第7話:ミモリの歩んできた道・3/サリナとタケル


 それからミモリは喉が渇いたら風にお願いして水を出して貰い、お腹が空いたらその辺の果樹にお願いをして身を付けて貰う事で飢えを凌いだ。

 また、歩き続けて疲れた時や、怪我をしてしまった時に同じ要領で自分の身体に頼んで少しすれば、全て回復する事を学んだ。


 家族は失ったけれど、ミモリは寂しくは無かった。

 呼び掛ければ、何かしらの返事が返って来るから。


 そしてこの力に、ミモリは感謝していた。

 この力のお陰で、生き延びられているのだから。



 その日も踏み固められた道を歩いていたミモリは、日が暮れて来たので歩くのを止め、そこで休む事にして、一先ず道の脇に見付けた大きな岩の上に腰掛けた。

 今日はどこで寝ようかと周りの景色に思いを巡らせていると、一台の馬車が砂埃を立てながら目の前に止まった。


「お嬢ちゃん、こんな時間に、独りでどうしたんだい」


 砂埃が収まると、恰幅の良い紳士が御者台から降り、ミモリに声を掛けた。


「……うっ、……うっ、うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんんん!!!!」


 ミモリは、その紳士の顔を見ていて、堪え切れずに泣き出してしまった。

 村を出てから人に有ったのが、初めてだったからだ。

 男は、自分が声を掛けるなり少女が泣き出してしまった為、大層 狼狽うろたえた。


「ええと……、困ったな……」

「うわぁぁん、わん、わんわぁぁぁん!!」

「お嬢ちゃん、僕は怪しい物じゃないよ。ご両親は居ないの? 独り?」


 その場に胡坐をかいた男は、ミモリの顔を見上げて訊いた。

 ミモリは大きく鼻を啜ると、目元を擦りながら小刻みに頷いた。


「……そうなんだ。……あのさ、良かったら、僕の所に来ない?」

「…………いいの?」


 手を差し伸べた男の顔を、ミモリはジッと見詰めながら訊ねた。


「ああ、勿論だよ。こんなところに子供一人で置いておけないし、うちには子供が居ないから、うちのもきっと喜ぶよ」


 ニッコリと笑った男に、ミモリは再び堰を切った様に大きく声を上げて泣きながら、トコトコと歩いて行って抱き付いた。


「……おお、よしよし。不安だったんだね……」


 そう言って背中を撫でた男の手の温もりに安心したミモリは、そのまま、気絶する様に眠りに落ちた。




 再び目を覚ました時、ミモリの目には木造の天井が映った。


「あれ、わたし……」


 そしてミモリは、自分が大きなベッドに寝ている事に気付いた。

 そのクッションと、掛け布団の感触が心地良く、またウトウトとし始めた。


「あら、起きた?」


 ボンヤリとした視界のまま声のした方に顔を向けたミモリは、自分を優しい瞳で見詰める女性と目が合った。


「よっぽど疲れていたのね。1日中眠っていたのよ」


 そう言って立ち上がった女性は、テーブルの上の水差しからグラスに水を注ぎ、ミモリの方に差し出した。


「はい、お水。お水は命の基本なんだから、飲まなくちゃダメよ」

「あ、ありがと……」


 ミモリはモゾモゾと上体を起こしてそれを受け取ると、一口で流し込んだ。


「ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ」

「ああ、もう、いきなりそんなに一気に飲むから!」


 咳き込んだミモリを優しく𠮟った女性は、その小さな背中を撫でた。


「どう? 落ち着いた?」


 暫く撫でた後にそう訊いた女性は、ミモリが小さくコクンと頷くのを確認すると、安堵の息を吐いた。

 そしてフフフと優しく微笑み、話を続けた。


「私の名前は、サリナ。あなたのお名前は?」

「……わたし、ミモリ……」

「そう、ミモリちゃんって言うのね。幾つ?」

「……ろくさい……」

「まあ、そんなに小さいのに……。うちのが言っていたけれど、道沿いに独りで居たって本当?」

「……うん、わたしだけ……」


 ミモリは本当は風さんや大地さんの話もしたかったが、彼らに『僕たちだけの秘密だよ』と言われていたので、そうはしなかった。


「あらあら……」


 悲しそうな声を出したサリナはベッドの脇に膝を突き、ミモリの手を握った。

 

「ミモリちゃんさえ良ければ、ずっとうちに居てくれて良いからね」


 その手と言葉の温かさに、ミモリは涙をボロボロと零しながら、黙って頷いた。


 そしてミモリはサリナとその夫のタケルと一緒に、3人で暮らす事になった。

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