第5話
突然、隣に座っていた美世が椅子をこちらに近づけ、肩に頭を乗せた。
「何かしら?」
「このオムライスに、ハートって書いて欲しいなあ」
「僕の目の前で何がしたいのかなあ?」
「別に、オムライスだから普通じゃないのかなあ?」
この子、多分だけど士郎がオムライスに一口付けたタイミングを見計らってお願いしてきたわね。
「メイド喫茶じゃないのよ。こういうサービスは受けないわ」
仕事でも無いのにそんなことをやるのは流石に恥ずかしいわ。
「えー、オムライスにケチャップを塗るだけじゃん。もえもえきゅんとかやらなくっても良いんだよ?」
そう言いつつ私に体を密着させてくる。
このパターンは私が折れるまでテコでも動かないわね。
何なら余計に密着してくるわ。
「仕方ないわね」
「やったー!」
観念して私は美世のオムライスにハートの文字を書いてあげた。
舞い上がった美世はカメラを取り出し、何十枚も写真を撮っていた。
冷めるわよ。
そんなこんなで無事に士郎との契約も完遂し、帰宅ということになった。
「じゃあまた」
「さようなら」
「じゃあね、負け犬さん」
「水仙さん!」
負け犬はやめてあげて。私の心が痛いから。
「にしても薊ちゃんの料理美味しかったよ。まるでプロみたいだった」
「美味しい料理を作れるように研究している成果ね」
今回は美味しいに重点を当てていたからあまり考えていなかったけれど、管理栄養士の資格を取れるくらいには頑張っているわ。
仕事を肩代わりすることは出来ないけれど、健康で元気な体を維持するお手伝いなら料理で出来るから。
「さすがだね。嫁にならない?」
真剣な顔で私を口説いてくる美世。
「冗談はやめて頂戴」
「冗談じゃないのになあ~」
ったくもう……
「じゃあこれは良いよね?」
美世は私の腕をがっちりと両腕でつかむ。
「それくらいなら」
結局美世は私の家に着き、別れるまで離すことは無かった。
流石に面倒だったけれど、その間美世の可愛い笑顔が見られたからこれはこれで良かったのかも。
それに、美世にはあんな実質的な修羅場になるかもしれなかった場所に連れてきてしまったのだものね。
にしても士郎は不自然な程にいつも通りだったわ。私が士郎を振る前と一切対応が変わらない。
士郎が私の事を諦めていないというのは分かっているけれど、それでも不自然じゃないかしら。
でも割と昔の約束を引っ張り出してまで家に呼んだのよね……
「お姉ちゃん!ニンジンがみじん切りになってるよ!カレー作るんじゃないの?」
夏芽の指摘で気が付いた。にんじんは雑にカットするだけでよかったのに……
「ありがとう。もう少しで全食材がみじん切りになるところだったわ」
それはそれで美味しそうではあるけど、カレーとしてどうなのかという話になってくる。
いや、スープカレーと言い張れば?
「しっかりしてよね、お姉ちゃん」
「うっかりしてたわ。もう大丈夫だから戻って光ると遊んでいなさい」
「はーい」
気にしても仕方ないわ。だって私は別れたんですもの。士郎の事より今後の自分の方が大事よ。
そして次の登校日。
「どうしてこうなったのかしら」
「どうしてって、くじ引きの結果でしょ?」
「白崎と同じ班かよ……」
「あれが本当なら、もしかしてチャンスだったり?」
「薊ちゃん、途中でどこかに抜け出さない?」
「……」
水族館に課外学習で向かうことになり、班決めをしたのだけれど、
見事に最悪の班が誕生した。
男女半々で6人グループが組まれたのだけれど、女子が私、美世、そしてツインテールが特徴の北明日香さん。
北さんは私の事を嫌っているわけでもなく、割と好意的に接してくれるので問題は無いのだけれど……
問題は男子。無口でクール系の宮部奏多君、士郎、そして落久保君。
数日前であれば落久保君が私の事を目の敵にしているから面倒、くらいで済むのだけれど、今の士郎とセットになると話が違う。
他のクラスメイトも私に困惑の視線を向けている。これどうなるんだ、と。当然嫉妬のような視線もあるけれど。
「分かったわ。抜け出しましょう」
「薊ちゃん、美世ちゃん、勝手に逃げ出そうとしないでくれる?」
私たちの話を聞いていた北さんが注意をしてくる。基本的に天然可愛い系なんだけど、こういう所が真面目なのよね。
『北さん、私たちが抜け出せば、士郎と二人になる口実を作れるんじゃないかしら?』
私の言葉に北さんははっとした表情をして、
「確かにそうかも!思いっきり行ってきていいよ!」
全力の笑顔でグーサインを出す北さん。多分私たち二人が出て行ったところで男子二人残っていることを忘れているわね。
「はいはい、班行動なんだから逃げ出すとかしないで。どこ回るか決めるよ」
北さんの声が大きかったので士郎に普通にバレて注意された。
「まあいいんじゃないか?そっちの方が俺らも楽しいだろ」
落久保君が私たちの案に乗っかってきた。私と回るのが嫌なのだろう。
「それじゃあ最終的に発表するときに困るでしょ」
「それなら写真とかを共有すればどうにかなると思うが」
多分一人になりたいのであろう宮部君がそう提案する。
「却下。はい決めるよ」
結局士郎は真面目に全員で回るという方針で話を進めていった。
そしてその休み時間、
「薊ちゃん、美世ちゃん、どうにか自由行動に出来ないかな?」
北さんは私たちに相談を持ち掛けてきた。ガチで二人っきりになりたいようだ。
「そんなに黒羽と一緒に回りたいの?」
「もちろん!みんなに対して優しいし、成績優秀でスポーツも得意です。そんなカッコいい人に女子が惚れないわけがないでしょ!」
確かにそれは分かる。家事は大体苦手だけれど、それ以外に欠点が無く、家事位なら女の子がしてあげれば良いって思えるわ。
実際、士郎のファンクラブのようなものがあり、日々士郎の情報を共有しているらしい。当然ながら私は嫉妬の対象だそうで。
と言っても士郎は案外鋭いので嫌がらせをしようにもすぐ気づいていたので害は殆どなかったけれど。
「確かに、カタログスペックだけ見るとそうなのかなあ?」
いつも士郎と喧嘩している美世は微妙な顔をしていた。
「そうですよ!だから、その、正直二人には言い辛いんですけど、薊ちゃんが士郎君を振った今がチャンスなのかなって」
少し申し訳なさそうに言う北さん。確かに、同じ班だから協力できるのが私たちだけとはいえ、気まずいものね。
「私に関しては気にしなくても良いわ。私が振ったのだもの」
「ありがとう」
「じゃあ作戦を決めよう!」
「おー!」
ノリノリで案を考え始める美世。そんなに士郎が嫌なのかしら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます