最終話

「まさかこのまま学校に行くのかしら?」


「「勿論」」


 私、ストレスで胃に穴が開いてしまいそうだわ。

 かといって拒むと更に拗れそうだったので諦めて受け入れることにした。


 そうなると周りの視線が凄まじいものになるわけで。私達を知らない人から、良く知っている人まで、数多くの人たちの視線が私たちに集まる。


「僕たち有名人になったみたいだよ」


 呑気にこの状況を楽しんでいる志良君。


「そりゃあ二人が私の手を繋いでいたらそうなるわよ。どういう関係でどういう状況なんだって」


「もし何かあったら僕が全て助けるから安心して」


 何か起こしているのは基本士郎なのよ……


 教室に着き、ここでようやく二人の手が離れる。


 一安心して私は席に座る。


「何があったの!?」


 当然のことながら美世が驚いて聞きに来た。


「私にもよく分からないのよ。何故か私の家の近くまで来ていて、なし崩し的に一緒に登校することになっていたわ」


「紫音は何考えているのよ……」


 美世は紫音の行動に対して若干怒っていた。


「面白がっているだけじゃないの?」


 そう美世に言うと、確かにと頷いていた。


「紫音の事は置いといて、あの黒羽は何?」

「私にも分からない」


「昨日までとの落差を見ると正直不気味ね……」


 美世から見てもあの士郎は不気味なようだ。


「とりあえず様子見かしら」


 嬉しい方の感情はいずれ元に戻るだろうから考えるのをやめましょう。



「今日は一段と疲れたわ……」


 学校が終わった後、私は家事すらもせずにベッドに横たわっていた。


 毎日やっているから、今日しなかったところで多分大丈夫よ。


 ご飯は1時間後くらいに作ればいいから、今日は許して頂戴。


 今日は何かあるごとに士郎がこちらにやってきた。恋人でもやらないって頻度でこちらに来るものだから、周りの人たちの反応が苦しかったわ。


 それに加えて志良君まで来るのだから、本当に気が休まる時が無かったわ。


 落久保君がある程度フォローしようとしてくれていたのだけれど、男子が一人増えたからより一層注目度が上がるというか。


 今まで以上に見られていた気がするわ。


 本当に何があったっていうのよ……


 結局翌日も、その次の日も、士郎の機嫌の良さは最高潮に達しており、士郎と志良君の行動が変わることは無かった。


 流石に耐えきれなくなってきたので、


「二人とも、そろそろ辞めてもらってもいいかしら」


「どうして?」


「別にいいじゃん」


 今までの事がさもありふれた日常かと言わんばかりの反応をする二人。


「ここまでやられると正直疲れるのよ」


 この調子だと私が言うまで延々と続けそうだもの。


「じゃあちゃんと誰にするか決めなよ」


 志良君がそう提言してきた。


「私は、誰とも付き合わないわよ」


 士郎はともかくとして、それ以外の人とは今付き合う気が無いわ。


「ならしばらくはフリー確定なわけだ」


 士郎がニヤッと笑う。


「それでも、家事とかに差し障りがあるのよ。家族に迷惑が掛かるから控えて欲しいわ」


「それなら仕方ないか」


「そうだね」


 それを言うと、二人ともあっさりと引き下がってくれた。


 これでどうにか平穏な日々を取り戻すことが出来た。




 いつも通り光と夏芽を連れて家に帰っていると、


「ねえお姉ちゃん、この家に車が無いよ」


「確かにそうね」


 光の言う通り、隣の家にいつもあった高級車を最近見ていないわね。何かあったのかしら。


「カーテンも変わっているよ!」


 夏芽に言われて気付いたけれど、玄関側に付いているカーテンが変わっている。


 以前は割と薄い生地で、家の中がうっすら見えるタイプのものだったけれど、今は生地が分厚いのか、絶対に中が見えないものになっている。


「もしかしたら住んでいる人が変わったのかもね」


 結構前から住んでいた人たちだったけれど、仕事とかの関係かしらね。


「どんな人なんだろう?」


「誰だろうね」


 とは言ってもさほど関わりのあった人では無かったので、何かが変わるわけではない。


 家に帰って、家事をしているとチャイムが鳴った。


「はーい」


「やあ」


 家の前に立っていたのは、士郎だった。


「どうしたの突然、お隣でもないのに。わざわざ家に帰ってから来たんでしょ?」


 家が隣だった時ならともかく。士郎の家から登校する場合、私の家が丁度通り道になっているから良いのだけれど、距離的には結構あるのよね。


「別に良いでしょ。現にここに居るんだから」


「何しに来たの?」


「お詫びに家事の手伝いでもしようかなって。迷惑沢山かけてしまったから」


「なら掃除と洗濯とかを任せようかしら」


「オッケー」


 その後士郎が何かしてくることは無く、淡々と家事をこなしていた。


 本当に悪いと思って来たのね。


 大体の家事が終わり、ご飯の支度が出来た。


「食べていく?家事もしてくれたしそのまま帰らせるのも申し訳ないから」


「ならありがたく頂こうかな」


「お兄ちゃんと一緒にご飯食べられるの?」


「やったー!」


 お母さんが帰ってきていないので4人でご飯を食べることに。


「光と夏芽も大きくなったねえ」


