第17話:ミモリの決意


「今日はご馳走様でした! 10年振りに小父さんにも会えて嬉しかったです!」

 玄関の外で、ミモリはヤマトとマミに頭を下げた。

 陽がすっかり沈んだ世界には夜の帳が下りていて、夜の鳥と虫の合唱が、少し温もりの残った空気を冷ましている様だ。

「いやあ、こっちもだよ。それに、母さんの病気も直して貰ったし、礼を言うのはこっちだ。ありがとうよ」

 そう言ったヤマトはミモリの頭を撫でた。

 小さい頃に良く撫でて貰った時と変わらないその感触に、ミモリは何だかこそばゆくなって目を細めた。

「片付けも手伝って貰っちゃったしね。マジル、ちゃんとお家まで送るんだよ」

 マミはミモリを抱き締め、隣に立つ息子に言った。

「送ったら、直ぐに帰って来る事。良いね?」

「何だよ、それっ!」

 赤くなった頬を掻きながら言ったマジルに、思わずミモリの頬も緩む。

「じゃあ、小父さん、小母さん、また明日!」

「……ミモリちゃん、変な事を考えちゃダメだよ」

 自分に手を振ったミモリに、マミは真剣な顔で言ったが、ミモリは「変な事って、何ですかそれぇ」と、笑って流した。


 家に帰ったミモリは、今日も大きな窓から夜空を見上げた。

 空気が澄んでいるのか、星が綺麗に瞬いている。

 マジルはミモリの家に着いた途端、「じゃあ」と言って、直ぐに帰って行った。

 マミの言葉を妙に意識してしまっているマジルが、ミモリには何だか可愛く思えた。

「……お父さんもお母さんも、何をしていたの?」

 思わず、ボソリと口から洩れる。

 ——と、その時。


『ミモリちゃん? 聞こえる?』


「風さん? どうしたの?!」

 不意に聞こえた風の声に、ミモリは思わず声を荒げた。

 それも無理からぬ事かも知れない。自分から呼び掛ける前に声を掛けて来たのは、初めて出会った時以来の事だったのだから。


『君のお父さんとお母さんの事なんだけど……』


「聞いていたの?」

 夜空を見上げたまま、ミモリは訊ねた。

 この声の主は、どこにでも居る。


『うん、初めて会った頃からいつも言ってるでしょ、いつも君の周りにいるって』


「……そっか、そうだよね。ううん、それは良いんだけど、風さんは知っているの? 私の両親の事」

 続けて訪ねたミモリは、周りの空気が暖かくなった様に感じた。


『勿論だよ。皆、君のお父さんとお母さんにはお世話になったからね。本当は、君も……いや、これは今更だね』


「ねえ、お父さんとお母さんは、何をしていたの? 私、子供過ぎて何も分かって無くて」

 “お世話に”とは、どう云う事なのか。

 ミモリの、幼い頃に分かれた両親への関心は更に高まって行く。


『それは僕が今伝えるよりも、実際に行った方が分かり易いとは思うけど……。行くかい?』


「行くって、何処へ?」


『君が生まれた村へ、さ』


「あの村に……」

 風の言葉に、ミモリは身を縮こまらせた。

 “あの村”とは詰まり、母親が死ぬ処を目撃した村。

 そして、今になっても、火煙ひけむりが上がるその光景を夢に見てしまう村。


『正確には、その村の近くに有る、君の両親が護っていた場所、だけれどね』


「お父さんとお母さんが、護っていた、場所……。行く。今更かも知れないけど、やっぱり私、知りたい」

 ——明日にでも出発したい。

 それは既に、ミモリの決意になっていた。


『うん、じゃあ行こう。道中は、僕達が全力でサポートするからね。いつでも僕達が力を出せる位には——』


「分かってる。力を出せる位には、余裕を持った旅をするよ」


『それが分かっているなら、安心だな。じゃあ、お話はここまでにしておくよ。こうして話すのだけでも、君の体力を使ってしまうからね』


「……うん。ありがとう風さん」


『じゃあ、良い旅を』


 風がそう言うと、周りから気配が消えた。

 温もりは、少しだけ残っている。


「お父さん、お母さん……」


 窓の外のどこまでも果てしなく続く夜空を見上げながら、ミモリは再び呟いた——。

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