第13話
私と士郎が頻繁に訪れていた場所。そして二人の関係を知っていると目の前の男子に暴露された場所。こうして再び来ることになろうとは。しかも男の人と二人で。
「今回の話だからだよ」
志良君は非常に軽いノリでそう言い放った。本当にろくでもないことらしい。
「そう。じゃあ率直に聞くわ。どうして士郎はあんなに不機嫌なの?」
「それはね、僕が薊ちゃんのことを頂くって宣言しちゃったからだよ」
普通に考えれば告白とも取ることの出来る発言だったが、志良君の楽しそうな表情から、全く違うということは見て取れた。
「どうして?」
「黒羽ちゃんが君にご執心の様子だったから」
味方かもしれないなんて思ったけれど、やっぱり敵だったようね。
「じゃあ士郎にこの人とは付き合っていないって言ってくるわ」
私は早々に話を切り上げ、士郎の元に向かおうとする。
「もし仮に付き合っていないって報告したとして、それが何になるのかな?」
「士郎の元気が戻るわ」
「そもそもこういう事態になったのって、黒羽が薊ちゃんの事を大好きだからなんだよね」
今までの志良君とは一変して真剣な表情になった。
「だけど薊ちゃんには黒羽と付き合う気が無い。だったら変にチャンスがあると思わせるよりもこうして付き合っていることにしてしまった方がお互いの為なんじゃない?」
これは正論だ。今までは別れようだなんて言って終わりにしようと思っていたけど、結局士郎に流されるがまま関係を続けていた。
それじゃあ士郎の為にならない。だからこっちが別の恋人を作って完全に諦めさせた方が良いのかもしれない。
士郎には辛い思いをさせてしまうけど。
「それもそうかもしれないわ」
「じゃあ決まりだ。付き合っていることにしよう」
「でも何のために?」
「それは勿論、美少女とお近づきになるために決まっているじゃないか」
既に用意してあったかのような回答をする志良君。
「だからって別に何かする気は無いわ。今まで通りの関係。分かった?」
「勿論。やりすぎて嫌われちゃうのは嫌だし」
ということで士郎の落ち込んでいる原因は分かったが、士郎の為に放置することに決めた。
話を終えて教室に戻ると、美世と北さんが仲良く談笑していた。
「あっ、戻ってきた。どうだった?紫音なんて言ってた」
「黒羽君の機嫌は元に戻せそう?」
戻ってくるなり二人は先程の会話について聞いてきた。
けれど正直に話すわけにはいかないわよね……
だからと言って紫音と付き合っているなんて嘘をつくわけにもいかないし。
「なんかすごく大切なものを壊しちゃったんだって」
「あいつはなんでそれを知っているのよ」
「偶然見かけたらしいわ。でもそっとしておいてあげて」
「分かった」
「分かりました!」
どうにか誤魔化すことが出来たようだった。
そして一週間が経った。
だからと言って当然士郎の機嫌が直るわけも無く。そろそろ物を壊したからという適当な理由では誤魔化せなくなってきた。
私達だけではなく他の人たちも何やら居心地が悪そうにしている。
それでも落久保君は一緒に居てくれているのだけれど、他の人たちは休み時間になるなり他の教室に行ったりトイレで時間を潰したりして、同じ空間を避けていた。
ちなみにそんな士郎に恋する乙女である北さんは、頑張って交流をしようとしていた。
何度も何度も撃沈しては挑むその姿を見ていると、北さんなら理想の彼女になってくれると確信できた。
それでも士郎の気持ち次第ではあるのだけれど。
その翌日。家を出ると玄関に何やら大きな段ボールがあった。
「お母さん、何か通販で頼んだ?」
「何も頼んでないわよ」
そうやら最近人気の置き配ではないらしい。
「じゃあこれは何かしら」
「とりあえず夜に開けて見ましょ」
「そうね」
何か危険なものだったらいけないので一旦外の迷惑のかからないような場所に避難させておいた。
「おはよう、薊」
教室に着くと背後から声を掛けられた。