「もう5歳だものね。来年からは小学生よ」


「ランドセルとかはどうするの?」


「どうにかして新しいのを買う予定よ」


 いくら生活が大変とはいえ、不満足な学生生活を送らせたりはしないわ。


「それならどっちかのランドセルは買ってあげようか?入学祝として」


 入学祝を出し合う位仲の良い関係ではあるけれど、


「親戚でもないのに、良いわよそこまでしなくても」


 流石に申し訳ないので断っておく。


「まあ買うのはもう少し先だろうし、その時にでも」


「そうね」


「お兄ちゃん、小学校ってどんなところ?」


 光が士郎に聞いていた。


「とても楽しいところだよ。色んな事を知れて、色んなことが出来るよ」


「ほんとに!楽しそうだね!」


「早く小学生にならないかなあ」


 二人とも楽しそうだ。私は微笑ましく見守っていた。


「まるで夫婦みたいだね」


 唐突にそう言った士郎。


 確かに男女二人が小さな子供二人と仲良くご飯を食べている光景は家族そのもの。


 将来こうやって誰かと食卓を囲むのかしら。


「かもしれないわね」


 わざわざ否定する気も無かったので、肯定しておいた。ここで口説いてくるなんてことはしないだろうし、別に問題ないだろう。


 ご飯を食べ終わって、士郎は家へと帰っていった。


 私の部屋の窓から帰っていく士郎を見る。


「本当に理想的な男子像って感じよね」


 そんなことを思いながら見ていると、


「え?どういうこと?」


 隣の家に士郎が帰っていった。


 まさか、ここまで機嫌が良かったのってそういうこと?


 翌日、士郎を呼び出して聞いてみることにした。


「急に呼び出して、一体何なんだい?もしかして告白?」


「士郎、隣の家に住んでないかしら」


 私の質問に対し、誤魔化そうとする気は無いらしく士郎はあっさりと頷いた。


「そうだよ。今は君の隣に住んでいるんだ」


 何のために?と聞きたい気分だけれど、どうせ私の為なのでしょう。


「そこまでする必要は無かったんじゃないの?」


 しかし、私に対してそこまでする必要性が分からない。たかが幼馴染よ。両親がお金持ちとは言っても人の家を買い取るほどの余裕がある程度では無いことはよく分かっている。


「君が好きなのだから、そこまでするのは当然だよ」


「当然って……あなたの家は裕福ではあるけれど、そこまでは出来ないはずよ」


「そうだね。両親なら出来ないよ。それにこんなことにお金を使うなって絶対止められるし」


 両親なら……?


「ただ、僕が稼いだお金なら何をしようと自由なんだよね」


 士郎が……?


 今までそんな素振りを見せたことは無かった。


「どうやって?」


 たかが高校生にそんな大金を稼ぐ手段があるというのか。


「内緒。これだけはまだ言えないよ」


 ただ、士郎が稼いだというなら今回の行動に納得が行く。


「本当なのね……」


「何度も言うけれど、君が好きだから」


 はあ、と私はため息をつく。


「そういえば、君の家の隣に居て分かったことだけれど。志良君とは付き合ってないよね」


「そうよ」


 これに関しては、それはバレてしまうわよね。


「良かった!本当にあの人と付き合っていたらどうしようかと思ったよ」


 と嬉しそうに話す士郎。それを見て、これを聞くことに決めた。


「私と一緒になるためだったら何でもしてしまうのかしら?」


 私により接近するために家を買ってしまった男だから。


「勿論」


「たとえ、それがどんなに困難な道であっても?全てを捨て去ることになったとしても?」


「そうだよ。迷うことは無い」


 質問をする前から何となく予想はしていたけれど、そう答えるわよね。


 なら、結論は一つ。


「黒羽士郎、私の彼氏になりなさい。これは命令よ」


 士郎を、私の彼氏にする。


 でなければ、この人はもっと不幸になる。


 そんな事態を起こすだなんて言語道断。


 だって、私は彼の事が最初から好きなのだから。


「本当に?」


 士郎は明らかに動揺している。


「何で嘘をつくのよ」


「そうか……嬉しいよ。やっと、願いが叶ったんだから」


 涙で震えながら、士郎はゆっくりと話した。


「願いが叶ったって。本題はこれからでしょう?」


 付き合うことはあくまでもスタートなのだから。


 私と士郎で幸せになる。それが最高のゴール。


「そうだね」


「じゃあ最初だし、ハグでもしましょうか」


 今回は私から。何の罪悪感も無い、ただ恋人として相手を求めるハグ。


 士郎は茫然としているから、私が士郎に近づいて、強く抱きしめる。


 いつもと変わらない。なんてことは無いハグだけれど、感情は大きく違う。


「最初から、こうすれば良かったのかもね」


 自分じゃ不幸にしてしまうと諦めるのではなく、それを乗り越えた上で幸せにして見せるとそう宣言するべきだった。


「これから改めてよろしく、薊」


「ええ。士郎」

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私はあなたと100円でハグをする 僧侶A @souryoA

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