第5話:ミモリの歩んできた道・1/空へ…


「……さっきはごめん、ちょっと、嫌な事を思い出しちゃって……」


 暗闇から虫の鳴き声が聞こえて来る、少し冷たい風が吹く夜道を家に向かって歩きながら、ミモリは隣のマジルに徐に話し掛けた。


「嫌な事……」


 口の中で短く繰り返すと、マジルは再び口を閉じた。

 “さっき”とは詰まり、食事中の事。

 不意にミモリがマジルに見せた、悲しみの顔。


 ミモリは隣の男が何も言って来ないのを不思議に思いチラと横目で見たが、頬を緩め、自身も何も言葉を継がないまま、前を向いて歩いた。

 マジルが小さい頃と変わらず、ぶっきら棒だが優しいままである事が感じられるのが嬉しく、その足取りは軽くなった。


 マジルやその母親のマミは小さい頃のミモリを知っているから、再会出来ただけでも嬉しく思われ、二人がミモリに言った通り、マミの病状がこのまま変わらなかったとしても何も文句を言う心算は無い。

 ……しかし、その噂を聞き付けてやってきた者はそう言う訳には無いかないのだろうと、マジルは思っていた。

 マジルは、ミモリが『幾つもの村や町を渡り歩いて来た』と言っていたのを思い出す。

 つまりは、そう云う事なのだろうと。


 マジルは、隣を歩く未だ16になったばかりの少女の顔を横目に見た。

 不図視線が合い、二人で笑い合う。

 そして、マジルは想像した。この華奢な体で、ミモリは今までどの様な苦労を背負い込んで来たのかを。


「……あ、ここだよ。送ってくれてありがと、マジル君。また明日ね。おやすみなさい!」


 そう言って手を振りながら、ミモリは建てられたばかりの自宅に入って行った。

 暫くの間その扉を見詰めていたマジルは、ふうと小さく息を吐くと、踵を返して家に向かう。

 その道中、何の気無く空を見上げると、真っ黒な闇夜に、静かに輝く月がポツンと浮かび、煌びやかに輝く無数の星々がその周りを彩っていた。

「ねえ、まじるくん。しんだひとはね、よぞらのおほしさまになって、わたしたちをみまもってくれるんだって!」

 ……昔、同じ村に住んでいた時、祖父が死んで泣いていたマジルに『おかあさんからきいた』と、笑いながらミモリが教えてくれた言葉が彼の耳に蘇った。


「……あの言葉に、どれだけ助けられた事か……」


 言うとも無く、マジルの口から出ていた言葉。


「ミモリは、あの夜空を見上げているのだろうか……」



「……お父さん、お母さん、聞いて! あの頃お隣に住んでいた、マジル君とマミさんと、偶然再会する事が出来たよ! 小父様は出掛けているらしくて、まだ会えなかったけれど。……2人共、これで少しは安心してくれるかな?」


 窓の下の椅子に座り、開け放った桟に頬杖を突いて夜空に浮かぶ星々を見ながら、ミモリは嬉しそうに話し掛けた。

 しかし星々は静かに瞬くだけで、返事は無い。


「今まで私一人で、大変だったんだから……。……変な力は貰っちゃうし……。……ううん、この力が無ければ良かったと思った事は何度も有るけど、今は、有って良かったと思っているんだよ。そのお蔭で、お母さんの親友のマミさんを助けられるかも知れないんだし……」


「……私……、……きっとこの村で、……上手くやって行くから、……見守っていてね……。……お父さん……お母さん…………」


 言葉がボンヤリとして来たミモリの重くなった瞼は閉じられ、ミモリはそのまま微睡みの中に落ちて行った——。

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