第6話

「じゃあこういうのはどうです?」


 北さんが出した案は、堂々と連れ出すというもの。


 北さんが怪我か何かをしたフリをして士郎に世話をさせる。


 その隙に私たちは抜け出し、北さんは看病をしてもらうことで二人っきりになる。


 宮部君と落久保君が二人っきりになるという状況が発生してしまうけれど、私たちがいるよりは楽しいよね。


 なんか嫌な予感がするけれどそんなこと気にしていたら負けよね。


 それに、敵対的な視線を向けてくる女子の方々もいますし、士郎と分断することを好ましく思ってくれるのではないかしら。


 次の授業は古文。将来的に使うことは殆どないであろう言語の授業。


 とは言ってもテストや受験には必須なので学ばなければならないのだけど。


 教鞭を取るのは眼鏡をかけた大人の雰囲気を感じさせる女性の桜花先生。


 見た目的に20後半で、教師としての経験はかなり浅いはずなのに、授業慣れしており、非常に分かりやすい。


 見た目も内容も良いのでこの授業に関しては寝ている人はあまりいない。


 特に美世。この子古文の担当があの人になってから急激に成績が伸びたのよね。


 元々はクラスでも真ん中位だったのだけれど、気づいたら学年で一桁に入っていて驚いたわ。


 美世曰く、


「美人でエロい教師の言葉は一言一句逃すことは出来ない」


 とのこと。男子高校生じゃああるまいし。いや男子高校生でもここまではしない。


 ちなみに、美世の苦手強化は保健体育。先生が苦手だし、受験にも使わないから勉強してやる気が起きないとのこと。


 他には、北さん。こんなクラスの状況で私に仲良く接してくれる非常に良い人だわ。


 そんなこともあって真面目に授業を聞いて—— 

 いないわね。時々士郎の方を見て顔を赤らめているわ。


「いたい!」


「授業位真面目に聞きなさい」


 北さんが教科書の角で頭を叩かれていた。叩かれた部分を必死に抑え、涙目になっている。


 そんな光景にクラスのみんなは笑っていた。


「いいなあ……」


 笑い声が響く中、羨ましそうな顔でため息をつく美世。


 いいなあじゃないわよ美世。


 他には、士郎。相変わらずの優等生ぶりだ。ただ真面目に授業を聞いているように見える。


 そして落久保君。古文は苦手なようで頭を抱えながらも真面目に授業を聞いていた。


 やっぱり普通に真面目で良い子なのよね。嫌われているのは少し悲しいわ。


 キンコンというチャイムの音と同時に授業が終わる。


「水仙さん、後でクラス分の課題取りに来て」


「はい!わっかりましたあ!」


 別に古文の担当でも無いのに役割を任せられる美世。


 本当に良いように使われているなあ。


「ってことで行ってきます!」


「美世。一人じゃ大変でしょ。手伝うわ」


「ありがとう!」



 そして昼休み。


「はい、これがこの間の宿題ね」


「はい。分かりました。ところで放課後にカフェとかどうですか?」


「何を言っているのよ。教師が生徒とどこかに行くわけないでしょう」


「ならバスケを教えていただけませんか?バスケ部の顧問ですよね?」


「教えるのはバスケ部だけよ。水仙さんはバスケ部じゃあないわよね」


「じゃあ入部します!」


 何故か手に持っていた入部届を提出する美世。用意が良すぎではないかしら。


「駄目よ。あなたはあなたに出来ることをしなさい。それに、バスケ部に入って手を怪我されると申し訳ないわ」


「運動部なら当然じゃないですか」


「そういう問題じゃないわ。あなたが絵を描けなくなる期間が生まれることが忍びないのよ」


 美世は実は有名な漫画家だったりする。恋愛漫画を描いているのだけれど、登場人物の感情の描写が非常に巧みなことに定評がある。

 最近アニメ化も決定し、今ノリに乗っている状態だ。


 それを知っているのは私と美世とこの桜花先生位だ。


 あまり人に話しても無駄に注目されて疲れるから嫌とのこと。


 じゃあ何故担任でもないこの先生に話したかと言うと、昼休みに職員室で美世の漫画を読んでいるのを見かけ、これは使えると思ったかららしい。


 現にこうやって仲良く出来ているあたり、上手くいっているらしい。


