第18話:出立の朝


 朝になって、ミモリがテーブルに就いて昨夜の内に纏めておいた荷物を見ながらお茶を飲んでいる時、玄関の扉がノックされた。

「よっ」

 扉を開けると、そこに立っていたのは、普段とは違う装いのマジル。

「おはよ。どうしたの?」

「行くんだろ、あの村に。小父さんや小母さんがしていた事を探りに」

 何か有ったのかと身構えながら訊いた自分の問いに、当然の様にマジルから返って来た言葉に、ミモリは目を見開いた。

「そうだけど、何でっ?」

「分かったかって? 何と無くだけど、小さい頃のミモリちゃんなら、そう言ったかなって」

「……あはっ」

 ミモリの顔が、真っ赤に染まる。

 近くの木の枝で唄う鳥達の声が、ミモリの頭に木霊した。


「でも、本当にマジル君を連れて行って良いんですか?」

 マジルの家の玄関先で、ミモリはマミに訊いた。父親であるヤマトは、既に仕事に言っている。

「ああ、連れて行っとくれよ。ミモリちゃんには不思議な力が有るから、ひょっとしたらお荷物になっちゃうかも知れないけどさ。女の1人旅よりは、余計な事に巻き込まれないだろうよ」

「お荷物ってなんだよ」

「そのまんまの意味だよ」

 マジルとマミのやり取りを聞くミモリの顔には、自然に笑いが込み上げている。

「まあまあ、この子はあの村までの道なら分かっているから、道案内ガイドだと思ってさ」

「え? 結構遠いと思うんだけど、なんで?」

 以前目にした地図を思い浮かべながらキョトンとしながら訊いたミモリの視線に、マジルは顔を逸らした。

 村々を転々として来たミモリは大分回り込んで漸くこの村に辿り着いたとは言え、直線距離にしたとしても簡単に行き来出来る様な距離では無い。

 その顔を更に覗き込むミモリと、更に逸らすマジル。

「この子ね、何度かあの村に行った事が有るんだよ」

「あの村に? なんで?」

「それがね……」

「母さん!」

 口を塞ごうとするマジルを押し退けながら、マミは「それがね」とにやけながらミモリの肩に手を置いた。

「ミモリちゃん、あんたが居るんじゃないかってさぁ」

「私?」

「ああ。村の焼け跡からミモリちゃんらしき遺体が見付からなかったからね。この村に来てからも希望が捨て切れなかったみたいで、何度も、何度も。近くの村も見て回ったみたいで」

「ちょっ」

「本当なの?」

 真っ直ぐ自分を見るミモリに問われ、マジルは観念した様に頷いた。

「でもマジル君、この村で再会した時も『久し振りだなっ』って、そんな心配していた様子、億尾にも……」

「そりゃ、男の子は恥ずかしがりだからねえ」

「……泣き出しそうだったのを、精一杯我慢したさ」

「そうだったんだね、ありがとう……。でもごめんね、私5、6年位、大分だいぶ南側に回り込んだ所にある村で拾って貰って暮らしていたから」

「いや、無事だったんだからそれで良いんだって」

 温かい気持ちで胸が満たされて行くのと同時に、ミモリの頭にはハヤトの顔がよぎっていた。今ではもう見る事が叶わない、結婚までも意識していた彼の顔が——。


 かぶりを振って瞬間的にとは言えそれを振り払ったミモリは、

「じゃあ、道案内は任せたよ、マジル君!」

と、ニカッと歯を出して笑った。

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