第4話

 ひとまず難を逃れた?のでとりあえずしばらくは平穏な学園生活が送れると思っていたのだけれど……


 朝家を出ると、待ち構えている星華学園の男子生徒、もとい士郎がいた。


「おはよう、薊ちゃん」


「おはよう」


 いつも通りのトーンで話しかけてくるが、体から発せられる謎のオーラによる圧が凄い。


 絶対に怒っている。


 けれど登校はしないといけないので逃げることは叶わず、一緒に通うことに。


「どうして昨日はあんなことをしたのかな?」


「皆の前で振ったのは悪かったと思っているよ」


「そもそも付き合ってすらいないのに?」


 確かに。よくよく考えれば付き合っていることを完全に否定するだけでも良かったかもしれない。


「志郎が否定しなかったからよ。ああでもすればはっきりと皆に伝えられるでしょう?」


 あくまで私は悪くない、そういう姿勢を貫く。


「そうか、嫌だったんだ」


 そうじゃない。嫌では無いの。仮初ではあったけど、士郎の彼氏であると思われていること、それは私にとって幸せだったわ。


「まあいいや。そもそも僕の告白は一度断られているしね」


 その悲しそうな言葉に私の心臓に針を刺されたような痛みが走る。


「でも今の関係は続けて欲しいな。一応契約だからね」


 唐突にカバンから取り出したのは一枚の紙。


 そこには私のサインと、契約書があった。


「何それ……」


「これ?君と書いた契約書だけど」


 そんなものは記憶に無い。けれど、どう見ても私の字だ。


「ほら、よく見て」


 契約書をよく読んでみると、


「これ、全く関係ないじゃない!」


 契約書の中身は全くの関係の無いものだった。


 昔、私と士郎が買い物に行った時に、どうしても欲しいフライパンを見つけたの。


 ただ、それは値が張るので貧乏な私には買えるものでは無かった。


 私は財布の中身とフライパンを見比べていたら、


「そんなに欲しいのなら買ってあげようか?」


 と言って買ってくれた時に書いたものだ。


 ちなみにその契約は、士郎の家で5回手料理を振る舞うことだった。


 当時は何も考えずにフライパン欲しさで契約書にサインした。


 そんな懐かしいものを引っ張ってきて何がしたいの?


「あはは、引っ掛かった。可愛い」


 屈託なく笑うその笑顔に、毒気を抜かれてしまった。


「はあ、士郎ったら」


「ハグに関しては冗談だよ。嫌だったら断っても良いから」


 自分で諦めてくれるのなら話が早い。ありがとう。


「だけど、最後に一度だけ」


「分かったわ」


 結局私はハグを受け入れた。


 最後だからか、いつもより力強く、そして震えているような気がした。


 私はこんなに私を好きでいてくれる男の子を傷つけてしまったのね。


 私にとっても幸せな時間だったけれど、最も辛い時間だった。


「ふう。ありがとう。じゃあこれ」


 私は100円を受け取る。


「ありがとう」


「そういえばだけど、あの契約書、完全に履行されてないよね?」


 その言葉に突然現実に引き戻され、今までの記憶を全力で振り返る。


「あっ!」


 4回しか料理していないじゃない!