 ただ、今回はそのせいで手を労わられて入部を断られているのだから皮肉なものね。


「やっぱり私のこと好きなんですね」


「違うわ。好きなのはあくまであなたが作った物、それだけよ」


「そういうことにしておきます。じゃあ持って行きますね」


「美世がすみません……」


「良いのよ。最初に付け入る隙を見せてしまった私が悪いのだから」


 私は、先に職員室から出て行った美世に着いていった。


「相変わらず桜花先生のこと好きなのね」


「だって美人じゃん。それにおっぱいでかいし。触ってみたい」


「女の子が堂々とそういうことを言うんじゃありません」


「女の子だから許されるんだよ。それに、多分皆同じこと思っているはずだよ。あのFは優に超える双丘を歪ませてみたいと」


「そうかしら」


「そういうものだよ。人ってものは」


「着いたわよ」


 この会話に飲み込まれると面倒だと思った私は、教室に着いたことを理由に話を断ち切った。


「じゃあ後は私が配っておくから」


「お願いね」


 私は席に戻り、美世が提出してあった課題を皆に返している様子を見ていた。


 美世は凄いわね。なんでも出来るのだから。こうやってクラスの人たちとも仲良く交流している。そのお陰で私は平穏な生活を歩むことが出来ているのよ。


 まあそんな話をしたら絶対お礼に胸揉ませてって返ってくるから言わないけど。


 女子が女子の胸を揉むのってそんなに良いものなのかしら?


「配り終わったよ薊ちゃん」


「ありがとう。話は変わるのだけど、胸を揉ませてくれる?」


「馬鹿にしてる?」


 美世は自身の胸と私を見ながら、怒った表情で言う。


「何か不味いことでもあったかしら?」


「不味いことしかありません!」


 美世は怒ったまま教室を出て行った。


 理由は分からないけれど怒らせてしまったのは悪いので追いかけて教室を出る。


「薊ちゃん、年頃の女の子にアレは酷いよ」


 すると道を一人の男が塞いできた。


 志良紫苑だ。


「志良くん。聞いていたの?」


「まあね。丁度薊ちゃんに話に行こうかなって教室に入ろうとしたらその会話が聞こえてきたから」


「私、何か失言をしたらしいの」


「そうだね。流石に貧乳の人におっぱい揉ませては酷だよねえ」


「別に出来るじゃない」


 いくら控えめとはいえ、男子のレベルで無いわけじゃない。ちゃんと女の子と言えるくらいにはあるのよ。


「うーん…… 男子である僕からは非常に言いにくいのだけど、薊ちゃんはある方じゃない」


「そうなのかしら」


「そうだね。俗に言う持てる人なんだよ君は。その人が持たざる者にその話をするのはって話だね」


「そういうものなのかしら」


「そういうものだと思うよ。特に美世にとっては」


「ありがとう、行ってきます」


「いや、僕も付いていくよ、面白そうだし」


 この人が居ると話がこじれそうな気がしないでもないけど、アドバイスをくれた人をぞんざいに扱うわけにはいかないわよね。


 一緒に美世の向かった方へ歩いた。するとそのすぐ先の角で待ち構えていた。


「分かった?薊ちゃん?」


「どういうこと?」


 まるで私が志良くんと話していたことを知っていたかのよう。


「さっきの発言よ」


「ああ、よく分かったわ。悪かったわね」


「別に怒ってはいないからね。紫音がいたから都合よく説明に使わせてもらっただけ」


「そういうことでした」


「で、何か用があったの?紫音は」


「そうだね。用ってよりは話したいことがあるだけなんだけど」


「そう、変なことは言わないでよね。ちゃんとしばくから」


「おお怖い怖い」


「じゃあ、薊ちゃん。先教室に戻るね」


「分かったわ」


「薊ちゃん、屋上に行こうか」


 私は志良くんに連れられ、屋上へと向かった。


「ここって使用禁止じゃなかったかしら」


「そうだね。まあ見つかっても怒られるだけだから」


 だけって言っているけれど割と一大事だと思う。


「まあいいわ。実際には何の用なの?」


「僕と付き合わない?」


 口調は軽いけれど、真剣な眼差しで私の目を見る。


「どうして?」

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