第9話

「やあ、黒羽」


 何事も無かったフリを装って美世は返事をする。


「なんで君たちは二人っきりなんだい?他の二人は?」


 全員で回ることにしたんだから流石に聞いてくるわよね。


「さてどこでしょうね。席が空いていなかったからどこか遠くにでも座ってたんじゃないかしら」


「そうかい。しらを切り通すつもりなんだね」


「別にありのままを喋っているだけだけど」


「二人だけでこの会場に入ってきていたのに?」


「見ていたの?」


「僕たちはこの近くで休んでいたからね」


 どうやら、休憩場所として会場の近くを選択していたらしい。


 美世による誤魔化しもこれ以上は限界のようね。


「見つかってしまったのなら仕方ないわ。私たちは二人で回っていたわ」


 二人で回っていたから何?という雰囲気を出しつつそう答える。


 こういう時は押された方が負けるからね。


「まあそういうことだろうとは思ったよ」


 すると士郎は意外にも怒ることは無く、あっさりと引き下がった。


「怒らないのかしら?」


「別にそれくらいで怒る僕じゃないよ。それに元々どこかしらで自由行動に切り替えるつもりだったし」


「黒羽にしては融通が利くというか、優しいのね」


 私よりも意外に思ったのであろう美世が反応した。


「目的は発表だし、資料がちゃんと集まれば後は何しても問題ないだろうしね」


「あの短期間で資料は集まったのかしら?」


 少なくとも全員で回っていた時は資料を手に入れるために何かした記憶はない。解散後も士郎は二人っきりで動いていなかっただろうし。


「その点は大丈夫だと思う。落久保が大体全部やってくれているだろうし」


「彼が?」


「あいつ見て分かっているとは思うけど、水族館かなり好きだったでしょ?多分一人で回っているだろうから一目なんて一切気にせず大量に写真を撮りまくっているんじゃないかな」


「そう……」


 なら一切気にすることは無さそうね。


 懸念点も無くなったところで、士郎との二人っきりの時間を楽しんだ北さんの話でも聞こうかしら。


 きっといい話がたくさん聞けるはずだわ。


 そう思って北さんの方を見る。


 そこには、満面の笑みで喜びを噛みしめている北さんではなく、何か悔しそうな、悲しそうな表情でこちらを見る北さんの姿があった。


「北さん?」


 思わず私はそう呟いてしまった。


「ちょっとお手洗いに行っても良い?」


 北さんは士郎にそう告げた。


「別に構わないよ」


「じゃあ、白崎さんも一緒に行こっか」


 北さんは有無を言わせずに私の手を引っ張り、お手洗いのある方へと連れていく。


 何かいい話、というわけでもなさそうね。


 そしてお手洗いに着いた所で、北さんから話を切り出された。


「嘘つき……」


 声と顔には恨みというよりは、悲哀のような感情が込められていた。


「どういうことかしら?」


 少なくとも北さんには嘘を告げたつもりはない。私は私にとって出来ることをしていたし、誠心誠意二人を思って行動し、話したわ。


「別れたんじゃないの?」


「それは嘘偽りない事実よ」


 付き合ってはいなかったけれど、事実上そういう関係に近かった。私はそれを断ち切るために別れを切り出した。嘘なんてない。


「なら、何であなたと士郎の関係は変わっていないの?」


「変わっていない?」


 ハグのような爛れた関係も無くなったし、一緒に登校することも今後はないはず。実際に今日は一人でここまで来た。


「別れた二人があそこまで信頼のある会話はしないよ。少しくらい会話に違和感があると思うの。それに、別れた後に士郎の家で料理を振る舞ったって聞いたよ?」


 他の女子に何を話しているのよ。士郎。


「それは本当だけど……」


 バレている以上、言い逃れは出来ない。これなら、北さんを弄んでいると思われても仕方ないわ。


「なら、どうして話してくれなかったの?」


 別れたことは事実だったから。なんて言葉は言い訳にしか聞こえない。そう思って何も返す言葉が思い当たらなかった。


「友達でしょ?だったらまだ士郎君の事が好きだって言ってくれれば良かったじゃん」


 そこから続けて出てきた言葉は意外なものだった。


「言ったら北さんに悪いでしょ?」


「そんなわけないって。話しているうちに白崎さんは聞いていたよりもとってもいい人なんだって分かったから」



「良い人?」


「うん。だって白崎さんが黒羽君を好きなことが事実だったとしても、別れているという話は事実だし、私と黒羽君をくっつけるために考えてくれた今日の案は少なくとも本気だった。二人が自由に行動するついでじゃなくて、メインとして考えてくれていた」


