第3話

「まさか、今朝の事聞いてたの?」


「偶然だけどね」


 いずれバレる話ではあったから、聞かれていたところでどうこう言うような話ではないけれど。


「嫌になったのよ。今の士郎との関係が」


「だから別れましたと」


「そうよ」


「志郎の事が好きだったのに?なら告白してしまえば良かったんじゃないの?」


 確かにそれは正論ね。ほぼ確実に好き同士だから、付き合ってと私が言った瞬間にカップル成立する。でも、それはダメなの。でもそれは言えるはずも無く……


「そうかもしれないわね。でも本当に付き合いたいとは思えなかったから」


「ふーん。そんなに悲しそうな顔をしているのに」


 唐突に鏡を向けてくる美世。


「ひどい顔ね」


「ほんとだよ。可愛い顔が台無しだよ?ほら、甘いものでも食べて幸福だと錯覚しよう!」


「ということで特製パフェ二つお願いします!」


「流石に家計が……」


 それにそんな巨大なパフェを食べたら太ってしまうわ。


「良いから良いから!今日は私の奢り!」


「それならいいのだけれど……」


「お待たせしました。当店特製パフェです」


 目の前そびえ立つ二本の超巨大な糖分。


 これをわずか二人の女子で食べてしまうの?


「いただきます!!!」


 まあ美世が笑顔だからそれでいい、のかしら?


「いただきます」


 いつもはこういった甘いものを食べることは無いから新鮮ね。


 スプーンで一掬いして口に運ぶ。生クリームの甘みと果物の甘みが上手く交わっていて、お互いの魅力を引き出している。


 これは罪悪感の味……!


