第12話

「誰に電話をしようとしているのかな?」


 それを目ざとく見つけた神原さんが私の携帯を取り上げる。


「士郎だけど。暴漢に襲われています、助けて下さいって」


「残念でした。電話は彼には届きません」


 私のスマホを2本の指で持ち、プラプラとさせていた。


「あら残念」


 私は観念したかのように両手を上げる。


「こんな危険物は取り除いておかないとね」


 スマホを私の手の届かない所に放り投げる。


 遠めで見たところ画面は割れていなかった。一応無事のようね。アレ高いんだからもう少し丁寧に扱ってほしいものね。


 そんなことを呑気に考えると、取り巻きの女子たちが私の腕を抑える。


「これはお仕置きの時間だね」


 坂本さんが腕を鳴らしながら言った。どうやら本格的にやってくるらしい。


 これって訴えたらどの程度ぶんどれるのかしら。100万とか貰えたら家計に潤いが生まれるわね。


 なんなら家族全員で高級ステーキを食べに行くことも出来るわ。皆どんな顔をするかしら。

 とは言っても受けすぎると悲しむから極力顔とかの見える所は隠しましょう。


 と目の前に迫る攻撃を受ける覚悟をしていたら、


「薊ちゃん、呼んだ?」


 何故か士郎がやってきた。


「なんで士郎君がここに……?」


 女子の方々が困惑した様子で士郎に聞く。


 正直私も知りたいところだ。


「水仙さんから薊がここで待ってるからさっさと行けって連絡が来たんだもの」


 私は落久保君を呼んでって言っていたはずなのだけど……


「僕は期待に胸を膨らませて来たわけだけど、現実は悲しいことに全く違うみたいだね。何をやっているんだい?」


 士郎は怒っていた。他人に対して怒ることの無いあの士郎が。


「別に、仲良く話し合いをしていただけだよ?水仙さんが間違ったんじゃないの?」


「でも現にここに薊が居るんだよね。とりあえず薊に説明してもらおうか」


 普通ならば適当に誤魔化して帰らせるべきなのだろうが。


「突然この人たちに呼び出されて襲われそうになっていたところね」


 具体的な内容は伏せて、今起きている状況のみを述べた。


「なるほど。確かにこの人達に腕をホールドされていたし、そういうことなんだろうね」


 あっさりと私の言葉を信じた。というより、見ていたわねこの人。


「そ、そんなことは無いわよ。あくまで平和な話し合いよ」


「お仕置きが平和、ね。それはそれは幸せな思考をお持ちのようで」


「き、聞いていたの」


「途中からね。売春がどうたらって所から」


 殆ど最初じゃない。なんで呼ぶ前から既にいるのよ。


「最初から……グルだったの?」


「単に一緒に帰ろうって誘おうと思って探していたら見つけただけだよ」


 多分これは本当だろう。この人光と夏芽が大好きだから久々に会いたいのでしょうね。


「別れたんじゃないの?」


「そうだね。でも君達には関係が無い」


 そう言った士郎の目は冷め切っていた。


「だから、帰ろっか。薊」


 私は落ちていたスマホを拾い、士郎と共にその場を離れた。


「いやあ薊さん、そこまで僕の事を思っていてくれるとは」


 あの場を離れた途端ににこやかな表情になった士郎は、私をからかってきた。


「そんなことは無いわ。幼馴染ならその位はするでしょう」


 こちらから別れを告げてしまっている以上、素直に言えるはずもなく。


「そうかいそうかい。幼馴染なら仕方ないよね」


 完全にこちらの弱みを握った顔をしている。


「それよりも士郎、どうしてあんな場所に居たのかしら?」


「薊を探していたからだけど」


「普通あんな場所まで探しに来るわけが無いわよね?」


 部活にも入っていない私が体育館裏に放課後に居ると考えるわけがないわ。


「偶然外に居るのを見かけて追いかけただけかな」


「校舎裏までの道のりは基本的に使わない教室しかないのに?」


 体育館裏まで向かうにはグラウンドを通るか、謎教室群の見える部室棟前を通る必要があるわけだけど。


