第4話:死に至る病の治癒、そして…


「……マミさん、具合はどうですか? 何か、変化は有りました?」


 『晩御飯くらい食べて行ってよ』とのマジルの好意に甘える事にしたミモリは、彼が晩御飯を作り始めると、マミの許に行ってベッド脇の椅子に座ると、心配そうに訊ねた。


「ああ、ミモリちゃんがさっき言った通り、身体の中が熱くなって来たよ」


 マミは笑顔で言うと、服の上から自分の腹をさすった。

 その言葉を聞いたミモリは、『取り敢えず上手く行ってはいるんだ』と、安堵の息を吐いた。


「私には何か良く分かんないけど、これが良い兆候なんだろ?」

「はい、その筈です!」


 ミモリがそう返すと、マミは嬉しそうに笑う。


「まあ、元々1年位しか生きられないって言われていた命なんだ。上手く行かなくっても、仕方ないさね」

「……えっと、それでなんですけど、身体の中の熱が一通り収まったら、その時は教えて貰えますか? どうなっているか、確認したいから」


 歪んでしまいそうな自分の顔を何とか笑顔に保ちながら、マミに訊ねるミモリ。


「ああ、勿論さ。その時は、マジルを呼びにやるよ」

「お願いします! ……良かった、断られたらどうしようかと思っちゃった」

「何を言っているんだい。ミモリちゃんが私の為にしてくれているのに、断る訳無いじゃない」


 そう言って笑ったマミの顔は、先程よりも血色が良い様に、ミモリには思われた。

 只、それは自分の願望がそう見せている可能性も有るので確認が必要なのだと、油断しない様、自分に言い聞かせた。


 ——一通り終わった時にマミさんの身体に確認し、未だ問題が残っているのだとしたら、虱潰しにして行かなければならない。

 その時、もしかしたら、また倒れるかも知れない。

 でも、……例え何度倒れても、それで私が死ぬ訳じゃ無いんだから……、……折角再会出来たマミさんを死なせる訳には行かない……。

 せめて身近な人だけでも救える様にと、この力を、授かったのだから……。


 ——と。

 医者に病気の原因が判る類の物なら、……と言う思いも無くも無かったが、医術が未発達なこの世界では、これまでに医者の見立てが間違っているのもよく有る事だったので、それに関しては考える事を止めた。


「……あ、そう言えば小父様は? 村でも見なかった気がするけど……」


 思い出した様に、ミモリは口を開いた。

 そして、直ぐに思い直し、慌てて口を押えた。……もしかしたら、もう、……と。

 しかしマミは笑顔のまま、

「ああ、お父さんはね、注文を受けていた建材を売りに、都の方に出掛けているよ。昨日出掛けたばかりだから、戻ってくるまで、多分あと2週間は掛かるね」

と外連味なく答えた。そして、

「そうか、昨日のお昼にこの村に越して来たミモリちゃんとは、丁度入れ違いだったんだね。ミモリちゃんの顔を見たら、あの人、驚くよ」

と愉快そうに笑った。

 その顔を見て、ミモリも思わず笑ってしまった。そして、杞憂で良かったとも思った。


「私も、小父様と会うのが楽しみです!」


「ご飯出来たよ!」


 ミモリが曇りの無い笑顔で言った時、マジルが顔を出した。




「それで、母さんはどうなんだ? 治ったのか?」


 ベッドで食べると言うマミの分を運び終え、2人で向かい合って食卓をつつき始めた時、視線を自分の皿に向けたまま、マジルが話を切り出した。


「治ったかって言われると、難しいんだけど……」

「……あ、悪い……。上手く行かなかったとしても、責める心算は全然無いんだ。少しの間だけでも、希望を見せてくれただけで、充分感謝している」


 食事の手を止めて困った顔をしたミモリの顔を見たマジルは、慌てて言い繕った。

 その様子に、ミモリはフフフと優しく笑う。


「ありがと、マジル君。今はね、マミさんの身体が、さっき話した事を実践してくれている処なんだ」

「おお、そうなんだ」

「うん。だからさっき、今身体の中で起きている熱を感じなくなったら確認させてって、お願いしていたの」


 スプーンでオニオンスープを啜りながらミモリがそう伝えると、マジルは「あれ?」と首を捻った。


「どうしたの?」

「いや、さっきの俺、慌て損じゃない?」


 その間の抜けた言葉に、ミモリは笑いを抑え切れなくなり、室内に明るい笑い声が響いた。


「あはは、そうだよ、マジル君。私は只、まだ結論が出て無いから『治ったかって言われると難しい』って言っただけなのに、あははははは!」


 マジルは腕組をして拗ねた顔を見せたが、ミモリは笑い続けた。


 ……心からの笑い。

 こんなにも素直に笑ったのは何年振りだろうと、ミモリは嬉しく思っていた。

 『私も、まだ、こんなにも笑えるんだ』と。


「……早く食べろよ」


 つっけんどんに言うマジルに更に笑い転げそうになったミモリではあったが、どうにか呼吸を整えると目元に浮かんだ涙を拭った。


「ごめんごめん、マジル君。勘違いしているのが面白くて……」

「良いから、早く食べろって」


 未だへそを曲げたままのマジルの目を、ミモリは真っ直ぐに見て笑い掛けた。

 そして、伝えた。


「でもね、さっきマジル君が言ってくれたの、嬉しかったよ」


「え?」

「……その、『上手く行かなくても良い、希望を見せてくれただけで感謝してる』って……。マミさんの言ってくれた、『上手く行かなくても絶対に気にしない事』って云うのも、そうなんだけど……」


 そう言って、ついさっきまでと打って変わって苦虫を噛み潰したような表情になったミモリに、マジルはただ、

「さ、早く食べちゃおうぜ」

とだけ言葉を投げ掛け、自分の皿に乗っている物を素早く平らげた。

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