第19話:旅立ち


「本当にマジル君を借りて行って良いんですか? 仕事とか……」

 ミモリは、確認の為に改めてマミに訊ねた。

「ああ、うちの人も帰って来ているし、皆の許可は得ているから気にしないどくれ」

「皆さんに?」

「ああ、今朝仕事場に行って、『事情があってミモリが旅に出るかも知れないから』って言ったら、快諾してくれたよ。『ミモリちゃんを守ってやれ』ってさ」

「皆さん、そんな風に……」

 だ村に来て間も無い自分にそう言って貰えた事に、ミモリは安らぎさえ憶えた。それはタケルやサリナと一緒に暮らしていた時以来の感情だった。

「多分、あのちっこいタケルがコブ作って泣いてた時の対応が良かったんだろうな。皆、感心してたし」

「……そうなのかな」

「ああ、あの時に“ミモリが受け入れて貰えた”って思ったよ」

「……良いから、行こ」

 小さく呟いたミモリは、荷物を馬車の荷台に載せた。

「馬車まで用意してくれて、ありがとうございます」

 そして、マミの方に向き直って頭を下げる。

「いや、それも余計なお世話かと思ったんだけどね、徒歩じゃ大変だし、時間が掛かると思ってさ」

 確かに歩き回る事に慣れてしまっているミモリとしては、徒歩で、それも独りの方が気が楽では有った。しかし力の関係上 道中どうちゅう使い続ける事も出来ないので、或る程度の速さと安全性が担保される馬車を用意してくれていたのは嬉しかった。また、厄介事から自分を守ってくれるであろうマジルの存在も、勿論。

「でも、こんなに色々して貰って、ちょっと申し訳なく……」

「何言ってんだい!」

 ミモリが言い掛けた言葉を遮って、——少なくともミモリが再会して初めて——マミは声を荒げた。

 だが次の瞬間には、相好を崩してミモリを強く抱き締めた。

「あんたの事はもう娘同然に思っているんだからね。変な遠慮しないで、存分に頼っておくれよ。悲しいじゃないか」

「マミさん……。借りて行くね、馬車も、マジル君も」

 そしてミモリも、その胸に頭を預けた。

 その髪を、マミの手が優しく撫でた。

「……まあ、マジルは別に返さなくても……」

「母さん!」

「はははは、ま、気を付けて行って来な。お父さん達の事、何か分かると良いね」

「うん……」

 微かに頷いたミモリは、そのまま暫く、マミの温もりを満喫していた——。

 

「それじゃ、マミさん。行って来ます!」

 村の入り口、馬車の御者台に手綱を握るマジルと並んで座ったミモリは、見送りについて来たマミに元気な声で言った。

「うん、焦っちゃダメだよ。安全に。マジル! ミモリちゃんの事をちゃんと守るんだよ!」

「分かってるってば! さっきから母さんうるさい!」

 口許を尖らせながら叫んだマジルは、照れ隠しとばかりに手綱を操って馬を進ませた。

 お互いの姿が見えなくなるまで、マミとミモリは手を振り合った。


「全く、母さんは……」

 頬を膨らませ続けるマジルを、ミモリは可愛いと思っていた。

「頼りにしてるよ、マジル君」

「んー、まあ、いざとなったら力を使ったミモリの方が頼りになるとは思うけどな。出来れば、それは使わずに済む位には力になりたいと思ってるよ」

「うん、充分だよ。ありがとう」

「……いや……」

 口を横に開いてイシシと笑ったミモリの顔を横目に見たマジルは、慌てて顔を逸らし、進行方向を見据えて握る手綱に力を籠めた。



「そう言えばさ、マジル君、私を探しに来てくれていたんだよね」

 横目でチラとマジルの顔を見ながら、ミモリは訊ねた。

「ああ、そうだよ。……ったく、母さんの奴」

「何で? 嬉しかったよ?」

 悪態をつくマジルに、笑い掛けるミモリ。

「……なら良かったけど……」

 そんなミモリの顔を見て、マジルはボソッと呟いた。

「何日位掛かったの?」

「あー、直線距離で10日位だったかな。俺一人だったから、かなり馬を急がせてだけど」

「……ふーん、そんなに掛かるんだ。それを、何度も何度も……」

 噛み締める様に言いながら視線を移し、ミモリは流れ行く景色を追った。

「ま、まあな……」

「……私が、あそこに残っていたら……」

「え? なんて?」

「ううん、何でも無い! マジル君、地図有る?」

「ああ、ここに。……ほら」

「ありがとっ!」

 マジルが肩から掛けたポシェットから取り出した地図を受け取り、ミモリはそれを顔の高さに上げた。

「えーっと……」

「でも、動いてる時に見ると酔うぞ?」

「……もう遅い」

「ダメそうになったら止まるから言えよ?」

「うん、……ありがと」


 ——そんな2人を乗せて、馬車は太陽を背に受けての道を急いだ——。

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