第10話

 今回の班活動で得たのは、


「白崎さん、水仙さん、ご飯食べよ!」


「そうね」


 新しく友人が一人出来たことかしら。


「それめちゃくちゃ美味しそう!」


 美世が北さんの弁当の中にあるハンバーグに興味を示す。


「でしょ?なかなかにこのハンバーグは上手く出来たと思う」


 冷凍じゃなくてちゃんと作ったのね。これは相当な料理力の高さね。


「食べても良い?」


「良いよ。はいあーん」


 美世は北さんの箸で差し出されたハンバーグを何の躊躇も無く口に入れた。


「んー!美味しい!」


「でしょー?」


 美世との相性も良いらしくて本当に良かった。


「美味しそうなハンバーグだね。僕も食べていい?」


 不意に背後から声をかけられた。


「あ、志良くん!」


「どうも、志良君です」


 反応したのは北さんで、その相手は志良君だった。


「え?紫音と知り合いなの?」


 私の代わりに美世が疑問を問いかけた。


「そうだね。知り合ったのは最近だけれど」


「そうなの?北さん?」


「うん。この間志良くんから話しかけられて、それから仲良くなったんだよ」


「紫音……もしかして誰彼構わずそういうことをやっていたりする?」


「それは心外な。真っ当に仲良くなりたかったから話しかけたんだよ」


「紫音、それをナンパというんだよ」


「違います水仙さん!志良さんはそんな不埒な目的で話しかけたのではありません!」


 予想外にも志良君を庇う北さん。何なら敬意を感じられるわ。


「ここに居る志良君は、私の師匠様なのです!」


「「師匠?」」


 一瞬ふざけているのかと思ったけれど、北さんの表情は真剣そのもの。北さんの性格上これが嘘とは信じがたいわね。


「あれは水族館に行く一日前のことです」


 疑問に思っていると勝手に北さんが話し出した。


「白崎さんと水仙さんの助力によって無事二人っきりになることが出来るようになっていました。だから私は当日がとっても楽しみでした。早く来ないかなあって」


「けれど、その時気付いてしまったんです。二人っきりになったからといって何をすればいいのか分かっていないことに。二人になること自体は良いのですが、そこにあるのは怪我人と責任者の関係。仲が進展するわけではないのです」