 量とカロリーで警戒していたけれど、これはするすると口に入ってしまうわ。


 悪いと分かっていても止められない。


「流石ね。美世」


「でしょ」


 ふと美世を見たら既に半分くらい食べ終えている。


「もしかしてこれ食べたかったから理由着けて呼んだんじゃないわよね?」


 美世の表情が露骨に焦った風に変わっていく。


「図星なのね」


 私ははあとため息をつく。


「あの、でもね、薊ちゃんが心配だったのは本当だからね」


「それは分かっているわ。ありがとう」


 このパフェを食べていたら気分が晴れたわ。


「どういたしまして」


「とりあえず目の前に残っている分を食べきらないとね」


 私たちは目の前に残っている莫大なカロリーを30分程かけて完食した。


 その後私たちは家に帰ったが、当然夕食は胃の中に収まることは無かった。


 翌日、完全に気分が晴れた私は堂々と学校に来た。


 悪意ある言葉は流石にあったが、士郎が居る手前行動に移すことは出来ないようだった。


 それでも居心地は悪いので、休み時間の度に教室からは出ていたのだけれど。


 そして当然のように昼休みも外に出ていると、


「ねえねえそこのお姉さん、僕と話をしない?」


 背後から声をかけられた。


「どちら様ですか?」


「僕は志良紫音。紫音って呼んでね」


 振り返ると、そこには可愛らしい男の子が居た。見覚えが無いし、1年生なのかな。


「志良くん、私に何の用ですか?」


「紫音って呼んでよ。まあいいけど。とりあえず座って座って」


 強引に私はベンチに座らされることになった。


「早速だけどさ、昨日は酷い目に合ってたよね」


「昨日?」


「うん、昨日の昼休み」


「まさか」


 昨日のあの場に居たというの。


「ご察しの通りだよ。昼休みに屋上で睡眠を取ってたら、偶然あの場に居合わせちゃってね」


「何かの脅しでもするの?」


 私は警戒心を強める。男の子だけど小さいから私でもどうにか対処できるはず。


「いやいや、単に災難だったねって話だよ」


「それだけ?」


 正直この子の考えていることが読めない。出来るなら早く離れないと。


「いや、薊ちゃん。僕とハグしない?」


 私は声にならない叫びをあげ、思わず飛びのいた。


「怖がらないでよ。別に何か悪いことをするわけじゃないんだしさ」


 目の前の男が一歩前に近づく。私は一歩後ろに下がったけれど、最初に飛びのいた場所が悪く、逃げ場を失ってしまった。


「嫌なら100円あげるけど」


「どこまで……!」


「そうだなあ、君が弟と妹の為に家事を頑張っていることまでかな」


「全てじゃない!」


「全てじゃないよ。君がどうして黒羽くんと100円でハグをするような仲になったのか、どうして君は黒羽くんが好きなのに振ってしまったのか。僕には到底分からないなあ」


 そしてまた一歩私に近づく。これ以上近づくと唇と唇が触れてしまう。


「薊ちゃーん!!!!」


「あ、邪魔が入っちゃったね」

 美世がこちらに来たからか、志良くんはあっさりと引き下がった。


 助かった。


「じゃあ、続きはまた今度ね」


 そう言い残しどこかに去っていった。


「薊ちゃん、大丈夫だった?」


「一応ね。美世が来てくれたから助かったわ」


「なら良かった。やっぱりあいつと薊ちゃんを近づけちゃあいけないわね」


「昔からの知り合いなの?」


「ええ。小学校からの腐れ縁よ」


 美世が憎しみのこもった声で言う。何かあったのだろうか。


「紫音はね、人のゴシップネタが大好きでね、暇さえあればそういうのを集めているのよ」


「だから色々知ってたんだ……」


「特に薊ちゃんみたいなかわいい子は狙われがちだから気をつけてね。可愛い顔をしているけど中身はただのケダモノだから近づかないでね」


 確かに襲われそうになっていたし。


「でも、私について色々知っていたから、ちゃんと聞きださないと」


「はあ、やっぱり美世について色々調べていたのね」


「じゃあ付いてきてくれない?」


「ごめん、私は無理。かなり警戒されているから。一緒に会った瞬間に嘘しか喋らなくなるわ」


「一人で行くしかないのね……」


 さっきの事があった手前、正直二人っきりになるのは怖い。


 でも、聞きださないと取り返しのつかないことになるかもしれない。


「大丈夫よ。紫音に何かされたらちゃんと半殺しにしといてあげるし、嫁に貰ってあげる」


「美世!」


「良いんだよ、薊」


 私たち二人は熱いハグを交わした。


 放課後。


 そんなことを決心しつつも、つい美世に情報を聞き忘れたため、どうしようもなく。


 困った挙句に校舎内をぶらついていた。


 私は放課後になったら即帰宅していたので、放課後の校舎内は何かと新鮮だった。


 いつもは授業で使っているような教室が、文化部の活動に使用されている。


 全く同じ場所なはずなのに、人と置かれている物だけでこうも変化するものなのね。


「落久保さあ、何で学生かばんを教室に忘れてくるんだよ」


「わりいわりい、早く部活に行きたくなってな。練習着だけもって教室を出ちまった」


 落久保君!?


 別にやましいことはしていないが、思わず隠れてしまう。昨日の事があった手前、顔を合わせるのが今まで以上に気まずい。


 目的地が教室らしいので、絶対来ないであろう場所に避難していたのだが……


『見つけた。薊ちゃん』


 その隠れた先に志良君はいた。


 落久保君がどこかに行ったことを確認した上で、話を始めた。


「どうしてここに居るの?」


「薊ちゃんが僕の事を探していそうだったから」


 行動を読まれているなんて思ったけど、そりゃああんな秘密を暴露した人間を問い詰めるために探しに来るなんて普通過ぎる行動だったわ。


「早速だけど、どうやって知ったの?」


「偶然、かな?」


 すっとぼける志良君。


「あの話を知っているのは私と士郎だけなはずなんだけど」


 100円でハグするなんて話、誰にもするわけないじゃない。


「そりゃあそうか。あんな話を皆が知ってたらおかしいよね」


 一人で大げさに納得する志良君。


「そうだね。正直に話すと、君が早く帰っている理由を調査していたら偶然見つけたんだ」


 ハグは学校の外でしかしていないから完全に油断していた。


「まずどうして私について調査していたのか、そしてどんな方法を使ったのかが気になるけど、そこは聞かないでおくわ」


「そうしてもらえるとありがたいな」


「ただし、その話は誰にも言わないでもらえる?」


「当然。そんな面白い話を誰かに話すだなんて勿体ないよ」


 面白いって……


 私にとっては深刻な話なんだけど。


 ただ誰にも話さないって言っているからひとまずは安心かな。


「でも、もしかしたら何かお願いをしてしまうかもしれないなあ」


 この人、最初からこのつもりで!


「というわけで連絡先交換しよっか」


 私には断る権利が無かったので渋々交換を受け入れた。

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