「そうね」


 北さんはとてもいい人だと感じたから、士郎と結ばれるには良いと思ったから。


「そこまでしてくれたんだから悪い人だとは思えない。何か事情があったんじゃないの?」


 心配そうな顔で私を見る北さん。これまでの短い時間の付き合いだけでそこまでたどり着けるのね。


「話すことは出来ないけれど、あるにはあるわね」


 事情はあるけれど、これは話すべきじゃない。


「なら、どうにかならないの?」


「多分無理ね。だから、気にせずに頑張って頂戴」


「どうしてそんなにしてくれるの?」


「北さんだからよ」


 ここまで私を考えてくれたのだもの。それだけで幸せを願うには十分よ。


「そう、ありがとう。じゃあ戻ろう」


 何かが切り替わったのか、北さんはいつも通りに戻った。


 しかし、少しだけ変わったことはあった。


 強引に連れていくためではなく、共に歩くために北さんは私の手を繋ぎ、ペースを合わせて歩いて帰った。


 戻ると、険悪な雰囲気の二人が待っていた。それに気付いた北さんは私の手を放し、


「ちょっと二人とも何かあったの?」


 心配そうな表情で二人に言った。


「「別に何も無いよ」」


 すると二人から全く同じ言葉が返ってきた。


「何も無かったじゃすまされない空気だよ?」


「本当に大丈夫よ。単にこの二人の仲が悪いだけだから」


 私は二人に聞こえないように北さんに耳打ちした。


「単に仲が悪いってそれ自体問題じゃないの?」


 確かに。その発想は無かった。


 この二人は息を吸うように仲が悪かったからそんな普通の発想が頭から抜け落ちていた。


「この二人に関してはそれがコミュニケーション手段みたいなものだから、アトラクションとして楽しむくらいがちょうど良いわ。私たちへの反応に影響は無いし」


「なら良いんですかね?」


 北さんならそれでも仲良くしてとか言いそうな気がしていたけど、理解したならそれで良いわね。


「良いわ」


「これからどうするの?二人いないけど」


 私は強引に本題に戻した。


「落久保はどうせ解散して良い時間になっても居座りそうだから置いておくとして、宮部君をさっさと見つけないと」


 というわけで手分けして探すことになった。が、それから数分もたたないうちに士郎から連絡があった。誰もいなくなったので帰宅したらしい。


 班行動をしなければならないのに一人で帰るのはどうなんだと一瞬思ったが、冷静になると班行動をする方針だったはずなのに一人残して皆どこかに行ったという状況。


 どちらかと言えばというより完全に私たちが悪いわね。多分私でも帰る自信があるわ。


 報告してくれただけましだと考えて、今回の水族館見学は終了した。


 その後の発表の準備については、士郎の予想通り落久保君が過剰に集めてきた資料によってつつがなく進んだ。


 題材はペンギンの繁殖について。士郎が少し調べていたし丁度いいということでそれに決まった。


 基本的には落久保君が中心となって情報を仕入れ、他5人が整理して資料に起こすという形を取った。


 ちなみにこちらの方は宮部君が大活躍だった。


 どこから学んできたのか分からない知識か経験によってプレゼン資料を完璧に作ってくれた。


 これには私たちも驚きで、途中帰宅したことなんて完全に帳消しになるどころか全てやってくれてありがとうございます。


 寧ろこんな人に途中帰宅を選ばせる状況を作ってしまったことが非常に申し訳ないわ。


 本番も何か事件が起こることはなく無事に終わり、これで班での活動は完全に終わった。

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