「そこに現れたのが師匠でした。志良くんは私が何も言っていないはずなのに計画の全容を知っていました。そして、私に起こりうるであろう問題すらも」


「志良くんはそれに対する最適解を提供してくれました。何を話せばよいのか、黒羽くんの趣味嗜好、そして白崎さんと黒羽くんの関係性等々」


「そのおかげで私は黒羽君との関係を進展させることが出来ました。今の私があるのは全て師匠のお陰です!」


 北さんは目をキラキラさせながらそう話していた。


 何話したのこの人。


 私は志良くんを睨みつけるが、当の本人は気付かないフリをしていた。


 とは言っても私と北さんの関係性に違和感がない以上、ハグの事に関しては伏せているようね。


「北さんが満足ならそれでいいかもね」


 現状北さんに悪いことは起きていない以上、志良くんを追い詰めることが出来ない様子。


「この様子だと現状も問題が起きていないようだね。なら良かったよ。じゃあね」


 志良くんはそのまま教室を出て行った。


「ただ北さんの様子を見に来ただけのようね」


「そうみたいだね」


『ピリリリ』


 私が気を抜くと同時にスマホが鳴った。誰かからの連絡が来た。


「少し確認してもいいかしら?」


「良いよ」


「勿論!」


 母からの緊急だと不味いので一旦許可を取ってスマホを見る。


 差出人不明のメールだった。


 しかしアドレスに入っているcoelacanthというシーラカンスの英語が書かれていることから志良くんだと思われる。


『白崎薊ちゃんへ 別に都合の悪いことは話してないから安心して良いよ。後、今回は僕に少し感謝して欲しいかなあ。お礼はハグで良いよ』


 酷い連絡だった。返信はせずに無視しておくことにしましょう。


「何だったの?」


「お母さんからだった。トイレットペーパーが切れちゃったから買っておいて欲しいって」


「そっか」


「それは良いのよ。問題は北さんよ。これからどうするつもりなの?」


「ん~深くは考えていないけど、休日に一緒に遊びに行けるようになりたいかな」


「頑張ってね。応援しているわ」


「うん。白崎さんもね?」


「え、ええ」


 唐突にそう返されたので返しに困った。


 美世には話していないのよ……


 そのまま昼休みは終わり、授業が始まった。


 味方が増えた教室はいつもよりも息がしやすく、授業も輝いて見えた。



 放課後、私は嘘を誤魔化すために本当にトイレットペーパーを買うべく真っ先に帰宅しようとした。


「よう、白崎。話がある」


 そんな私の前を遮ったのは落久保くん。


「私には無いわ。帰らせて」


 仲良くなりたいとは思っているけれど、あまり話す気が起きなかった私は、適当に言い返して帰ろうとした。


「北の件だ。分かるな?」


「何の事かしら?関係ないから帰るわね」


 強引に帰ろうとするけれど、そこは流石のバスケ部男子で、バッチリと道を塞がれてしまった。


「そういうわけにはいかねえ。こっちに来い」


 結局男子の力には為す術がなく、強引に人気のない場所へと連行された。


「か弱い女子を強引に連れて何の用かしら?」


「ただ質問がしてえだけだよ。どうして北をけしかけた?」


「何の事かしら?北さんは自分の意思で行動しているだけよ」


「そうか。じゃあ何で手助けなんかしているんだ?」


「どういうことかしら?」


「お前が士郎と距離を置いたのは俺に言われたからだろ?ってことはまだ士郎が好きなはずだ。同じ人を好きな人の手助けを普通するか?自分にとって不利益しかないだろ?」


「純粋な善意だけれど」


「ああ、そう言い切るのかい」


「あなたはどうして私を目の敵にするのかしら?」


「お前が一番よく分かっているだろ?自分の胸によく聞きな」


「それが分からないから聞いているのよ。士郎にふさわしくないと一刀両断するのは分かるけれど、それだけで私をそこまで嫌うわけが無いわ」


「はあ……分かんねえのか。お前が子持ちだからだよ」


「子持ち?」


「あの二人だよ。この間会った」


「光と夏芽の事?あれは弟と妹だけれど……」


 その言葉を放った瞬間に落久保くんの顔が真っ青に青ざめた。


「え、マジで?は?言い訳じゃねえだろうな」


「言い訳じゃないわよ。それに二人が私の子供なら何歳で出産していると思っているのよ」



「え、あっ……」


 落久保くんは指で何かを数えた後にそう言葉が漏れた。


 本当にそう思っていたようね……


「すいませんでしたああああああああ!」


 すごい勢いで落久保くんが土下座をした。それは大層芸術的なものだった。


「つまり、落久保くんは私が既に別の誰かと付き合っていて、子供まで生んでいるのに士郎」と付き合っているということに怒って、別れろって私に問い詰めてきたってわけ?」


「そうです。本当に申し訳ねえ……」


 何とも馬鹿らしい仲違いもあったものね。私は思わずため息をついた。


「ん?じゃあ何で白崎は士郎と別れたんだ?一切思い当たる非が無いじゃないか」


「それには色々あるのよ……」


 流石にそれについて話したくはないわ。


「勝手に迷惑かけた上に人の秘密を聞き出すのは問題か。ただ一つ、これだけは聞かせて欲しい。士郎の事はまだ好きなのか?」


「ええ」


 嫌いになるわけないじゃない。よりを戻す気は無いんだけれど、この気持ちに嘘は言ってはいけない気がする。


「俺はなんてことを……」


 ひざを折り、頭を抱える落久保くん。


「別に気にしていないわ。士郎の為を思っての行動だもの」


 私だって逆の立場なら同じことを言っていると思う。


 親友が変な人に捕まって不幸になる姿なんて見たくないものね。


「ありがとう。なんて優しいんだ……」


「それぐらい構わないわ」


「神か……」


 その後、落久保君の申し出によって二人で買い物に向かうことになった。


 私は女子にしては力がある方だとは思っていたけれど、流石は男子。


 私が苦労して持ち帰っている量の品を自分の学生かばんとか諸々を背負ったまま運んでくれた。


「ありがとう。私の家まで運んでくれて」


「それくらいはな。俺は帰るけど一つだけ。二人の交際を絶賛応援する」


「あ、ありがとう」


「じゃあな」


 そう言い残し落久保君は帰っていった。

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