「ということで今度よろしくね」


 ちゃんと別れたはずなのに早速家に行くことになってしまった。


 そして当日


「じゃあ今日は素晴らしい手料理を薊に振る舞ってもらおうかって思ったんだけれど何でいるのかな?水仙さん」


「当然薊ちゃんの手料理を食べるためだけど」


 というわけで美世について来てもらっていた。士郎の家で料理をすると言ったら私も来る!と即答していた。


 この状態で士郎と二人っきりになるのは流石に怖かったから美世の存在は本当にありがたい。


「まあまあ、二人とも仲良くしてよ」


「「はーい」」


 若干不服そうだが、仲良くしてくれるようだ。


「じゃあ私は料理を作っているから、好きに過ごしてて」


 私は一人料理をするためにキッチンに立ったのだが、


「どうして二人ともここに居るの?」


 当然のような顔をして付いてきていた。


「薊ちゃんの料理姿を見るためだよ」


「同じく」


「邪魔だけはしないでよね。危ないから」


 私はこの二人を一旦無視し、料理に集中することにした。


 久々にこの家に来たけれど、相変わらず設備が良いわね。


 オール家電にしていると思いきやコンロはちゃんとガスだし、包丁の切れ味も鋭く、種類別に様々な包丁が準備されており、料理をする人にとっては非常に助かる環境だ。


 それに加えて冷蔵庫やオーブンといった家電の類もかなり高価な最新機種が導入されており、金持ちであるということをまざまざと見せつけられる。


 しかし、士郎は料理が出来ないし、なんなら両親は両親で忙しいらしくこのキッチンを使うことは無いとのこと。



 宝の持ち腐れとはこのことを言うのだと思う。


 いつもは全く使われていないであろう可哀そうな料理道具たちを、私が使ってあげようではないか!


 今日の料理は3人分。そしていつもより人のサイズが大きい。


 調味料は……! 完璧ね。私が見たこともないものまで揃っているわ。


 そして冷蔵庫の中身は!


 当然のように調理せずに食べられるものばかりだった。料理しないんだから仕方ないよね。


 だけど想定内。それを見越して買ってきたものがこちら!


 ネギと卵とお肉です。


 これさえあれば大体飯は美味しくなるわ。


 さて、調理開始よ。


 まずは第一段階。ご飯を炊きます。


 というわけで暇になったわ。


「一旦戻りましょうか」


 私は食材を冷蔵庫に片付け、二人を連れてリビングへと戻った。


「あれ、料理は?」


 料理を始めて即戻ってきた私に驚きが隠せないようだ。流石、料理をしないだけある。


「ご飯を炊くのは時間がかかるのよ。今から他の物を進めていたら冷めてしまうわ」


「黒羽ってそんなことも知らないの?」


 ここぞとばかりに煽りだす美世。


「別に知る必要が無かったからね。そんなことよりも水仙さんは成績が悪いって聞いたよ?ちゃんと勉強するほうが有意義じゃないの?」


「勉強が出来るからって上手くいくわけじゃないんだなあ。これだから金持ちは」


「じゃあ論文でも持ってこようか?まあ英語だから読めないか」


「隙あらば喧嘩して…… 二人とも食べさせてあげませんよ?」


「「はい……」」


 ったく二人は……


 これ以上炊けるのを待っていると面倒なことになりそうなので早めに料理を再開しましょう。


 と言っても今回作ろうと思っていた料理はご飯が無いとどうにもならないので追加で一品作らないといけないわ。


 ならアレしかないわね。


 ひとまずご飯が炊けたらすぐに調理開始できるようにそっちの食材のカットは済ませておきましょう。


 美世。そこまで近づかれたら危ないわ。いや、怪我をさせるようなミスをすることは無いのだけれど。


「流石美世ちゃん。手際が早すぎる」


「ありがとう」


 一方で士郎はというと絶妙な距離感を保ちつつ私の料理を観察している。


 美世と違って物理的に邪魔になることは無いのだけれど、正直かなり気になるので美世よりも邪魔な気がする。


 とりあえず準備は出来たわ。


 なら鍋に水を入れて、調味料とネギをささっと入れましょう。


 沸騰したわね。


 ならこれを入れてかき混ぜる。


 その間にボウルを取り出して卵を割り入れましょう。


 それをお箸で溶いて、鍋に投入。


 後はかき混ぜて完成ね。


 炊飯器を見たら残り数分のようなのでこっちも作ってしまいましょう。


 具材を炒めて、ある程度火が通ったら炊けたご飯を投入。


 それにケチャップを入れてご飯の完成。


 空になったフライパンに卵を入れ、全力でかき混ぜる。


 ここからは時間との勝負。


 よし、出来た。


 最後にそれをそれぞれのご飯の上に乗っけて完成。


「ほら、出来たわよ。オムライスと卵スープ」


 卵×2になってしまったけどまあ問題ないわよね。中華料理とかだと卵スープとチャーハンは同時に出てくることも多いし。


「うわあ、美味しそう!」


「相変わらず料理が上手だね。薊は」


「毎日作っているから。当然よ」


 こんなことは一人暮らしを経験している人ならある程度出来るもの。


 寧ろ人数が多い分量についてをあまり考えなくて良い分、一人よりも実は楽だしね。


「「いただきます」」


 おなかも減ったので、さっさと食べ始めた。


「薊ちゃん、お願いがあるんだけど」

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