第7話
私の事を調べ上げているのなら、なおさらその結論にはならないと思うけど。
「だって君は美しく、そして優しい」
志良君は優しく私の手に触れる。
「自分の好意を捨ててまで、相手の為を思って行動するだなんて」
「僕はそんな君の事が非常に気になったんだ」
「僕は、君の環境がどうであろうと、幸せにすることが出来る。そして僕も幸せになれる。君の心配する障害は僕にとっては問題が無い。どうかな?」
ふざけた口説き文句ではあるが、顔は真剣そのものだ。
演技かもしれないけれど、そう扱ってはいけないような意思の強さがあるように見えた。
「好きだから私の事を調べたってこと?」
「そうだよ。人を落とすためには、相手の事をよく知ることが一番大切だからね」
ここまで私に誠意を持って行動してくれる彼に私は応えるべきなんじゃないか。そう思えた。
それに、彼の事は不快に感じてはいない。単に警戒していただけ。
でも、警戒する必要が無くなった今。考えることは無いんじゃないか。
「私は——」
「ごめんなさい」
断ることにした。
「そこまで思って貰っているような人に、好きじゃないまま付き合うなんて不誠実だから」
「そう」
「それに、あなたの言葉に引っ掛かりを覚えたの」
「引っ掛かり?」
「そう。理由は分からないけれど、急ブレーキをかけるには十分な程に」
「あらら、残念。僕は失恋してしまいましたとさ」
まるで芝居がかった口調で、失恋したと悲しむ彼。
私を気遣ってなのか、強がりなのか、はたまた別の意図なのかは分からないけれど、私の気持ちは少し軽くなった。
「優しいのね」
「そんなことは無いよ。僕は美世が言う通り、人のゴシップを楽しむ愉快な道化師だよ」
「そうだったわね」
そう笑う志良くんにつられて私も笑う。
「ところで、白崎薊は何がしたい?」
「何がしたいって?」
「今後の恋愛の展望だよ」
「考えたことが無いわね」
そもそもそういうことをする意思が無かったから。
「ちゃんと考えておかないと、大変なことになるかもよ?」
「大変なこと?」
「そう。まあそうなった時は僕がきちんともらってあげるから。安心して大変なことになってください」
「そんな責任は取らなくていいです」
「あらら、美人を簡単にゲットできるチャンスだったのに」
「もしかしてそれが告白した本音かしら?」
「そうだね」
あっさりとそう言い切る志良くん。引っ掛かりはここだったのね。
「そんなにお手頃に映ったかしら」
「それはそれは。落久保真雪とかいう悪魔に心無いことを言われ、好きだったはずの士郎君を本格的に諦めることになった。もしかしたらお互いに不幸にならずに付き合うことが出来る可能性があったのかもしれない。そう思いながら」
「そこに現れた救世主である僕は、仕入れてきた情報を元に最も欲しているであろう言葉を投げかける。しかも境遇が境遇だから選択肢はかなり分かりやすい」
「落久保君を悪魔という割にはあなたの方がやっていることは悪魔じゃないかしら」
「悪魔とは失敬な。僕は小悪魔だ。害を与える彼とは大きく違う」
分かりやすく顔をむくれさせる志良くん。確かに小悪魔が正しいわね。
「それは良いわ。ならどうしてこのめんどくさい女を捕まえようとしたのかしら?」
別にそれだけの技量があるのであればそこら辺の女子を捕まえて彼女にすることくらい容易なのに。
「君がこの学校で有数の美人だから。多分君ならモデルとかでも食っていけるんじゃないかな。それに、面倒くさいなんて言っているけど、相手の為を思って常に行動している結果だからね。それに、あの美世が大絶賛する子だよ。絶対にいい子に決まっているじゃないか」
「そう見ると私が最適なのかしら?」
「だね。女子からの評判も、大体士郎君と仲の良い美人だからだし」
変な目で見られていたのはそういうことだったのね……
「そういうことだね。とりあえず昼休み終わりそうだから戻ろうか」
「そうね。じゃあ最後に」
「美世の事本当に大切に思っているのね」
「どうだろうね」
今まで私の目を見て話してきた彼が、初めて顔を見せずに話した。
教室に戻ると、美世が私の机に座って待っていた。
「席は私の前だからわざわざここに座る必要は無いでしょう」
「いいじゃんいいじゃん減るもんじゃないし」
「まあいいわ。で、志良君と何を話したのかが気になるのでしょう?」
「そうだね」
「時間が無いから放課後ね」
「じゃあ薊ちゃんの家に行っても良い?」
「分かったわ」
私たちは二人を迎えに行ってから、帰宅した。
「先に家事を済ませておくからそこらへんで待っておいて」
「はーい。じゃあ光君、夏芽ちゃん、あそぼっか」
「やったあ」
「わーい」
美世は二人と家にあるおもちゃとゲームで一緒に遊んでいた。
相変わらず懐いているわね。
ある程度家事を終わらせた後、
「じゃあ話をしましょうか。光、夏芽。私の部屋にしばらく居るから。何かあったら部屋に来てね」
「「はーい」」
「久々に薊ちゃんの家に来たなあ。相変わらずいい匂いがするよ」
「そこ、勝手に人のベッドにもぐりこまない」
変なことを言いだした美世は真っ先にベッドに潜り込もうとしたので止めた。
「ごめんごめん、つい」
ついじゃないわよ。まったく。
「で、何の話をしていたか、よね」
「うん」
私は、昼休みにあったことの一部を話した。
「大変なことになる、ねえ。別に変なことが起こる予兆は無いけど」
「そうよね」
「でも、紫音がわざわざ呼び出してまで言うってことはそれなりに確信があって言ってるってことなのよね」
「そうなのね」
「紫音は結構嘘ばっかり言うけれど、誰かに危害が加わる可能性があるっていう嘘は言わないのよ」
「つまり、大変なことっていうのが現実に起こりうるってこと?」
「そうね。程度は分からないけれど、このままだったら何かが起きることは確定的なのでしょうね」
「志良君の事を信用しているのね」
「長い付き合いだからね。アイツの言葉の真偽はある程度位は判別できるわよ」
以前腐れ縁だとか言っていたけれど、大分いい関係のようね。
「志良君も美世の事を信頼していたし、案外いい関係なのね」
「なんて言ってたの?」
「美世が大絶賛する人だから絶対に私は良い人だって」
「裏でそういう話をしているなんて、言わなくてもいいのに……」
「別に私は嬉しかったわよ?それにいつもの美世と大して変わらないじゃない」
「そうだけど!」
「人のベッドに真っ先に潜り込もうとする女の子がそこで恥ずかしがってどうするのよ」
美世は顔を真っ赤にしていた。
美世にも何かしらの線引きがあるらしい。
「そうね。美世は夕食食べていく?」
「今日はもう帰る!」
美世は自分の荷物をささっと纏め、家から出て行った。
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