少女の苦悩

飯田三一(いいだみい)

少女の苦悩

金髪碧眼。容姿端麗。私はこれらのおかげで異常な愛を受けた。親にも、同級生にも、年下にも、同性にも、異性にも、先生にも、どんな人にだって愛情を受けた。

そして、その愛されたせいで、私は自身で何もできなくなってしまった。

異常な愛は、周りからの憧れを生むと同時に、劣等感や、行きすぎた愛を産んだ。

異常な愛に包まれてふわふわな天国の世界にいた私は言葉の刃で、実物の刃で、妄想の刃物で、もうどうしようもないくらいに傷つけられた。

それが14歳の冬だった。

それから3年の時が経った。

私は、足が動かず、日光を長時間浴びると体に蕁麻疹、どんな優しい言葉も心に突き刺さり、だれがなんと言おうが暴れるようになった。

いわゆる「キチガイ病院」と言われるようなところに私は閉じ込められた。

しかしこの環境は私の精神をもうすり減らさないようにするには完璧な場所だった。聴こえるのは「ああ」とか「うう」とか耳障りな叫び声がありつつも、言葉らしい言葉を発するものは少なく、私は無駄に叫ばずに生活ができた。もう優しかった両親や友人もいない。顔すら思い出せない。私はこれらを自然と下等なものと認識していたのかもしれない。逆に覚えているのは妄想の刃で身体の中から傷つけられた男、あの大男の顔だけだ。初めてあの男は、私の中で「上」の存在に思えた。痛いことは何度も経験があったが、痛めつけられたのは、あの大男が初めてだった。

言葉の刃は一部の同性から受けた。ある男の告白を断れば忽ち私を取り巻く空気が険悪になり、それに耐えかねた私がその男との交際を許諾すれば、その険悪な空気は私に牙を剥いた。直接的な攻撃や、陰口、陰湿な嫌がらせ、精神的なダメージを酷く負って、そのためにその男との交際を破棄した。すると、周りの刃はさらに鋭利になって私に向かってきた。その男の存在が私に対する攻撃の最後のストッパーになっていたのか、私への攻撃は際限なく続いた。次第に暴行騒ぎや殺人未遂と言われても仕方のない仕打ちをそれはもう数え切れない程受けた。そのせいで何人か学校を辞め、学校という枷がなくなったその少数の過激派は、ついに本当の殺人未遂を行なった。日が沈むのが早い冬の学校の帰り際、私の大きな目ははち切れた。「ぶちゃ」という音と共に、目の前に佇む犯人が二次元に感じられ、そして、激しい痛みと、喪失感が私をぐるぐると駆け巡り、発狂した。犯人が小さくなっていく。『離れていく』というより『小さくなっていく』感じがした。そして、そのまま雪の上を少し薄い赤色に染める感覚を感じながら叫び続けた、段々気が遠くなり、掠れた自身の叫び声を骨伝導で感じながらこときれるように気を失った。

目が覚めると黒い不規則な斑点が目立つ、家にはないようなみすぼらしい天井で、病院であることを察した。

親が状況を説明しろといっていたりしたが、私は一向にその気は湧かず、世間では私の容姿を取り沙汰したメディアによって、流行りの曲だった「傷だらけのローラ」にちなむ形で「傷だらけの美少女(ローラ)」と見出しに書かれたのを覚えている。

当時は少し嬉しい気もしたのだが、これが本当の地獄の始まりだった。

無理をして学校に復帰した私は、学校中で「悲劇のヒロイン」として扱いを受けた。

私が知る最後の日までは、あんなに私を除け者として、諸悪の権化として扱っていた人々が皆一様に憐れみの目を向けていた。久々の気分に私は少し心を躍らせた。

しかし、そんな日々は長くは続かなかった。私の「美少女」具合は、一気に全国に広まっていた。その中で、私を自分のものにしようとするカルト的な集団が形成されていたらしい。私は少し高揚した気分で散歩に出かけたところ、1人の男に声をかけられた。「ダンキンドーナツが近所にできたんだ。けれど男1人で行くには抵抗があって…娘役を演じてくれないかい?」と言われた。私は襲われた経験はあるが、それは少ししか歳の違わない少女達。男らに怖いところを感じることはなかった。

少し歩き、最近役目を終えたように見える廃工場に連れ込まれた。

途中で少し勘づいてはいたのだが、私の腰に回された手は、もう振り解けないもののようだと直感し、大人しく工場に入った。入るや否や、ナイフを持った男2人がやってきた。すると男は後ろに周り、私のアキレス腱を思いっきり切断した。ぶちぶちと筋が切れていく感覚があった。苦痛で、倒れ込みそうになるが、倒れることは連れ込んだ男が許さなかった。涙とゲロを地面に撒き散らしながら、床に顔をつけ合わせることもできず、無様に行動できない体にされていくだけだった。

足の感覚がほとんどに消失し、辛うじて暖かさだけを感じる。朦朧とした意識の中、男達のにたにたとした笑い顔が目に入った。日は暮れ、私は工場の壁、地べたに座らせられる。

