六月二十八日、夜
「カメラカメラマン」と、なんだったか、とにかくそんな感じで音を繰り返す映画が私のクラスで注目を浴びていた。その映画は割と熱いドラマにコメディ要素を練りこんだ作品らしく、「カメラカメラマン」の方は女子高生を主人公とした泣けるシリアス系の作品だそうだ。
クラスメイトの殆どが、今日、ホームルームが終わればその映画を観に行こうと話していた。終礼ではなく、朝のホームルームだ。名作を朝から楽しもうと賑わう教室の中で、私は少し落ち込んでいた。
というのも、私には表向きは仲良くしているが実際は嫌っており寧ろ見下している「友達」がいた。彼女を本当は嫌っていると聞いてわかるような内容を、教室に彼女がいる事に気付かず、口にしてしまったのだ。やってしまった、と思った。人間関係のトラブルの予感がした。
そんなわけで私は男友達である長身で黒人のクラスメイトに、「君だけはいつまでも私の友達だよな」と言って縋るようにくっついていた。何故仲良しの女子たちではないのか、それには理由があった。
今回観に行く映画には特典があるのだ。それも先着で「伝説の田んぼ」を我が物とした者だけに与えられる特典である。田んぼを得るためには、誰よりもはやく棚田であるそこへたどり着き、泥が美しく張られた田んぼの1つに飛び込まなくてはならない。これは唐揚げの超人気店「泳ぐ唐揚げ」が頂点に登りつめる様を描いた某映画のストーリーをなぞったものであり、この特典奪取競争には二人一組で挑まねばならなかったのである。
ホームルームが終わるや否や、私は男友達の手を引いて階段を駆け上がった。私が属する女子グループは五人構成だ。二人組を作ると一人余ってしまう。彼は戸惑った風だったが、やる気に満ちた私を見て乗り気になってくれたようだ。私と彼は他の二人組を引き離して、一段飛ばしで階段を上っていった。
さて、いよいよ長い階段も終わろうとするとき、問題が起こった。疲れてしまったのだ。私はもう少しだって動けず、階段に座り込んでしまった。男友達は少し上がったところで、私を心配してくれていた。
そこへ別のコンビの片割れがやってきた。まずい。そう感じた私は、渾身の芝居を打った。
「特典目当てだろ…もう、田んぼは埋まってしまってたぜ。私たちもたどり着いたんだ。でも、ダメだった。…ほら、もう諦めて戻ったほうがいい。私も少しやすんだら、そうする」
相手は暫く訝しがっていたが、引き返す事に決めたらしかった。私はこの演技により十分な休息がとれたので、やつがある程度離れたことを確認したらすぐまた階段を上がろうと考えていた。しかし困った事に、なんと少し階段を降りたところで、やつはこっそりこちらの動向を伺っていた!私は誠に困った。そこで、やつから見えない位置にいる友達に先に上がって置くよう指示を出そうとした。チラと彼の方を見、目配せで合図を送ったがなかなか理解されず手間取り、こんなことではバレてしまうと下階をそっと見ると、半笑いで私を見つめるやつとばっちり目があった。
もうだめだ、バレた!こうなってはもうゴリ押しだ。
「何しょっとね!行くよ!」
何故か慣れない九州の方言で怒鳴って、悠長に休んでいる友人の手を取り、私は階段を駆け上がった。後ろからやつが追いかけてくる音がする。ついに長い階段が終わる。無我夢中で廊下を走り、あの、あの扉を開けば…。
田んぼは見事なものだった。水ではなく泥が張ってあったが、人間の作り出した広大な自然は我々の心に懐かしさを与えた。
私たちは飛び込んだ。きめ細やかで水分を多く含んだ泥が私を包み込む。美しく水平であった表面が大きく波打ち、弾け、あふれる。勝ち取った。私たちは特典を勝ち取ったのだ。
ゆめ @DieForChikuwabu
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