第9話:ミモリの歩んできた道・5/ハヤト


 この村には、ミモリと同年代の男の子が一人居た。


「ミモリちゃーん! 遊びに行こう!」


 ある日の昼下がり。

 その少年、ハヤトの声が、玄関の扉の向こうから聞こえて来る。


「ねえ、お母さん。……ハヤト君が遊びの誘いに来たけど、行ってきて良い?」


 あれから5年が経ち11歳になっていたミモリは、2人目の母親であるサリナにおずおずと訊ねた。


「あら、そうなの? 貴方たち、ずっと仲が良いわね!」

「べ、別にそんなんじゃ!」


 ミモリが顔を赤くしながら言うと、サリナは「あらあら」と優しく笑った後、

「暗くなるといけないから、あんまり遅くならない様にね。あと、危ない場所には近寄らない様に」

と伝えた。


「わ、ありがとう、お母さん! じゃあ行ってきます!」


 玄関に駆けて行ったミモリは、その時間さえももどかし気に急いで靴を履き、玄関の扉を開けた。


「お待たせ、ハヤト君!」

「じゃあ、行こうぜ! 谷の上の花畑で良いか?」

「うん! 今頃は綺麗に咲いているだろうね!」


 そう言って、2人並んで歩き出した。

 時々不意に、手が触れてしまう距離。

 さっきはサリナに揶揄からかわれ赤面しながら否定したが、このまま行けばその内にハヤトと夫婦めおとになるのだろうなと、ミモリはボンヤリと思っていた。

 そしてそれは、ハヤトにとっても同じだった。


「あっ」


 無意識に揺らした手が触れ、ミモリは無意識に声を上げていた。


「何だよ」


 その反応に怒るでも無く、ハヤトはそう言ってミモリを見た。


「あ、いや、いきなり手が触れたから、つい……」


 ミモリはそう言うとハヤトからその手に視線を移し、もう一方の手で手の甲の触れた部分を撫でた。

 


「……えっ? ハヤト君?! どうしたの?!」


 ミモリの素っ頓狂な声が、晴れ渡った空に響く。

 自分の手を引っ張って、ハヤトが足早に歩き始めたからだ。

 足元が覚束無くなり、何度も転びそうになってしまう。


「これなら、いきなり触れてビックリする事は無いだろ」

「そ、そうかも知れないけど、早いよ! 私、転んじゃいそう!」


 その言葉にハッとしたハヤトは、その足を緩めた。


「わ、悪い……」


 そう言って離された手を、今度はミモリが自分から握りに行った。


「……え?」

「……嫌とは言ってないんだよ。ただ、そんなに早く歩かれると、私、ついて行けない……」

「そ、そうか、……早くなってた?」

「やだ、ハヤト君。歩くのが早くなっていたの、自分で気付いていなかったの?」

「……ん。なんか、緊張して……」


 そう言って頬を掻いたハヤトを見て、ミモリは自分の胸が暖かくなるのを感じた。


「さ、ハヤト君、行こ?」


 そうして二人で歩調を合わせ、ミモリたちは手を繋いだまま花畑への道をのんびりと歩いた。




「ぅわあ、綺麗ぃぃ!!!」


 目的地に着くと、ミモリは眼前に広がった風景に、感嘆の声を上げた。

 木々の切れ間に広がった花畑は、手入れの為に設えられた通路を除き、色取り取りの花で埋め尽くされていた。


「もう、こんな季節なんだね。すっかり忘れていたよ」


 通路の中程に入ったミモリは、屈んで花の香りを存分に味わいながら、感嘆の声を上げた。


「だろ? 最近お前、サリナさんの手伝いばかりで家に籠りがちだし、そんな気がしていたんだ」

「ありがと、ハヤト君」


 ミモリは心の底からの謝辞を述べると、自分の脇に立ったままの5年来の幼馴染に、笑い掛けた。


「べ、別に、お礼を言われる程の事じゃねーし」


 ハヤトはそう言ってプイとそっぽを向くと、ミモリから離れて歩いて行ってしまった。

 ミモリはそれを「あんまり遠くに行かないでね!」と見送ると、再び、花の香りを堪能した。



 一頻り花を愛でて周りに目を向けたミモリは、そこで漸く日が傾き掛けているのを知った。


「あ、もうこんなにお日様が落ちて来ているんだ」


 吹いて来た風にブルリと身を震わせたミモリは、そろそろ帰ろうかと、辺りを見回してハヤトの姿を探した。

 しかし、そこにハヤトの姿は無かった。


「あれ? ハヤト君?!」


 立ち上がり、ハヤトの名を呼ぶ、ミモリ。

 これまで何度も2人で出掛けた時に熱中するミモリを放っておいてハヤトが他の事を始めるのはよく有る事だったが、それも全て、見える範囲での事であった。


「どうしたんだろう……」


 嫌な予感を覚えたミモリは、ハヤトの名を大声で呼びながら、ハヤトが歩いて行った方に向かった。


「ハヤトくーん! どうしたの?!」


 しかし、何度その名を呼んでも返事は無く、胸の奥の騒めきは大きくなって行った。

 帰ってしまっていると考えられたならばミモリもいっそ安心だったが、これまでの事を考えても、その可能性は極めて低く感じられる。

「……何か、あったんだ……」

 それは最早、ミモリの中で確信になっていた。

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