第2話:マジルの母との再会
「それにしても、一昨日にお前がこの村に来た時にはびっくりしたよ。元気だったか?」
自分の家への道を案内しながら、マジルはミモリに何の気無しに話し掛けた。
「……うん、まあ。元気と言えば、元気だったかな」
しかし、それに返って来たのは、ミモリの気乗りのしない返事だった。
何か辛い事でも有ったのだろうかと、マジルはこの場では変な事を聞かない事に決めた。それには、
「あ、着いたぜ、ここが俺んち」
そう言ってマジルがミモリに指し示したのは、丸太が組まれたログハウス風の家だった。
ミモリは、自分が渡り歩いてきた町や村では石造りの家が多かったのだけれど、他の家も木造りの家が多いし、この町ではこれが普通なんだろうなと
……訊けば直ぐ分かる事なのにな、と、ミモリは自嘲した。しかし、先程の彼からの質問をはぐらかした身として、気分的に、それは出来なかった。
「母さん、帰ったよ! ミモリ連れてきた!」
玄関の扉を開けたマジルが中に呼び掛けると、
「まあ、ミモリちゃん? ……随分と久し振りだね。顔を見せてくれるかい?」
と、余り生気が感じられない声が二人の耳の届いた。
マジルも寝た切りだと言っていたし、余程弱っているのだろうかと、ミモリは心配になった。
自分の母親とも仲が良かった、同じ村に住んでいた時優しくしてくれて、大好きだった小母さんが。
「ねえ、マジル君、小母さんの部屋は……」
「あ、ああ、一番奥の部屋だよ、……そう、その左側の……」
その勢いに
「小母さん?!」
そして呼び掛けながら室内に入ると、ベッドに横たわっている女性と目が合った。
「まあ、ミモリちゃん? ……ミモリちゃんなのね……。良かった、……すっかり大きくなって……」
「……小母さんも、……小母さんも……」
微笑む女性にミモリも言葉を返そうとしたが、急に嗚咽が止まらなくなり、上手く言葉が出せなかった。
そんなミモリの様子にマジルの母は「あらあら」と優しい声を上げると、
「大きくなっても、泣き虫なのは変わらないのね。……さ、こっちにおいで」
と子供の様に泣きじゃくるミモリに、手招きをした。
ミモリが言われるがままにベッドに近付き脇に置いてある椅子に腰掛けると、婦人はベッドの上で起き上がり、ミモリの頭に優しくそっと手を当てた。
「……や、……やだ、小母さん……。涙が、止まらなくなっちゃう……」
そう言ったミモリが膝の上で握るともなく力強く握られている拳の上に、次から次へと、涙が落ちた。
「……ふふふ、小母さんって、年を取ったみたいで何だか嫌だね。名前で呼んで頂戴よ」
「名前……?」
「そう、名前。私にだって、マミって云う、立派な名前が有るんだよ?」
マミがそう言いながら笑い掛けると、ミモリは「……マミ、さん……」と目元の涙を拭いながら小さく呟いた。
「ありがとう、ミモリちゃん。苦労をしてきたんだね。……あの時、私たちは旅行に行っていて、……役に立てなくて、ごめんなさいね」
少しばかり真剣な目をしたマミのその言葉に、ミモリはふるふると小さく首を横に振った。
「ううん、あの時は、10年前のあの日は、誰が居ても、どうしようも無かったと思う。だから私は、マジル君たちが居なかった事を、寧ろ良かったと思っているんですよ」
「……そう言ってくれるのかい?やっぱり、ミモリちゃんは優しい子だね」
泣き止んだミモリの頭から手を離したマミは、一層優しい瞳を向け、頬の涙の跡を撫でた。
「そんな、優しいだなんて……。……そう、それで今日は、マミさんが寝た切りになっているって聞いて来たんですけど!」
……そんなミモリの照れ隠しは、想定外のボリュームになってしまい、少し離れた窓際で二人の話を聞いていたマジルは、思わず「うお!」と素っ頓狂な声を上げて頬を赤くした。
その声に反応してマジルを見た二人は、お互いにまた目を合わせると、我慢し切れずに大きな笑い声を上げた。
「うお! ……だって!! あははははは!!!」
「マジルのあんな声、久し振りに聞いたよ! よっぽど吃驚したんだね!」
二人の楽しそうな笑い声が、部屋に木霊する。
「……うっせ……」
「でも良かった、マミさん、思っていたより元気そうで」
マミも同様に涙を拭い、
「……え? ……ああ、そうねえ。最近にしては、体調も良いねえ。やっぱりこれも、ミモリちゃんの顔を見れたからかな」
と脇の椅子に座るミモリに笑い掛けた。
「もう、また泣いちゃうんで、止めて下さい! ……それで、お医者さんは何て言っているんですか?」
「……そうねえ。お医者さんにはね、この病気になった人は、1年持たないって言われたよ」
「1年?! ……そんな、どうにもならなかったんですか?」
ミモリは思わず、絶叫に近い大声を上げてその場に立ち上がった。
しかし、相手の落ち着いた表情を見て正体を取り戻し、ゆっくりとまた、椅子に腰を下ろした。
その様子を静かに見守った後、マミは優しい声色で言葉を続けた。
「私も、難しい事は全然分かんないんだけどね、お医者さんも、良くは分かっていないみたいだったの。……医学、って言うんだったかな? それが、科学とやらが発展しない所為で全然進展しないって、嘆いておいでだったよ」
「……そう、なんですね……」
「生きている内にミモリちゃんに会えて、もう思い残す事は無いよ」
……今度は寂しく笑ったマミのその話を聞いたミモリの手には自然に力が籠り、歯痒さに歯を食い縛った。
「……それでミモリ。母さんを治せるのか?」
いつの間にかミモリの横に立っていたマジルは、ミモリを見下ろしながら端的に問うた。
ミモリは酷く強張った瞳でそれを見上げると、
「……分かんない。病気さえ分かれば、最悪書物で調べればって思っていたんだけれど……。小母さんの身体に訊いてみるしかないかな……」
と、力無く答えた。
「……なんだい、それ。何か有るのかい?」
二人のやり取りに、目を丸くしたのは、マミ。
「いや、マミがタケルのこぶを治したのを見て、もしかしたらって思って連れて来たんだけどさ」
「だから、治したのは私じゃなくて、タケル君の身体なんだってば」
マジルが説明するも、マミは変わらず、首を捻っている。
「……はあ。聞いても良く分かんないんだけど、もう覚悟は出来ているからさ。気にしないで良いんだよ」
「……試してみるだけ、試してみても良いですか?」
達観した表情で言うマミに、ミモリは真剣な顔で食い下がった。
「……そうだね。じゃあ、お願いするよ。……但し! この身体はもう治らなくて当然なんだから、上手く行かなくても絶対に気にしない事。良いね!」
「……わ、……はい! ありがとう、小母さん!」
「……だから小母さんは、……まあ、良いか」
ミモリたちが子供の頃、他の年が近い皆と遊びに行く前に遠くに行かない様に、村から出ない様にと注意していたその口調を意識して行ったマミの気持ちに、ミモリは、心からの笑顔で答えた。
「それじゃ、マミさん、お手を拝借」
「はいよ」
そう言って自分に向けて差し出されたマミの瘦せこけた手を、ミモリは力強く握り、意識を集中させた。
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