「お、おはよう」
声の主は何と士郎だった。最近は声を掛けられることも一緒に登校することも無かったので驚いた。
「ごめんね、気を遣わせて」
恐らく昨日までの事なのだろう。目の前にいる士郎は非常に穏やかで、今までの士郎が戻ってきていた。
徐々に戻っていくならまだしも、突然元に戻るなんてことはあるのだろうか。
「おはよう」
「おはよう。もう大丈夫なのか?」
「勿論。大丈夫だよ」
もしかして付き合っていないことがバレてしまったのか。
確認のために志良君にメールを送る。
するとすぐに帰ってきた。どうやらそんなことは無いらしい。
確かにあの志良君がそんなミスをするわけがないわね。
「あいつすっかり元に戻っちゃって」
「とか言って心配してたんじゃないの?」
「そんなわけないでしょ」
「それにしてはチラチラと士郎の方を見ていたけど」
美世は嫌いだなんだと言いつつも、士郎の事を心配してくれていた。なんだかんだで友達だとは思っているのかしらね。
「何笑っているのよ」
「俗に言うツンデレみたいだと思って」
「確かに!水仙さんツンデレだ!」
「そもそも好きじゃないからね!デレは無いわ!」
顔を真っ赤にして否定する美世。可愛いわね。
その後も何か変なことが発生するわけでもなく、いつもの士郎だった時の日常という感じだった。
士郎がいつも通りになってしまった以上、この夜が本題になるわけで。
「光と夏芽はちゃんと寝かしつけてきたわ」
「ありがとう。じゃあ開けるわね」
その日の夜、私たちは今朝家の前にあった宛先不明の段ボールを開封することになった。
結構外で放置していたけれど何も無かったあたり爆発物のような危険物の類では無さそうだけれど、万が一を考慮して慎重に開封する。
「これって」
「引っ越し用の手土産かしら」
入っていたのは、私たちが住んでいる県で定番のお土産と便せんだった。
便せんには、最近引っ越してきました。今後ともよろしくお願いいたしますとだけ書いてあった。
「どこの誰かは分からないけど、ただの親切な人のようね」
結局何の変哲もない一日が終わった。
「おはよう!一緒に行こうか」
玄関を出ると、待っていたかのように士郎が出迎えた。
志良君と付き合っていることになっているとはいえ家の前まで迎えに来てくれた人を邪険に扱うわけにはいかないわね。
「分かったわ」
にしても結構なダメージが入っていた気がするのだけれど、やることは変わらないのね。
そんなことを思いながら歩いていると、
「あら?黒羽じゃん。別れた女の子と一緒に登校なんてどうしたの?」
分かりやすく挑発する志良君。これじゃあ流石の士郎でも……
「別に僕たちの勝手だよ。付き合っているかどうかは関係なく、僕たちは幼馴染なんだから。こうやって仲良くしていても不自然では無いよ」
予想に反して怒ることは無く、一切にこやかな表情を崩さずに答える士郎。
「ふーん……最近一緒に登校していなかったのにね」
「それ以上は良くないわ。志良君」
これ以上志良君の暴走を受け入れるわけにはいかない。
「まあまあ、大丈夫だから。気にしてないよ」
志良君の言葉に何も心を動かされることなく、何ならご機嫌そうに対応する士郎。
流石にちょっと変よね。
「じゃあ美世ちゃん、こんな男ほっておいて一緒に行こうよ」
志良君が私の右手を掴み、士郎と私を引き離す。
「ちょっとちょっと、先に誘ったのは僕なんだから一緒に行く権利があるよね」
私の左手を恋人繋ぎで握り、ぐっと体を引き寄せてきた。
何度もハグをしたり手を繋いだりしたから慣れているのだけれど、久々だから少しドキッとするわ。
今私は両手に美男子が居るわけだけれど、心境は穏やかじゃない。
士郎にせよ、志良君にせよ、何を考えているのか分からないから怖いわ。
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