「これからは俺たちの人形として生きるんだ」

やけにその一言が頭をごんごんと反芻させた。

男達は翌日から私を着せ替え人形として弄んだ。アキレス腱を切られたのは動けなくするため。実際、私は男達に身を預ける他立つ術はなかった。立とうとしても、足に力を入れたつもりでも入らない。いうことを聞かないのだ。しかし壁に沿って手を使って立とうとすれば、それはそれで激痛でどうしようもなくなる。

この廃工場は、完全に私の檻と化した。

この工場地帯は、周辺地域より輪をかけてひどい。この辺りに住む子供はマスクが欠かせないというが、男達は私に決してマスクを与えなかった。

男の前でわざとらしく咳き込んでみたりもしたのだが、その男はニコニコと私のひらひらとした服を身につける様子を見ているだけだった。

男達がいなくなる夜、私は工場の地べたに寝転がり「逃げたい」と呟き続けた。

工場の窓から差し込む月明かりに照らされた無力な足を片目で眺める。

「こんなことなら、殺された方がマシだった」独り言。その小さなぼやきは、空っぽなこの工場にやけに響く。

「痛いのはもう嫌だ。虐げられるのも、いじめられるのも、全部、何もかも嫌だ」

このぼやきに言葉を返したのは反響した私の声ではなかった。

「大丈夫だ。これからは俺のものになる」

足音を響かせながら歩いてきたのは、私の左アキレス腱を切った男だった。

「お前を着せ替え人形として扱い、愛でる。それが俺たちのポリシーだった」

浅黒い毛の生えた手に後頭部を握られ、私を壁に寄りかかって座らせる。

「だがな。俺はお前を着せ替え人形としては見れなくなった」

屈んで私の目線に合わせてそう言った。

「意味がわからない。まともに私の話なんて聞こうとしなかったくせして急に対話を望まないで」

「口答えしてんじゃねえガキ!」

私の後ろの壁を拳で殴った。私は驚いて、少し過呼吸気味になる。

「弱えなぁ…儚いなぁ……そんなところが大好きだ……」

ねっとりとした口調でそんなことを言う。過呼吸の私を気使うことなど一切なく、そんなぼやきを続けた。

「あいつらを俺は裏切る。君のためにね」

私は望んでいないと言いかけたが、今度は殴られるかもしれないという怖さがまさって口を紡いだ。

「俺と秘め事をしよう。そうすればあいつらとは正式に決別する。これだけはしてはいけない約束だったからな。そして、俺の所有物になるんだ。お前は。」

その時の男の顔は、それはもう、怖かった。怖くて、気持ち悪くて、今思い出すだけでも発狂しそうになる。

そして、無言でお姫様抱っこされ、工場の機材の物陰に移動する。

思い出したくない記憶が続く。朝、日が登ってもそれは終わらず、床を這いずって何度も逃げようとしたが、それを男が許すはずもなかった。

身体の中に異物が入り込む気持ち悪さと、強烈な痛み、悪寒、だんだん入らなくなる力、上がる心拍数、液体の逆流する感覚、事細かに、鮮明に覚えているそれは、その時の苦しさ故だろう。

全裸で工場の物陰に横たえる私、恥じらいなど遠く昔に捨て去り、死体のように振る舞った。

死にたい。こうなったら何がなんでも死んでやると、短絡的な考えが頭を過ぎる。それしか考えられなくなっていく。

「さあ、この工場ともおさらばだ」

全裸のまま男は呟く。

「俺とのランデブーだ」

ニヤニヤと私を見つめてそう言った。

「さ、行くぞ。服は俺の車にいくらでもある」

無抵抗の私をまたお姫様抱っこで持ち上げて、倉庫をゆっくりと歩く。男の顔が嫌というほど焼き付いていく。

そしてその男の顔を見たのは、そこが最後だ。

私の様子を見にきた男の仲間にこの状況を見られた。状況で全てを理解したその男は、私を斬ったナイフで、私を両手に抱えて抵抗できない男の胸を刺した。

私は落下し、そこに死んだ男の重みがのしかかった。男の下敷きになった私を置いて、ナイフを持ったままもう一人の男は逃亡した。

私は叫んだ。助けて欲しかったわけではない。頭がこの状況を理解できずに、パンクしてしまったような感覚だった。狂ったように叫び続け、声がガラガラになり、なぜ自分が叫んでいるのかももはやわからなくなっていた。

そんなことをしていれば当然通報もあり、私は保護された。病院で足の治療を受けたものの、精神は戻らず、言葉を聞くことさえ「苦痛」となっていった。言葉を聞くたびに叫び散らし、親や友人はついには私を”諦めた”

孤独になり、その孤独が私を狂わせ続けた。

全てが狂って、やつれて、今もまだ、ずっとこのままだ。

「ああああああああああああああああああああああ」

これは私の叫び声だ。自分は、なんだか自分ではない気がしてならない。もはや私には私の主導権を握る資格がない。自分と離別する自分。さよならを言う。キリキリと耳障りな声に変化し続ける。けれど、これはやっぱり”自分”なんだ。

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