第8話

 そして数日が経ち、水族館の課外学習の日が来た。


「ここで、私は!」


 水族館の前で、北さんが強く決心をしていた。


「大声で言ったらバレるわよ」


「確かに……!」


「二人っきりで水族館、水族館!」


「何か話している所悪いんだけど、集まったしもう入っちゃおうか」


 女子三人で盛り上がっている中、後ろから士郎が話しかけてきた。


「うん!」


 一応課外学習の形式を取ってはいるが、集まったら入っていいという何ともアバウトな物だった。


 一応、水族館が開く10時から11時までの間に水族館に入っていれば登校した判定になると先生が言っているけど、そもそも先生が来ないのでほとんど関係ない。


 ただ水族館で自由に遊ぶ高校生が誕生するのが今回の課外学習。


 修学旅行でもないのにこんなことをやっても良いのだろうかと思うが、学校の方針だし、生徒には一切文句が生まれようが無いので関係ない。


 私たちはあらかじめ配布されていたチケットを使用して館内に入る。


 入って真っ先に広がるのは、巨大な水槽。


 その中には目玉ともいえる巨大なサメやエイがたくさん飼育されているわけではなく。


「可愛い……」


「流石水族館のアイドル枠。いつ見ても好き!」


 美世と北さんが可愛いと評する通り、ペンギン専用の水槽だ。


 伸び伸びと泳ぎ回るペンギンや、上の方にある陸地で休んでいるペンギンが自由に限られた日常を過ごしている。


「なんでこんなに無駄に大きいんでしょうね」


 明らかにペンギンの数にしては水槽が広すぎる。


「多分ペンギンの繁殖が難しいからじゃないかな」


 近くで一緒に見ていた士郎が話しかけてきた。


「そうなの?」


「人工的な繁殖限定だけどね。日本が一番繁殖に成功しているんだけど、それでも数は多くないし、種によってはさらに少なかったりするらしい」


 南極やらでペンギンが大量に群れを成して子供を育てているイメージがあったからぽんぽん卵を産んでいるイメージがあったけど、そうではないのね。


「博識だね、黒羽君!」


 話を聞いていた北さんが話に入ってきた。


「ただ来る前に少しだけ調べただけだよ。ペンギンは絶対見るだろうと思ったからね」


「それでも流石だよ!」


「はは、ありがとう」


 上手く会話が出来ているようで安心したわ。


 これなら二人っきりになっても問題は無さそうね。


 ちなみに、残りの男子二人はと言うと、宮部君は無言でペンギンを眺め、落久保君は目をキラキラさせて一人盛り上がっていた。


 思っていたよりも二人は純粋に水族館を楽しんでいた。


 男子はこういうのに興味ないのかなとか思っていたけれど、これなら簡単にバラバラになりそう。


 もしかして落久保君が自由行動に賛成していたのって一人で水族館を堪能したいからじゃないでしょうね。


 まあ本人に直接聞くことは出来るわけも無いので真相は闇の中、迷宮入り確定ね。


 本当にただ良い人なのよね。だからこそ嫌われているのが悲しいわ。


「どうかな。ペンギンには満足したかな?次行かない?」


 士郎の合図で次のコーナーへ向かう事に。


 次も大きな水槽。今度こそサメやエイが海を泳いでいた。


 私はさっきの水槽よりもこっちの方が好みだわ。雑多という感じがするから。


 当然水族館に飼育されている時点で人工物であることに変わりはないのだけど、種類が豊富な分より海に近いというか。そんな気がするの。


 それに、一種類しか居ない水槽って何か不気味に感じるのよね。


 異物は絶対に許さないというか。徹底的な排除の結果生まれたもののように感じて不安になるの。


 住み分けは大事だということは理解しているけれど、それでもね。


 小さい水槽だとそれ以外のスペースが無いだけと割り切れるけど、さっきみたいに大きな水槽だと特に。


「どうしたの?」


 私の顔を美世がのぞき込んできた。


「どうやって抜け出そうかなってね」


 私は美世にしか聞こえないように、耳元でそう囁いた。


 水族館を純粋に楽しんでいる?人にこんな話はするものじゃないだろう。


「流石薊ちゃん。参謀は考えることが違う」


