第22話:到着


 そうした旅を十日も続けた頃、二人を乗せた馬車は、目的の村に着いた。


「着いたぞ……」

「ありがと……っ! ……ここっ」

 荷台から降りたミモリは思わず息を呑み、目を逸らしたくなった。

 火災に見舞われて十年間放置されていた、かつて自分が生まれ育った村は、幾つかの柱や家の跡を残して、見る影も無くなっていた。

 場所を間違えてやいないかとミモリは見渡してみたが、高台に在って見晴らしが良く、遠方に山々が霞んで見える、間違い無く記憶にある風景だった。

「……それで、ミモリ。目的の場所は、ここからどう行けば?」

 マジルは後悔していた。この村自体が目的では無いのだから、予め訊いておいて、直接向かえば良かったと。

 そうすれば、今は自分が操車していたのだから、ミモリに村の子の姿を見せずに済んだのにと。そこに至らなかった不甲斐無い自分を思い、自然に、手を強く握っていた。

「……うん、訊いてみるね」

 マジルにボソリと返し、ミモリは目を閉じて意識を集中させた。


 ――村に着いたけど、何処に行けば良い?

『……お疲れ様。この村の西、山の方に行くと、崖になった処に入口が簡単に飾られた洞窟が有るから、そこに来て』

 ――うん。行くね。

『そこに入れるのは、君だけだから、マジル君には待っていて貰う事になるから、伝えておいてね』

 ――分かった、そうしておく。

『それと、……ごめんね、ミモリちゃん』

 ――どうしたの?

『先に伝えておけば、君にこんな思いをさせずに済んだのに……』

 ――……ありがとう、風さん。……ふふっ。

『? どうしたの、ミモリちゃん?』

 ――何か、可笑しくなっちゃって。多分今、マジル君も同じ事を考えてくれているから。

『ああ、そうかもね。じゃあ、彼を余り待たせてもいけないから、また後でね』

 ――うん、また。


「山の方に行った、崖になっている所に在る洞窟だって」

「そ、そうか」

 目を開けた途端喋り始めたミモリに、マジルは面食らった。

 無理も無い。

 傍から見れば、暫く目を閉じていたミモリが口許を緩めたかと思うと、突然目を開けて喋り出したのだから。

「改めて見ると、不思議な感じだな」

 苦笑いをするマジルに、ミモリは笑い掛けた。

「やっぱりそう思う? 私としては、風さんと話していてって云う自然な流れなんだけどね」

「こっちからは、全く分からなかったからな。関係有るかは分からないけど、ちょっと風が吹いたかな、くらい」

 マジルはその風の軌道を手で追ってみせた。

「そうなの? 風さん、あれで寂しがりだから、マジル君と遊びたかったのかな」

「へえ、俺も話が出来たら良いのにな」

 ――だって、風さん。

 ミモリが心の中で話し掛けると、マジルの周りを楽し気な風が吹いた。

「お、おう。……ミモリ? 嬉しいけど、力の無駄遣いはやめとけ?」

 口ではそう言いながらも、マジルは満更でも無い顔をしている。

「うん、今回だけ。この先、何が有るか分からないしね」

「そうだぞ、温存しておけ」

とは言いながらも、残念そうな顔を隠し切れていないマジル。

「……と、遅くなってもいけないから、行こうか。山の方の洞窟だっけ?」

「うん」

 マジルの誤魔化し交じりの確認に、ミモリは笑って頷いた。

「それなら歩いて行けると思うけど、どうする?」

「あ、風さんが言っていたんだけどね。洞窟には私しか入れないから、マジル君には外で待っていて貰う事になるんだって」

「じゃあ、馬車で行こうか」

 そうとなったら決断の早い、マジルであった。


「あ、あれじゃない?」

 二人で並んで御者台に座って山裾を北上していると、ミモリが前方を指差した。

 緩やかな山の中、坂が険しくなった所の一部が少し切り立った崖の様になっており、そこにポッカリと口を開けた洞窟が有った。

 その入り口の両側には、四角に削られた石柱が立っている。

 マジルが馬車を洞窟の横に停め、二人揃って入口の前に立った。

「何て言うか、明らかに何か有りますって云う空気を出してるよな」

「うん……」

 外から見る洞窟の中は、空気が歪んでいる様に見えた。

「行くのか? ……って、聞く迄も無いよな。この為に来たんだし」

「大丈夫だよ、私には、皆がついてくれているし。それに、風さんが私にここを教えてくれたんだから、きっと悪い事は無いと思うの」

 笑いながらガッツポーズを作って見せたミモリだが、内心では少し怯えてもいた。そうは言っても、何が有るのかは分からないのだから。

 実の両親の秘密。――それが、何なのか。

「そうだな。じゃあ、俺は馬車で待ってるから」

「うん、行って来るね」

 マジルに震える手を小さく振ったミモリは、洞窟へと足を踏み入れた――。

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