葉が響いた。


『さ、ミモリちゃん。余り遅くなると、マジル君が心配するよ』

「うん、そうだよね……」

 数年振りの再会に、談笑に花を咲かせていたミモリは、風の呼び掛けに、寂しげに頷いた。

「ねえ皆、また来るからね!」

「ミモリ……」

 頑張って笑ったミモリに、五人とも、悲しげにつぶやいた。

「……お父さん、お母さん、タケルお父さん、サリナお母さん、それにハヤト君まで、どうしてそんな悲しそうな顔をするの? また会いに来るんだよ?」

「それなんだけどな、ミモリ。お前はもう、ここに来ない方が良い」

 不満気に訴えたミモリにそう言ったのは、ハヤトだった。

「そうよ、ミモリ。ここの事なら心配しないで。私とお父さんが念の為に遺しておいた機構のおかげで、これからずっと見回りに来なくても大丈夫だわ」

 落ち着いた声で言ったのは、ミノリ。

「そうだぞ。ここは心配せず、お前はお前の人生を全うしてくれ」

 マモリ。

「私達も、もう一度会えるなんて思っていなかったし、これだけでもう満足よ」

「うんうん。ありがとうございます、マモリさん、ミノリさん」

「あ、いえいえ。ミモリも会いたがっていましたし」

 ミモリに笑い掛けたサリナとタケルは、ミノリとマモリと頭を下げ合った。

「お父さん達、お母さん達……。でも私もっと、皆に会いたいの……」

 思わず俯いたミモリの顔を、膝を曲げたハヤトが下から覗き込んだ。

「ミモリ。その気持ちは嬉しいし俺達も分かっているけどさ、やっぱり、俺達はもう死んでいるんだ。お前はもう、前を向いて歩けるだろ?」

「でも……」

「それにさ、俺に会いに来ているって知ったら、その、マジル? ってやつも、ヤキモキするだろ?」

「……あっ。それは、そうかも……」

 ハヤトに言われて、ここまで一緒に来たマジルの顔が再びミモリの脳裏に浮かんだ。

 ミモリの顔を覗き込んだまま、ニッと歯を出してハヤトが笑う。

「なっ。今のお前と一緒に歩けるのは俺じゃないんだ。そいつを大事にしてやれよ」

「うん。ありがとう、ハヤト君。そうするね」

 ハヤトに言われて、ミモリは漸く憑き物が落ちた様な晴れ晴れとした顔を見せた。

「会いには来ないけど、私、皆の事忘れないから!」

「ああ。頑張ってな!」

「ミモリ、マミさんによろしくね!」

「分かった! 皆ありがとう! じゃあね!」

 ――ミモリが力を抜くと、五人の影は光に飲まれ、消えて行った。

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