 そう言ってけたけたと笑う美世。


「じゃあ次行こうか」


 士郎の合図もあったので水槽を離れた。


 この後は、360度水槽に囲まれているエリアや、ペンギンの陸地部分を見るフロアなどを回った。


 各々楽しそうに水族館を回っていた。別にこのままでも楽しく水族館を回ることが出来そうなほどに。




 そして待ち受けた仕掛けの時。クラゲ等の深海に生息する魚が展示されているエリアに到着した。


 私はあらかじめ決めておいたように、作戦決行の合図を二人に送る。


 ちゃんと伝わったようね。


「キャッ」


 北さんが意図的にこける。部屋が暗いのでわざとかどうかの判別は難しいでしょう。


「大丈夫?」


 当然士郎は紳士だから心配をする。


「ちょっと足を痛めたかもしれないです……」


「じゃあ少し休んでいようか。ちょっと座れるところに連れていくね」


 あっさりと士郎を別の場所に連れていくことに成功。


「じゃあ行こうか。薊ちゃん」


「そうね」


「おい、お前ら、勝手に行くのか?」


 一応全員で回ることに決めていたので落久保君が止めてくる。


「勿論!そもそも自由行動でも許されているんだし」


「そ、れ、に、私たちと回るよりも一人で回りたいんじゃない?」


「それはそうだが」


「ならいいじゃん。ってことで」


 私は美世に手を引かれ、水族館の先の方へと歩いていった。


「これでバッチリね!」


「そうね」


 かなりあっさりと二人になることに成功した。


「にしても、よくここまで上手くいったよね。まさか私たちが二人っきりになるだけじゃなくて北さんと黒羽を二人っきりに出来るなんて」


「志郎は優しいからね。嘘だとバレていたとしても怪我を本当にしている可能性があるならそれありきで動いてくれるから」


「振った人とは思えないほどに褒めるね。ただ、今回はそれが上手くいったと。流石士郎の事をよく知っている薊ちゃんだ」


「幼馴染ならそれくらい普通よ。さあ行きましょう」


 私たちは、当初からの目的だった女友達二人での水族館巡りを無事開始することが出来た。


 そして、上手くいけば北さんとも晴れて友達になることも可能になるでしょう。


「凄くご機嫌だね。そんなに薊ちゃんは二人っきりになることを期待していたのかな?」


「そうかもね。でも、美世の方が表情に出ているんじゃない?」


 美世はこれ以上にない位ニコニコしている。そこまで喜ぶことかしら。まあ喜ばれることに悪い気なんてするわけがないのだけれど。


「そうかなあ?あっカクレクマノミだよ!ほら」


「可愛らしいわね」


 誤魔化された気がするけれど、ここまで来ると私への追求が来てしまいかねないので美世に合わせておきましょう。


 班で回っていない部分を一通り回った頃に、丁度イルカショーの時間になった。


「そろそろ行きましょうか」


 ショーの会場に来ると、既にかなりの人数が集まっていた。


「意外と人来ているんだね」


「一応うちの生徒が大量に来ているからじゃないかしら」


「それもそうだね」


「とりあえず空いている席に座りましょうか」


 こう話しているうちにも席が埋まってきているので急いで席に座る。


「どうにか無事に座れたね」


「運が良かったわ」


 偶然にもショーの見やすい上側の席が2席余っていた。


 そして座ったタイミングでショーがスタートした。


 見事に統率の取れたイルカたちが、次々にリングを通り抜け、ボールをヘディングする。


 イルカのかわいらしさも相まって、非常に魅力的な演技が披露される。


 水族館の職員ではないので詳しいところは分からないけれど、かなり苦労して練習をしたのがよく分かるショーだった。


「やあ凄かったね」


「いつ見ても素晴らしいショーだわ」


 何度も通った水族館だけれど、相変わらず感動を届けてくれる。


 そんなショーの感想を、二人で話そうとしたら、


「やあ、二人とも」


 士郎と北さんに出くわした。これでおしまいのようね。

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