第2話
ジリリリリリリ……
目覚ましの音が鳴る。今日も朝を迎えてしまったのね。
私は家族を起こさないように部屋を出て、一階に降りる。
そして台所に立ち、朝ごはんと弁当の準備をする。
毎日していることなので特に思うことは無く淡々とこなすだけなのだが、今日は考えることがあった。
昨日の事だ。落久保くんに家族と買い物に来ている姿を見られてしまったのだ。
何事も無ければよいのだが。
考えながら作っているとつい作りすぎてしまったわ。
まあ今日の夜ご飯に回せばどうにかなるかしらね。
そして丁度良いタイミングで家族がリビングにやってきた。
朝ごはんを食べ、食器を洗った後、身支度を済ませて私が一番に外に出る。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい!」
家から少し出たところに、彼は居た。
「志郎、おはよう」
「おはよう、薊ちゃん」
「一緒に学校に行く必要なんてないでしょ?付き合っていないんだから」
「そうだけど、周りの人はそう思っていないらしいよ?」
「志郎が否定しないからでしょ」
「そうだっけ?」
知らないととぼける士郎。
「じゃあ薊が否定すればいいじゃん」
「はあ。そんなことしても信じられないわよ。それに、信じられたとしたら士郎の株が下がってしまうわ」
恋人ではないが、好きな人の株を下げるのは嫌だ。そもそも今の関係だって、私のわがままのようなものだもの。
そして学校に着き、げた箱を開ける。中を見ると謎の手紙が入っていた。
ラブレター?士郎との関係が知られてからはそんなこと一回も無かったのに。
「どうしたの?」
「いや、何でもない」
士郎の言葉に、思わず手紙を隠してしまった。
「なら良いけど」
一旦ポケットの中にしまった。
教室に着いたら、士郎は友達の所へ行った。
私は、美世がまだ来ていないので今のうちに読んでしまうことにした。
誰にも見られないように、トイレの個室に行き、手紙の封を開ける。
「昼休み、屋上に来い。あの二人の話がしたい」
名前は書いていなかったが、確実に落久保くんだ。
昨日の事について何か文句でもあるのだろうか。
それとも何か脅しでもするのだろうか。
ひとまず何事も無かったように教室に戻ろう。
「おはよう薊ちゃん。今日も綺麗だね」
教室に戻ると、満面の笑みで待っている美世がいた。
「おはよう美世。今日も元気みたいね」
「勿論!だけど薊ちゃんはそうでもないみたいだけど?」
「そうね、少しね」
「私でよかったら話を聞くよ?」
「話せる内容じゃないってのと、そもそも今はどうしようもない話だから」
「分かった!じゃあいずれ話してね」
美世は私には特に優しい。だから甘えすぎないようにしないと。
授業は若干上の空になっていた所があったが、何事も無く終え、昼休みを迎えた。
「薊ちゃん!昼ごはん食べよ!」
「ごめん美世。用事があるの」
「そっか。行ってらっしゃい」
今朝の事だと察してくれたのだろう。何も言わずに送り出してくれた。
「待ってたぞ、白崎」
予想通り待っていたのは落久保くんだった。
「何の用かしら?」
「当然昨日の事だよ」
「その事ね。見ての通りよ」
弟と妹と買い物に出かけていただけ。それ以上でもそれ以下でもない。
「じゃあお前はそれで士郎と付き合っていたってのかよ」
「そうね」
付き合ってはいないのだけれど。
その言葉を聞いて落久保くんだった。
「別れろ」
「どうして?」
「お前のような奴が士郎と付き合っちゃいけない」
分かってはいたのだけれど。
「やっぱりそうよね。私のような人が」
人に言われてしまうとショックは抑えきれるものじゃないわ。
「昨日今日の事は誰にも言わねえ。だからお前がやるんだ」
そう言い切って、落久保くんは出て行った。
用事も終わったし、教室に戻って美世とご飯を食べようという気分にはなれなかった。
そんな中、何かが落ちたような音が聞こえたけれど、それを気にする余裕などは無かった。
今日、私は初めて仮病を使った。
家に帰った私は、リビングで昼休みの事を何度も何度も思い返していた。
私は士郎の事が好き。
だけど、私のような不幸な人間が幸福の塊のような、光のような士郎と付き合ってはいけない。
だから今のような関係を仕方なく受け入れている。という体でいた。
しかし、それはただの言い訳。
分かっていても諦めきれない私に降りてきた一本の糸に縋り付いているだけ。
やっていることに実際の所違いは無いの。
士郎から受け取っていた100円だって、一切使わずに部屋の貯金箱にしまわれている。
それに、よくよく考えたら今の関係を続けている士郎は、私に縛られ続けたまま。
士郎の為と言いながら、士郎の邪魔をしているのはダメ。
そうね。ちゃんとしないと。
そんなことを考えていると、いつの間にか保育園の時間になっていた。
「もう行かなきゃ」
憂鬱な気持ちで、保育園へと向かった。
二人を引き取り、帰宅する帰り道で
「薊ちゃんどうしたの?元気ないけど」
光に心配された。子供に心配されるだなんて保護者失格だ。
「なんでも無いよ。次のテスト大丈夫かな~って思っていただけ」
「お姉ちゃんいつも頑張っているもんね!」
念のため勉強にも力を入れていたことが功を奏したようね。
どうにかいつも通り振る舞って一日をやり過ごした。
翌日。何事も無かったかのように士郎と登校し、教室に着いた。
そしてお互いに友達の所へ行く前に、
「私たち、別れましょう」
「何を言っているんだい?どうして?」
何を言っているんだと困惑する士郎。分かっている。けれどこれは必要なことなの。
「嫌になったからよ」
100円を貰ってハグさせるという歪な関係が。
そしてそれを受け入れてしまう甘い私の事が。
「じゃあそういうことで」
動揺する士郎に有無を言わせずに私は席に着いた。
そして数分後。
「おはよう薊ちゃん!昨日は大丈夫だった?」
何も知らない美世が一人遅れてやってきた。
美世の声に私と士郎に向かっていた注目は一旦消え去り、いつも通りの教室へと戻った。
「おはよう、美世。別になんでも無かったわ。ただの風邪よ」
こういう時に美世が居ると本当に助かるわ。私に向かう悪い視線が全て消え去った。
美世は無自覚でしょうけど、居るだけで私を救ってくれているわ。
「そう?何か少し気分が悪そうだけど」
「ホームルーム始めるぞーさっさと席に着けお前ら」
「先生が来てしまったわね」
丁度良く先生が来てくれたので話を中断させられた。
休み時間や昼休みも美世は私に何か聞こうとしてきたが、上手いこと邪魔者が現れてくれたためどうにかなった。
けれど放課後、
「カフェに行きましょう!これは決定事項だよ」
「光との迎えに行かないといけないんだけど……」
「それなら私も付いていってあげるから!ほら行こう!」
必死の抵抗も空しく、私はカフェに行くこととなった。
一旦光と夏芽を家に届けた後、私たちはカフェに来ていた。
「二人が心配なんだけど」
「大丈夫よ。そうならないように対策してあるから」
満面の笑みでスマホを見せる美世。それに映っていたのは二人の居る部屋の映像だった。
いつの間にやったのかは分からないが、部屋に自分の荷物を片付けている間に設置したのでしょう。
「なら良いのだけれど」
「じゃあ本題に入りましょうか。どうして薊ちゃんは付き合ってもいない黒羽君と別れたの?」
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