ミモリの不思議な力

はるにひかる

第1話:ミモリの力


「皆、離れていてね!! じゃあ、行くよ!!」


 周りの人々を見渡しながらそう言ったミモリは、金色に輝く腰程までも有る長い髪をなびかせ、瞳を閉じた。


「……うん、お願い」


 ミモリが口の中でそう呟き、「そーれ!」と叫んだ瞬間、彼女の目の前の苗木は著しく成長し一本の大樹となった。

 観衆は感嘆の声を上げた。


「まさか、そんな……!」

「へえ、これがミモリちゃんの……」

「ガハハハハ、眉唾だったが、こうして見せられてしまうとな!」

「ミモリちゃんのお陰で、村も安泰だな!」


「なあ、どうやってやっているんだ?」


 驚きと賞賛が入り混じる中、一人の男が歩み寄り、ミモリに訊ねた。

 男の名はマジル。

 今から約10年前、ここでは無い近くに在った村で、ミモリの家の隣に住んでいた幼馴染だ。


「前は、——小さい時は、そんな事出来なかったよな」


 二人が生活圏を異にしたのは、同い年の二人が共に6歳だった時の事。

 その時にはこんな力は見た事が無かったと、マジルは思いを巡らせていた。


 そんなマジルの顔を見ながら、ミモリは少し表情を曇らせた後、

「んー、分かんない! 気付いたら出来る様になっていたの!」

と弾ける様な笑顔を見せながら言った。


「えーん! えーん! 痛いよう!」


 その時、子供の無く声が場に木霊した。

 ミモリが声のした方を見ると、太くなった幹のすぐ脇で、一人の男の子が地面に仰向けになって、手をバタバタさせて泣きじゃくっている。


「ねえ、君、どうしたの?」


 声を掛けながら近寄ったミモリは、少年のおでこに小さなこぶが出来て赤くなっているのを認めた。


「おでこ、ぶっちゃったの?」


 ミモリがこぶに手をかざしながら声を掛けると、少年は勢い良く起き上がり、ガっとミモリに抱き付いた。


「なっ! お前、タケル!」


 叫んで駆け寄ったマジルを、ミモリは少年の体を支えたまま、もう一方の手で制した。


「良いのよ、マジル君」


 ミモリの言葉にマジルはスゴスゴと観衆の輪の中に戻り、一団から大きな笑いが上がった。

 それを気にする事も無く少年のおでこにそっと手を当てたミモリは、タケルと呼ばれたその少年に優しく笑い掛けた。


「えうっ、えぐっ、ごめんなさい、言われた通りにしなくて、ひくっ、近付いて、ひっ、ぶっちゃったの……」


 タケルが泣きながら謝罪すると、ミモリは彼の目尻に浮かんだ涙を、指の腹で拭った。どうやらタケルは、成長途中の木に近付き、思いの外速く太くなって行った幹に、ぶつかってしまったと云う事らしかった。

 次第に、落ち着いて行くタケル。


「タケル君って云うの? ごめんね、痛かったよね。でもね、私も危ないのが分かっているから、『離れていて』って言ったんだよ?」

「うん、僕タケル……。言う事聞かなくてごめんなさい」

「ううん、タケル君。謝る事じゃないわ。痛い思いをしたのはタケル君だもの。言う事を聞かなくて、痛い思いをするのは自分なの。分かった?」

「うん、分かったよ、ミモリお姉ちゃん」


 ミモリの言葉に諭されたタケルはそう言うと、歯を食いしばってミモリの目を見た。


「アハ、頑張って泣き止んだし、タケル君は偉いね。……じゃあ、これはそんなタケル君に、ミモリお姉ちゃんからのプレゼント」


 そう言って微笑んだミモリは再びタケルのこぶに手を当て、目を瞑った。

 そして口の中でゴニョゴニョと何事かを呟いた後、

「……お願い」

と言うと、派手なエフェクトは無いが、タケルのおでこのこぶは見る見る小さくなって行き、跡形も無くなった。

 タケルは一瞬キョトンとした後、

「わ、凄い! もう全然痛くないや! 治っちゃった! お姉ちゃん! ありがとう!」

と、その場で跳ねまわった。


「タケル?!」


 その時大声を上げて囲みから出て来たのは、一人の女性だった。


「お母さん!」


 タケルはそう言うと、その女性に元気に駆け寄った。


「あのね、凄いんだよ! 僕のこぶが一瞬で……」

 嬉しそうに報告するその頭を、母親は片腕でミモリに向かって下げさせた。


「ごめんなさい、ミモリさん! このバカが!」


 ミモリはその光景に、慌てて両手を大きく振った。


「そんな、大丈夫ですよ! 元々は私がした事が原因ですし。それにこぶは治りましたし、タケル君も、言う事を聞かないと痛い思いをするって、その身を以て分かったと思いますよ?」


 母親は自身もペコペコと過剰な程に何度も頭を下げると、タケルの背中を押して、事態を見守っていた一団の輪の中に入って行った。


「へえ、怪我も治せるのか……」


 ポカンと口を開けていたマジルが、徐に口を開いた。

 顎に手を当て、何やら思案顔だ。

 ミモリは立ち上がると、そんなマジルに苦笑いをして見せた。


「まあ、簡単なのならね。……重いのは、どうか分からないけど……」

「……そうなのか?」

「それにね、別に私が直している訳じゃ無いのよ?」

「……へ?」


 そうして目を丸くしたマジルに、ミモリは悪戯っぽい笑みを見せた。


「………ああ、じゃあ、アレなのか? 病気で寝た切りになっている母さんを診て貰おうと思ったけど、意味は無いのか?」

「お小母さんが?!」


 ミモリは思わず大きな声を出して、マジルに駆け寄った。


「……何にも出来ないかも知れないけど、会わせて!! 私に診させて!!!」


 今にも顔がくっ付きそうな位に寄せられたその鬼気迫る表情に、マジルは「お、おう……」と反応を返すのがやっとだった。

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