第6話:ミモリの歩んできた道・2/出会い


「……のど、かわいたよぉ……」


 故郷を失った6歳のミモリは、もう歩けないと、傍らの岩の上に腰を落とした。

 変わり果てた村の姿に居た堪れなくなったミモリは、新しい自分の居場所を求め、広野を彷徨っていた。

 涙は、疾うに涸れ果てている。

 川沿いに行けば少なくとも飲み水の心配もする必要も無かった筈だが、動転していた頭では思い至れる筈も無く、ミモリがそれと気付いた時には、すっかり道を失っていた。


「……むらにのこっていたら、ひょっとしたらマジルくんたちにはあえたのかな……」


 寂しげに呟いたが、後悔は先には立たない。

 事実、丁度この頃、旅先から村に戻ったマジル一家は村の惨状に慄いていた。

 ミモリが何とか村に留まって居たら、苦しいながらも一緒に楽しく暮らす事になっていただろう。

 しかし、仮定には何の意味も無い。

 その想像は少女の心を苦しめこそすれ、何ら現実を変える事は無かった。



 ミモリはそのまま岩の上に横になって、眠ってしまっていた。

 現実から、逃避する様に。

 その微睡みの夢の中、ミモリは、壊れ行く村の中に居た。


「……ミモ……リ……」


 事切れる寸前の、母親の声が繰り返される。

 悲しみに堪え切れず大声で泣きじゃくりながら、ミモリは当ても無く只管ひたすらに走った。

 しかし、走れども走れども、元の場所に戻って来てしまう。

 逃れられない、現実。

 けれども、ミモリは走ることを止めなかった。

 例え元の場所に戻されようとも、何度でも、何度でも……。


 そして、どれだけ走った事だろう。……距離にしてしまうと、たったの0mだが。


『ミモリちゃん、どうしてそんなに走るの?』


 不意に、へたり込んでしまったミモリに、話しかけるモノが在った。

 ミモリは呼吸を整え、涙を拭いながら辺りを見回す。


「……だ、だれなの?」


 しかし、ミモリの瞳には何者も映らない。


『僕はね、『僕たちはね……』』

『『『『『『ミモリちゃんの周りに居るモノだよ』』』』』』


 その声は段々と増え、ミモリの心は次第に温かくなって行った。


「わたしのまわりに?!」

『そう、周りに』

「おともだち?」

『うん、お友達』


 そう言われて嬉しくなったミモリは、再度辺りを見渡したが、矢張り、何モノも映らなかった。


「どこにいるの?! おともだちなら、いっしょにあそぼ?!」


 一転して寂しさに瞳を潤ませたミモリは、辺り一面に呼び掛けた。


『あれ、おかしいな。僕としては、いつも遊んでいる心算なんだけどな』

「え? でも、わたし、しらないよ?」


 そう言って首を傾げたミモリの長い髪を、一陣の風が攫った。


『これでも?』

「……かぜさん?」

『そうだよ。ボクはいつも君の周りに居る、風さ』


 立ち上がって空に向かって呼び掛けたミモリの周りを、風が舞い遊ぶ。

 ミモリは心を湧き立たせた。


「じゃあ、ほかのみんなも?」


 ミモリの問いに、辺りが騒めき出す。


『ええ。私は草花』

『ワシは木々』

『僕は、皆の身体だよ!』

『ワタクシは、今あなたがその足で踏み締めている大地ですよ』


 一斉に僕も私もと訴え掛け、ミモリにその存在を示す為に、身体を動かして見せる。


「わ、わわ、すごい……」


 すっかり喜びで心が満ちたミモリは、両手を空に掲げながらクルクルと回った。

 ……が、はたと動きを止めた。


「でも、なんで? わたし、いままで、みんなと、おはなしできなかったよ?」

『それはね、ワタクシたちが、あなたに力を分けたからよ』

「だいちさん?」

『この様子だと、現実で話した事も忘れていそうだね。……まあ、ショックで倒れちゃったし、仕方が無いけどさ』

「からださん?」

『果実が欲しければ、ワシに話し掛けなさいと言ったろう』

「きぎさん?」

『そして、飲み水が欲しかったら、僕に話し掛けて、君の中で増えた力を、少しだけ分けてくれれば良いよ』

「かぜさん? ……ごめんなさい、なにをいってるのかわかんない」

『ははは、ちょっと難しかったかな? 目が覚めたら、手始めに僕に水をお願いしてごらん?』


『『『『『『いつでも君の周りに居る事、忘れないで』』』』』』




「んんん……」

 刺す様な日差しに叩き起こされ、ミモリは目を擦りながら体を起こした。

 相変わらず喉はカラカラなままで、おかしくなってしまいそうだ。


 ミモリは藁にも縋る思いで、虚空に呼び掛けた。

「……おみずを、おねがい……」と。


 すると、ミモリは身体からふっと力がほんの少し抜けた様に感じられ、眼前に少量の水が現れたかと思うと、それを喜ぶ間も無く地面に吸い込まれていった。

 暫し呆けるミモリ。驚きたいのか、泣きたいのか、今の自分の気持ちを掴み損ねていた。


 今度は両手を受け皿にして呼び掛けると、先程とは違いその手に入る分だけの水が現れたので、ミモリはそれで口を潤した。


「これでいいの? かぜさん……」


 ミモリが空に問い掛けると、

『うん、そうそう、上手いよ。君がどうしたいのかをボクらに伝えてくれると、応え易いかな。前以まえもってイメージをしておいてくれると、力の無駄遣いにはならないよ』

とミモリの周りで優しく吹いている風が答えた。


 そしてミモリは、寝る前とは違って幸せで心を満たしながら、満足するまで喉を潤した。

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