 部室棟前を通ったので、私を見つけるには茶道室か、現在使われていない空き教室に居る必要がある。


「ごめんなさい、参りました」


 士郎が降参の意を示した。何かやましい手段でも使ったのでしょう。


 別に悪気はないと思うので、これ以上は勘弁してあげることにした。


 家に着いた士郎は、光と夏芽を散々可愛がった後大層幸せな顔をして帰っていった。



 そして夜になり、一人自室で今日の事を考えていた。


 私は士郎から身を引くことにしたのは私と居ると不幸になってしまうから。


 だけど、私以外の人と付き合っても不幸になることがあるのではないかしら。


 あの人たちのように。仮に彼女になってしまっても士郎の事だから上手くやっていくのだとは思うのだけれど、なら私が付き合った方が良い。


 北さんのような人が士郎と付き合ってくれるのが理想なんだけれど、そうでない場合は少し考えないといけないのかもしれないわね。


 そして翌日。学校に来ると、心配していた美世が声を掛けてきた。


「大丈夫だった?何もないよね?心配だからお腹とか見せてもらっても良い?」


「お陰様で何もなかったわ。後お腹は見せません」


「残念」


 本当に何を考えているのよ……


「それより、何で士郎に連絡したのよ」


 美世は士郎が嫌いなはずなのに。


「昨日の落久保君を見ていたら誰だってそうするよ。結局黒羽に連絡が入るから同じよ」


 確かにアレを見ていたらそう考えるわよね……


「それもそうね」


「んで、噂の黒羽はどうしたのかな?凄く不機嫌そうな顔をしているけど」


 士郎の方を見ると、周囲に黒いオーラを放っていた。昨日はあんなにご機嫌な顔して帰っていったのに。何かあったのかしら。


「私は分からないわ」


「まあ別にいっか」


 このクラス唯一の士郎アンチは考えることを辞めた。というより興味を失ったらしい。


 ちなみに私のアンチはというと、大人しくしていた。これ以上私に対して黒い噂を立てることも、昨日のように突っかかってくることも無いでしょう。


 授業中、功労者の士郎はなんだか上の空だった。いつもなら当てられてもきちんと正解を返す優等生の筈なのに間違ったり、そもそも気付かなかったりと不自然だった。


 かと言って私から聞くわけにもいかず、落久保君に任せたが何も無いの一点張り。本当に大丈夫なのかしら。


「おーい薊ちゃんや、何をしているんですかね?」


 そんなことを考えていると背後から声を掛けられた。美世だ。


「やっと反応した。二人して何をやっているの?」


 そして北さんも。


「私が何かしたかしら?」


「私たちをずっと無視して……黒羽の事心配しすぎ」


「まあ白崎さんは授業とかにはちゃんと反応していただけマシだったんですけど」


 授業にはちゃんと反応していたつもりだったけれど、他が酷かったらしい。


「ごめんなさい」


 心配する人が逆に心配されていたなんて滑稽な話ね。しっかりしないと。


「まあ薊に関しては直接何かあるわけじゃないから良いんだけど、根元をしっかりと絶たないとね」


 美世がそんなことを言ったタイミングで北さんのスマホが鳴る。


「師匠からだ!」


 北さんが笑顔で反応する。志良君に本当に懐いているのね。将来怪しい男に捕まらないか心配だわ。


「えっと、黒羽ちゃんは元気にしてますかだって」


「あいつの仕業だったのね。やるじゃない」


 士郎アンチ筆頭(一人)の美世は非常に悪い笑みをしていた。


「結局何をしたのかは書いてある?」


「書いてないよ。知りたくば薊ちゃんが一人で僕の元へ来いだって」


 なにやら面倒ごとに巻き込まれそうな気もするが、あのまま士郎を放置するのも問題なので向かうことに。


 北さんにお願いして連絡を取ってもらった結果、例の中庭に来いとのこと。


「どうしてここなの?」

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